第12話 やりたいこと
一瞬だけ、頭が真っ白になった。不測の事態に陥ったのも理由の1つだが、問題はその原因にある。
昨日から、御園出雲は体調が悪そうだったということ。
ただ、最後の勉強会にも参加していたし、そこまで酷くないと思っていた。寝不足がたたって食欲がなくなっているだけだなんて思っていた、昨日彼女の顔をまともに見ていないくせに。
……僕のせいなのだろうか。
当然そう思う。病は気からということわざがあるように、御園出雲が気落ちしたせいで体調が悪化したというなら間違いなく僕のせい。そこから目を逸らすことだけは絶対に許されない。
『だから私、青八木君に勝ちたいの。勝って、私にライバル宣言したことは間違ってないって思ってもらいたいの』
決意に満ちた彼女の表情を思い出す。それは格好良く、そして凜々しく、何より見ていて気持ちの良いものだった。それが、昨日までの頑張りが、ほんの一瞬で消え去ろうとしている。努力に努力を重ねたものが跡形もなく崩壊しようとしている。
――――そんなこと、絶対に僕がさせない。
御園出雲の努力を見て、サポートしてやりたいと思った。雨竜に勝ってほしいと思った。
それなのに僕は、足を引っ張ってばかりで何もできていない。彼女の邪魔をするだけで、何の成果も出せていない。
今回の期末試験を、こんな形で幕切れだけはさせてたまるか。
御園出雲との仲直りの件は一旦置いておく。それは後で考える。
まずは今、僕が思い付いている2つの案を形にする。そしてそれは、僕1人では決して実行できない。
「雨竜、質問なんだが」
朝礼中の長谷川先生の話には耳を貸さず、雨竜に質問する。
「今日の授業で、試験範囲が終わってない科目って何個ある?」
定期考査は、試験ギリギリまで試験範囲を広げる教師もいれば、最初に定めた試験範囲をきっちり守り、授業時間に自習時間を確保してくれる教師もいる。圧倒的に後者が生徒に人気だが、前者が多いのが現状だと言ったところだ。
「4つだな、午前授業全部。午後は自習と普通に試験範囲外の授業だ」
「成る程」
不幸中の幸い、期末試験という点に絞れば、午後の授業は無視していい。それならば少しでも時間を短縮することができる。
「どうしたよ雪矢、試験なんて真面目に受けないお前が」
意外な問いだったのか、雨竜が不思議そうに僕に問いかける。確かに、僕にとってはどうでもいい情報だが、僕以外にとっては重要な情報なのだ。
「雨竜、頼みたいことがあるんだが」
雨竜の問いかけを一旦無視して、僕は雨竜にお願い事項を伝えた。やろうと思えば僕でもできるが、時間がない中手間取ってしまうのは避けたい。ここは適任者に任せることにする。
「……お前、やっぱ何かあったろ?」
説明を終えると、少し間を置いてから雨竜は言う。そう言われても仕方ない頼み事だ、雨竜には事情を話すべきだろう。
「昨日、御園出雲を傷つけてしまった。今日休んだのも僕のせいかもしれない。だから、やれることはやりたいんだ」
雨竜の目が見開く。虚を突かれたような仕草をしていたが、やがてフッとクールに笑った。
「……やっぱ、
「いやだから……」
「そうじゃない。……そっか、さっき感じてた違和感がこれか」
「えっ?」
「もういい、把握した。そういうことなら動いてやるよ。確かに雪矢が動くより俺の方がスムーズにいきそうだ」
前半の会話がよく分からなかったが、どうやら雨竜は僕の頼み事を了承してくれたようだ。蘭童殿の件でもそうだが、ちゃんと頼むと動いてくれて本当に助かっている。
「しかし、お前が何かやらかしてたのか」
「どういう意味だ?」
「御園さん、様子がおかしかったから気になってたんだよ」
「それは体調が良くなかったからだろ?」
「違う。精神面で様子がおかしく感じたから。声を掛けたけど、大丈夫って言われたからそれ以上突っ込まなかったが」
「……お前すごいな」
改めて青八木雨竜の観察眼に感心させられる。しかもしっかり声を掛けて様子を窺うとかどんだけイケメンなんだよ、イケメンは顔だけにしてくれ。他の男子共が対抗できなくなるだろ。
「で、雪矢君や」
「何だ急に」
「俺にこれだけのことさせといて、お前は何もしないってことはないよな?」
実に挑戦的な目を向けてくる雨竜。子どもが新しいおもちゃを見つけたような腕白さが内包されていたが、僕は堂々と受けて立った。
「当たり前だろ、僕は僕でやるべきことをやる」
「何だよやるべきことって?」
聞かれたので説明すると、雨竜は思いきり背もたれに寄りかかって伸びをした。僕が言うのもおかしいが、今朝礼中なんだが。何も聞いてないけど。
「そうか、それでさっきの質問か」
「分かってなかったのかよ。言っとくが僕は何も諦めてないからな」
「はは、それでここまでするのかよ。良い奴かお前」
「良い奴は人を傷つけない。悪い奴だからここまでするんだ」
「悪い奴はここまでしないだろ、アホかお前?」
ふん。何とでも言いやがれ。僕は僕で納得のいくところまではやり抜く。ここまで頑張ってきた御園出雲を、ただで負けさせるわけにはいかない。
「とまあこんな感じだ。明日から遂に期末試験だ、体調面でも勉強面でも気を抜くなよ」
最後にかろうじて聞こえた先生の言葉を最後に、僕は軽く深呼吸する。今から昼休みまで、一切気を抜いてはいけない。昼休みにも、大仕事はある。
――――全てを把握して、御園出雲に伝えられる準備ができるまで。
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