第31話 球技大会6
ステージの段差部分で集まる僕と女子5人。僕と月影美晴のひっそりサボりタイムだったはずが、いつの間にこうなったんだ。
「2人ともお疲れ、格好良かったわよ」
集まってきた2人を労うように声をかける御園出雲。去年まで同じクラスだった2人だ、今もそれなりに仲が良いのだろう。
「ありがとうズーちん、とっても楽しかったよ!」
「その欠片もセンスのないニックネームはいつ止めてくれるの?」
「ええ? ズーちん可愛くない?」
「私を呼んでるのか認識できないのが致命的ね」
「じゃあズーモとかどう? 可愛さはちょっと減るけどズーちんって分かるでしょ?」
「普通に出雲って呼んでくれないかしら……」
雨竜と似たようなことを言いながら御園出雲は額に手を当てる。Bクラス鉄壁委員長さまも神代晴華のニックネームセンスには形無しのようだ。いいじゃないかズーモ、緑の毛むくじゃらみたいで愛着が沸きそうだ。ネタ的な意味で。
「いやあ、初っ端からキツかったぁ。マヨねえったらあたしにばっか突っ込んでくるんだもん」
試合を振り返って大袈裟に溜息をつく神代晴華。それを見て名取真宵はあからさまに額に青筋を立てた。
「御園と同じこと言いたくないけど、そのドレッシングみたいな呼び方やめなさいよ」
「うそ、マヨねえほど渾身のニックネームはないよ!? マヨねえってなんか姉御って感じだし、ピッタリだよね!?」
助けを求めるように僕らへ視線を送ってきた神代晴華だが、御園出雲と桐田朱里はそれとなく視線を外していた。月影美晴に関してはニコニコしながら何も言わないという、攻撃は最大の防御作戦を講じている。いつの間にかチワワのように潤んだ瞳は僕を見つめていた。
仕方ない。神代晴華を助けてやる義理はないが、ここは一発僕の意見で場を収めてやるか。ウルルンという完璧すぎるニックネームの生みの親だ、恩を売っておいて損はあるまい。
「神代晴華よ、僕はマヨねえなんて中途半端なところで止めるのがよくないと思うんだ。いっそマヨネーズと呼んでやった方がコイツもスッキリ――」
「するわけあるかアホ」
隙が一切見当たらない僕のフォローは、名取真宵の言葉によって掻き消されてしまった。
先ほどよりも苛ついているように見える名取真宵だが、一体どうしてしまったのか。ドレッシング
「どういうことだ? お前まさか、マヨネーズが嫌いなのか?」
「あんた馬鹿なの? マヨネーズ好きがマヨネーズってニックネーム使い出したら、世の中の人間食料だらけになるわよ?」
「何だその偏見は、僕は現代の千利休って呼ばれたいぞ?」
「食料か人かの違いはどうでもいいのよ!」
名取真宵が大きな声を上げると、月影美晴と桐田朱里が吹き出した。口元に手を当てて笑っている。見ろよ、オーディエンスもこんなに喜んでいるんだぞ? もうマヨネーズでいいだろ、野菜と絡み合って美味しくなってくれ。
「はあ、もうどうでもいいわ。こっちは試合で疲れてるってのに」
「だとよ、マヨネーズって呼ぼうぜ」
「えー、あたしはマヨねえの方がいいんだけど」
「これ以上あたしを疲れさせるな!!」
どうでもいいって言ったのにぶち切れる名取真宵。こっわ、塩盛ってお経唱えなきゃ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。
「てかあんたなんでここにいるの? 遂に下をちょん切ったわけ?」
「恐ろしいこと言うな、てか遂にってなんだ」
「いや、あんたびっくりするくらいこの場に馴染んでるから」
この言葉で、月影美晴と桐田朱里に加えて御園出雲まで笑い始めた。何なのこの人たち、僕にちょん切れって言ってるの? オーディエンスが喜んでもそんなことしないぞ?
「ふざけるな、僕ほど男前の人間が場に馴染んでるわけないだろ。そりゃもう浮きまくり風船状態だ」
「風船にしては背が低いわね」
「はああああああ!? お前より100倍高いんですけど!?」
「へえ、じゃあ何センチあるのよ?」
「170センチだ!! 四捨五入してな!!」
「それ全然格好良くないんだけど、あたしも四捨五入したら170センチだし」
「馬鹿な……!」
名取真宵の衝撃発言に僕は呆気を取られてしまう。
四捨五入しているとはいえ、この金髪ロクデナシ女も170センチの大台に乗っているだと? 僕でさえここまで来るのに長年の時を費やしたというのに。
「その、四捨五入してもいいなら私もギリギリ170センチだけど」
「嘘……だろ……!?」
小さく右手を挙げて御園出雲がそう言った。1年ちょっとコイツとは教室で顔を合わせているが、そんなに背が高い印象はなかった。ここ1週間で5センチくらい伸びたに違いない。絶対にそうだ、突然変異女め。
「あらら、私は1センチ足りないかな」
「あたしは2センチも足りないよ、四捨五入って残酷だぁ」
そして追い打ちをかけるように月影美晴と神代晴華が自らの身長を嘆く。おかしい、なんでコイツらみんな背が高いの。160センチ代が周りにこんなにいるとかふざけてるの? 四捨五入してまであがいている僕が馬鹿みたいじゃないか。
「……畜生、なんて現実は残酷なんだ……!」
「雪矢君、この世の終わりみたいな顔してるね」
「ユッキー! 男の子の魅力は身長じゃないよ! あっでも、バスケするなら背が高い方がいいかな」
「神代、あんたコイツの心折りたいの? まあ全力で協力するけど」
「成る程、廣瀬雪矢を攻めるなら身長と……」
ステージの床に悲痛な思いを訴えるが、周りのデカ女たちは僕の様子を楽しげに見つめている。少し前まで和やかに会話していたはずなのに、いつの間にかアウェーと化していた。もうこの場所、第一体育館より涼しいくらいしかメリットないんだけど。
「ひ、廣瀬君! 元気出して!」
哀しみに打ちひしがれる僕に、エールを送ってくれるのは桐田朱里だった。両手の拳を胸元に置きながら決意を固めたように言葉を紡ぐ。
「わ、私、身長150センチ代だから! 皆より全然小さいから!」
「ひゃ、ひゃくごじゅ……? のっとひゃくろくじゅう?」
「のっとひゃくろくじゅう、です」
「おお……!」
泣いた。桐田朱里の優しさに僕は涙した。さすがは僕の弟子、この行き詰まった状況でもしっかりフォローを入れてくれる。さすが言えばやれる子、蘭童殿や名取真宵には悪いが、雨竜の件、優先して応援したい気分になってきた。
「いやいや朱里、あなただって四捨五入したら160センチ代でしょ?」
「ちょ出雲ちゃん、それは言わなくてよくて……!」
「………………」
「ほら! 廣瀬君遠い目してるよ! 出雲ちゃんのせいだから!」
「ええ……」
シンチョウ、キライ。シシャゴニュウ、キライ。モウシナイ、コノハナシ。
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