第38話 裁判ごっこ

四面楚歌を体現するかのごとく無言の女子共に旅館から青八木別荘へ連行されると、御園出雲の指示でロビーの模様替えが始まった。


長机と10数台椅子が置かれただけの空間が、5分ほどで簡易の裁判所のような場所へ生まれ変わってしまった。


入り口から向かって正面と両端に長机、ちょうどその間に被告のスペース。その後ろにはパーテーションを挟んで観覧用の椅子が並べられていた。なんでこんなに都合良く裁判所セットが準備されているんだ。


「被告人、前へ」


観覧用の椅子の前で所在なさげに立っていると、裁判長席に座る御園出雲に前へ来るよう警告される。彼女の両隣には、蘭童殿とあいちゃんが補佐官のように座っていた。表情は真剣そのものである。


こんな茶番に付き合うつもりなど更々なかったのだが、後日に引っ張っていろいろ言われるのも面倒なので、不本意ながら被告人が立つ場所へと歩みを進めた。


「被告人、あなたは廣瀬雪矢本人で間違いないですか?」

「んなもん見れば分かるだろ」

「被告人、私語は慎んで訊かれたことに答えてください」

「……間違いありません」


そこから生年月日や本籍地などを訊かれ、僕の頭はいろんな意味で混乱していた。何この本格的な裁判ごっこ、裁判長みそのいずもから向けられる圧が半端ないんだが。


「それでは検察側、起訴状の朗読をお願いいたします」

「はい」


裁判長の指示で立ち上がったのは、僕の左側にいる神代晴華と名取真宵である。


検事役として僕と相反するような重々しい雰囲気を放っているが、そもそも全員が旅館の浴衣を着ているのだから雰囲気もへったくれもない。


しかし検事役がこのアホ2人とは、普通に乗り切れる気がするな。となれば弁護士役の立ち回り次第だと軽く右に視線を送ると、そこに座っていたのは1人だけ表情に余裕のない堀本翔輝だった。神よ、どうしてこの男をここに座らせた。こんなにも頼りない弁護士役はそうはいないぞ。


「それでは起訴状を朗読します。6月14日午後7時半頃、被告人は被害者である青八木梅雨を自宅に招き入れ、寝床を提供できないことをいいことに、被害者に同じベッドで眠るよう誘導しております。第二次性徴を迎えた男女にふさわしくない行為であり、何かしらの不純異性交遊があったものと推察されております」


淡々と起訴状を読み上げる名取真宵に対して、その隣で顔を赤らめながらもじもじする神代晴華。どうやら起訴状の内容に耐性ができていないらしい、どうしてそこに立ったんだお前は。


「これらを極めて悪質的な行為とし、被告人は宮刑に処するものと考えます」

「……宮刑…………はっ!? 宮刑!!?」


何食わぬ顔で名取真宵が断言するものだから、僕の反応は遅れてしまった。杜撰ずさんな起訴状だと思っていたが、最後の最後にとんでもない爆弾が積んであるじゃないか。


宮刑とは、古代中国の肉刑の1つで、ざっくり言うなら去勢する刑罰である。つまり此奴らは、僕からもう1人の僕を切除してやろうと言っているのだ。どこまで本気か分からないが、それを黙って聞いてやるわけにはいかない。


というか宮刑なんて言葉、コイツらから出るわけがない。起訴状は別の誰かが書いているはずだが、正面の蘭童殿やあいちゃん、堀本翔輝は宮刑という言葉に首を傾げていた。僕からすれば当然のリアクションである。


まさかと思い恐る恐る傍聴席の方を振り返ると、行儀良く座る3人とは別に、右手で口元を押さえて前傾になっているアホを見つけた。


言わずもがな、被害者の兄である青八木雨竜だ。立場上被告人の僕に恨み辛みを抱いていなきゃおかしいはずだが、どう見てもこの状況を楽しんでるようにしか見えなかった。この野郎、僕を弄んだ罪でテメエが去勢しやがれ。


だいたい傍聴席に座ってる4人中3人が笑ってるっておかしいだろ、せめて梅雨は深刻そうな表情しとけ。お前は被害者(仮)なんだから。


「弁護人、今の起訴状に相違はありますか?」


起訴状の朗読が終わり、裁判長から弁護士へと話が振られる。


当然だが相違ありありだ。仮に相違がなかったとしても、ここで認めれば僕の罪状は宮刑になってしまう。とても許されることではない。堀本翔輝よ、同じ男としてビシッと言ってやれ。


「えっと、その、よく分からないです」


ダメだコイツ、僕を弁護したいという気概がまったく感じられない。例え弁護する価値がない人間だと思っていても、被告人のために戦うのが弁護士の仕事だというのに。ここの立ち位置、蘭童殿の方が良かったんじゃないのか。検事役が名取真宵なんだし。


「被告人、今の起訴状に相違はありますか?」

「相違しかない。不純異性交遊なんてするわけないだろ」

「成る程。検察側と被告人の意見が割れましたので、証拠調べ手続きへと移りたく思います」

「……まだ続くのかよ」


僕は溜息をつきたいのを堪えて、御園出雲の進行に身を委ねる。コイツ、ちゃんと落としどころを考えているんだろうか。こんな大仰なことをしておいて、つまらないオチだったら許さないぞ。勿論僕が去勢する流れはNGだ。


「それでは検察側からお願いします」

「はい。こちらからは、被告人から怪しい発言を耳にしたという証言者に来ていただいております」

「証言者?」


名取真宵の発言で立ち上がったのは、先程まで笑いを堪えるのに精一杯だった雨竜である。


コイツめ、自分の愉悦のためにあくまで僕を陥れようというのか。だがな、虚言を言おうものならこちらからも的確に反撃してやるからな。真実だけで僕を追い込めるものなら追い込んでみやがれ。


「証言者の青八木雨竜です。被告人は被害者を自宅へ招く直前、不純異性交遊を仄めかす発言をしておりました。未遂のままとは思えません」


こ、コイツ! よりによって1番突かれたくないところを的確に!


『もしかしたら身体に教え込むことになるかもな、淫らな夜を過ごすことになっても文句は言うなよ』


確かに言ったよ。雨竜をビビらせるために言ってやったよ。でもお前、梅雨から何もなかったって聞いてるよな? 絶対聞いた上で言ってるよな?


「被告人、こちらの発言に相違はありますか?」

「いやその、発言自体に相違はないが、行動には起こしてないぞ?」

「では、証言者への発言そのものは認めるということでよろしいですか?」

「まあ、はい……」


これ、裁判もどきという名の公開処刑なのではなかろうか。僕のプライバシーがどんどん明らかにされていくのだが、そちらの方が罪が重くないか? まあ別に暴かれて困ることはないが。


再度梅雨の様子を窺ってみたが、両手を頬に置きながら照れ臭そうに微笑んでいた。どうやら彼女には何のダメージもないらしい、頼もしい限りである。


梅雨への配慮をしなくていいなら、僕はひたすら事実無根を訴えるだけ。頼りないが、堀本翔輝に期待するしかないだろう。検察側が証言者を準備しておいて、こちらは何もないってことはないしな。


「それでは弁護側、お願いします」

「特にないです」

「特にないの!?」


思わず「なんて日だ!」と叫びそうになったが、芸人魂を抑えて堀本翔輝を睨み付ける。


(何にもないの!? お前弁護人だろ!?)

(何もないよ! ここに立って「何もない」って言ってればいいって言われただけだし!)


酷い八百長だった。法廷でこんなことが許されていいのか、僕は思い切り脱力してしまう。


このままもう1人の僕とお別れしなくてはいけないのか、そんな絶望に浸っていると、


「被害者ですが、被告人と不純異性交遊はなかったですよ」


僕のフォローをするかのごとく、本件の被害者が証言をし始めた。被害者が被告人の弁護をするってどういう状況だよ。


「それでは、同じベッドで眠っただけだと?」

「お互いに譲れないことがあっただけで何もなかったですよ。というかこれ、帰る途中に説明したじゃないですか」

「ええ……」


悲しくも情けない声が僕から漏れてしまう。何もなかったって被害者が言ってるのに、どうして裁判が繰り広げられているのだろうか。これも一種の深夜テンションというやつだろうか、まだ21時だこん畜生。


「それでは判決を下します」


コンコンと音を鳴らし、意外と手の込んだ茶番にようやく終止符を打ってくれる御園出雲。


「直接的な不純異性交遊はなかったものの、同じベッドで眠ったことなど、厳重注意すべき内容は鑑みるべきだと考えます」


確かに、それについてはぐうの音も出ない正論である。契りも交わしていない年頃の男女が一緒に寝るなんて普通ではない。こうして露わになった以上、しっかり怒られるべきだろう。とはいえ納得いかない判決を認めるわけにはいかないが。



「よって今回は再発防止のため、被告人と被害者の今夜の接触を禁じます」

「ええ!?」



僕個人としては妥当な罪状(この程度なら罪状にもならない)だと思っていたが、梅雨は納得がいかなかったのか強く反論している。


「異議申し立てます裁判長! そんなこと言われなくとも何も起きないです!」

「2度あることは3度あると言います。事前に対策するのは当然です」

「まだ1度目です! 2度も起きてないです!」

「被害者の方を慮っての結論です。ご理解ください」

「皆さんの前でお話するのもダメなんですか? それなら問題ないですよね!?」

「残念ながら覆りません。明日の朝以降でお願いします」

「むう、大丈夫なのに。だいたいわたしは何かあったとしても……」


裁判長、被害者の口を塞いでください。地雷を何度も吐き出す兵器です。

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