第57話 ベッドの上で

――――どうしてこうなってしまったのか。


それほど広くない僕のベッドには、年が2つしか違わない女の子が一緒に横になっている。


背中を向ければいいのに、どうしてか僕らは向かい合っていた。


一応言わせてもらうが、自分なりに抵抗してみようとはした。


父さんに言って、今日だけベッドを使わせてもらうとか、祖父母用の布団を出してもらうとか、考えていないことはなかった。


しかしながら、日が跨いでしまうような時間帯、父さんと母さんは既に自室で眠っていた。実に健康的な両親である。


僕らに対する危機意識のようなものはないのだろうか。僕のことを信頼してくれているというならそれに応える他ないが、もうちょっと気にかけてくれてもいいのではなかろうか。


眠っている父さんを起こすのは忍びないため、僕は梅雨と同じベッドで眠ることを決めたのだ。


梅雨をベッドに招いてから、僕は照明を僅かに光らせた状態に調整して自分もベッドへ入っていく。


そして現在に至る。梅雨はこちらを向いて、ニッコリ微笑んだ。


「距離、とっても近いですね」


夜だからか静かだからか、梅雨の声が立体的に響いて耳に伝わってきた。


梅雨の言うとおり、僕らの距離は近い。シングルベッドに2人で眠っているのだから当然と言えば当然だが、この薄暗い中表情が分かるくらいには近さを感じていた。


「わたし、家族以外の男の人と一緒に寝るなんて初めてです」

「当たり前だ。そんなことしてたら説教始めるぞ」

「あはは、心配しなくてもそんな相手いませんよ」

「嘘つけ、駅のホームで告白されるくらいモテるくせに」

「個人的にはまったく誇れないんですが。もっと普通の出会いでいいんです」

「そりゃ女子校だと難しいな、共学だったらモテモテだっただろうが」

「別にモテなくていいです。女子校だって素敵な出会いはありますもん」

「それは興味深いな、禁断の百合の道に突き進むのか?」

「百合の道? 華道の話ですか?」

「……今のは聞かなかったことにしてくれ」


女子校の素敵な出会いと聞いて少し興奮してしまった。まさかこの状況で別の邪さで汚染されるとは、恐るべし女子校ワールド。


「あの、素敵な出会いって女子校の中の話じゃなくて、女子校に行ってても経験できるって意味です」

「成る程、他校の学園祭でも行くのか?」

「そういうのも楽しそうですけど、わたしはちょっと違いますかね」

「何だ、具体例でもあるのかよ」

「そうですね、最近体験した具体例なら紹介できますけど」


そう言ってからやけに耳に残る深呼吸をした梅雨は、横になったまま真っ直ぐ僕を見据えた。



「お兄ちゃんの友達を紹介してもらう、とかですかね」



一瞬、時が止まったかのような錯覚を受けた。目覚まし時計の進む音がやけに室内に響き渡っている。


梅雨の顔色は、暗闇でも分かるくらいに朱色に染まっていた。


「まさか、そのお友達と一緒に寝ることになるとは思ってもいませんでしたが」

「そりゃこっちのセリフだ。頑固に僕の提案を断りやがって」

「だって、雪矢さんにお世話になりっぱなしなのにベッドまで独占できませんよ」

「そんな心配するくらいなら、男との距離感を不安視してくれ」


梅雨が僕を気遣いたい気持ちも分かるが、それでこの状況を許容してしまうのはどうかと思う。僕の野生の部分がこの場で発揮されても文句は言えないぞ普通。


そんなことを考え、溜息の一つでもつきたくなるタイミングで梅雨は言った。




「――――不安に思うことは何もないです、雪矢さんなら」




不意に紡がれたその言葉の真意を、僕はくみ取ることはできなかった。こんな距離感でも何もできない腰抜けだと思われているのか。


それとも、何かが起きても問題ない相手だと思われているのか。


「雪矢さん、このタイミングで言うのはアレなんですが」

「……何だ?」

「わたし今、下着つけてないんですよね」

「はっ!?」


どこか深夜テンションと呼ばれてもおかしくない梅雨のカミングアウトに、僕は思わず薄い毛布に包まれている梅雨の肢体に視線を下ろす。


時折不思議な挙動をしていると思っていたが、それが原因だったか。下はともかく、胸元はそれなりに気にしていたような気がする。


「あはは、思い切り下見ましたね」

「見るに決まってるだろ。なんでつけてないんだよ?」

「雨でビショビショなんですもん、せっかく温まったのに気持ち悪いじゃないですか」

「それはそうかもしれんが」

「そのためか、タオルと一緒に透けないビニール袋が一緒に置いてあったのでしまわせてもらったんです」


いろいろと謎が解けていく。手ぶらだった梅雨が洗面所前でビニール袋を持っていた理由。それを指摘して大層慌てていた理由。濡れた下着を持っていたというのなら話はつく。ビニール袋を用意したのは恐らく父さんだろう、こういう気遣いをさせたら右に出る者なんていない。


それでも分からないことが1つある。


どうして梅雨は、その事実を今僕に告げたのか。別に言わなくとも、何も問題はないというのに。


「雪矢さん、今何を考えてますか?」


梅雨の顔はまだ赤いまま。先ほどよりも濃く染まっているように感じる。


「……どういう意味だ?」

「一緒にベッドに入って、この距離感で、今の話を聞いて、男の人は何を考えるのかなって」

「何をって……」


怒濤に攻めてくる梅雨に対し、正直僕はたじろいでいた。いつもより少し大人の表情を見せる梅雨に、うまく返答を返せないでいる。この場をうまく収められる奴がいるなら今すぐ代わってやりたい。



――――もう一度言おう、どうしてこうなってしまったのか。



理由を考えれば、たくさんある。

我が家の危機管理の甘さだとか、他人様の家庭事情の食い違いだとか、彼女の退くことを知らない優しさだとか、言い訳をしようと思えばいくらでもできる。


僕だってこんなつもりで招いたわけではない。行き場を失っていたわけだし、どう考えたって甘すぎる彼女の考え方を矯正してやるつもりだった。


いわば説教、僕の得意技を繰り出すために招いたに過ぎなかった。



それがどうして、こうなってしまったのか。




「……本当に、何もしなくていいんですか?」




僕と同じベッドで向かい合う彼女は、僕の動揺を誘うようにそんなことを言ってきた。


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