第33話『この残酷な世界を少年は今日も生きる』

 目が覚めた。そこは体育館裏ではなかった。

(保健室か…)

 隣り合う二つのベッドの上に僕と平岡さんが寝ている。

 僕は隣の平岡さんの寝顔を見つめる。とても、気持ちよさそうだった。僕は、二度と目を覚ますことのない少女から目を上げると養護教諭を呼んだ。

 多くの学園小説では、その役職につく人は、美人で人気のある、授業中に入り浸りたい存在として描かれていることが多いが、あいにく僕は今までそんな養護教諭に会ったことがない。僕の中の養護教諭は、怖い人だ。

 だから、そのあと[何やってたの!]とめちゃくちゃ怒られた。

 まぁ、その程度は甘んじて受け入れよう。その後に、辛い現実が待ってるって知ってるから。


 僕はそのまま家に帰された。母さんには調子が悪いと断って部屋に入る。

「クサナギより申請,入場,千の塔,1階,地上庭園」

 隠れ家には、既に神がいた。

「お疲れ様」

 彼はそれだけ言って黙る。

 まずは仕事を遂行することにした。

「リーナの件ですが、二つ報告があります」

「聞かせてくれ」

「脳獣であるリーナが『想像創造』を使用していました」

「あぁ、またか」

 神は溜息を吐きながら言った。

「また?」

「最近多いんだよ。というか、少し前まではなかった。脳獣が想像技法を使う報告」

「そうなんですね。それと、リーナのバックに脳戦士がいる可能性があります」

「………」

「これも既に報告ありますか?」

「…いや、ない。初めてだ。野良脳獣と脳戦士が仲間?いや、仲間でないにせよ、何かしらの協力関係にあるのか?どう言う事だ?」

 神は悩み、頭を抱えて黙りこくる。僕も何も言い出せず、気持ち悪い沈黙が場を支配する。しばらく続いた時間を破ったのは、他でもない僕だった。神が悩んでいるところ申し訳ないが、言いたいことがあるので言わせてもらう。

「…平岡さんは、何でこうなってしまったんでしょうね」

「彼女がイラストレーターを目指していたことが、リーナの目的と繋がった。そういうことだよ」

「他の人でも、いいじゃないですか」

「確かにそうだね」

「平岡さん。いい人なんですよ」

「好きなのかい?」

 神が揶揄からかうように言った。

「まさか、アヤに殺されますよ。でも、好きですね。英語にするとライクですけど」

「無理に発音しなくてもいいんだよ」

 と神は笑う。

「場を和ませようと気を遣わせてすみません」

「……」

「……」

 再びの沈黙。しかし、今度はすぐに破られた。

「平岡さんはね、一人で学校から帰っていた時に、リーナに襲われたんだよ。分かってるんだ。今は。どうしてそうなったのか。どこでそうなったのか。分かってるんだ。でも、後の祭り。手遅れなんだよ。君のお姉さん。ユイの時だってそうだった。過去に戻れれば、救える命って、いくつあるんだろうな」

「きっと、数え切れないほどにあると思います。ただ、それができないから、人はたらればもしもって言うんです」

「…辛いか?」

「はい」

「悲しいか?」

「はい」

「脳戦士、辞めたくなったか?」

「いえ」

「悪いな。そんな役回りさせて」

「いえ」

「改めて、お疲れ様。ゆっくり休めよ」

「はい」

 そうして、神は帰っていった。


 その後のことを綴っておこう。平岡さんはその日のうちに病院に搬送された。医師が出した結論は

『原因不明の脳死』

 脳獣に意識を壊された人が必ず出される診断だ。

 その後、一緒に倒れていた僕も病院に呼ばれたが、診断結果は問題なし。そのまま帰された。

 しばらくして、平岡さんの心肺機能が停止したと菊先に言われた。その次の日、平岡さんの通夜にクラスで参加した。平岡さんの両親が泣いているのを見て、僕も泣いてしまった。誰にも気づかれないように素早く涙を拭いたが、弥生はそれに気づいていた。そんな僕を見た彼女は察してくれて、何も言ってこなかった。

 年の暮れには、僕は平岡さんの両親宛に手紙を送った。返事は新年明けに帰ってきた。細かい内容は省かせてもらうが、お父さんのものであろう達筆な字で、

『ありがとう』

と書かれていた。そして、一緒に平岡さんのスケッチブックが送られてきた。それを見てみると、忘れていた彼女の絵を思い出した。

 彼女は花の絵を描いていた。

 平岡さんのお父さん曰く、僕に持っていてほしいとのことだ。彼女の遺した生きていた証拠。僕は大切に保管すると誓った。だって、僕は姉ちゃんが遺したものも持っているから。大切に保管しているから。


 ところで、『花』で思い出したが、通夜のあった翌日登校してみると、平岡さんの席に花の入った花瓶が置いてあった。物語の中でしか見たことのなかったその景色に、僕を含めたクラスのみんなが呆然とした。『平岡さんに干渉しない』それはみんなが生前から守ってきた暗黙のルール。初めて、それが破られた。

 あまり関わってこなかったクラスメートでも、失われればそれなりに気になるものだろう。

 関わりはなかったはずなのに、泣き出す偽善者ぶった女子。

 関わりはなかったけど、級友の死に心を痛めて、泣く女子。

 今まで過ごすべきだと考えながらも、チラチラと花を見る男子。

 実は仲良くなりたかったとうそぶく男子。

 人を変える要因として、最たるものが別れだ。死、引っ越し、行方不明。決別は良くも悪くも人を変える。平岡さんは、この結果を喜ぶだろうか。

 最後の交流が、一方的な感情の押し付けで、良かったのだろうか。


 僕には分からない。


 でも、姉ちゃんを失った僕は、脳獣による被害と、それによって残された家族が悲しむことを知っている。なら、生き残った者勝者として、一人の人間として、この残酷な世界を生きていこうと思った。

 それが、僕にできる精一杯の事だ。

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