第13話 鉢合わせ
振り返ると、そこにはバドミントンのラケットを持って体操服に身を包んだ名取真宵の姿があった。
存在感を放つ腰程まで伸びていた金髪は神代晴華のように後頭部でまとめてあり、爪も整えたのか少し落ち着いていた。少し前まで抱いていた印象とは180度異なる、完全にスポーティな少女が目の前にいた。
「ただのおつかいだ、もう帰る」
「おつかい? 体育館に?」
「神代晴華にバスケを教わりたいって奴がいたから連れてきただけだ」
僕はパス回しで交流中の2人を親指で差した。好意云々の話はしない、後で面倒事に巻き込まれたくないし。
「見ない顔ね、誰あいつ?」
「お前ひどい奴だな、去年同じクラスの人間の顔を忘れるなんて。所詮はクラスなんて強制的に生まれた偽りのコミュニティ、絆もへったくれもないといったところか……」
「そのセリフ、そのままあんたに返っていかない?」
返っていかないし。僕はクラスメートの顔忘れないし。ちょっと思い出すのに時間が掛かるだけで。
「まあ別にどうでもいいんだけど」
「それにしても見違えたな、部活なんてかったるいって言ってた人間とは思えないぞ」
改めて名取真宵の姿を見回して、僕はうんうんと頷いてみせる。
特に髪を上げることにより露わになっているうなじが素晴らしい。普段は見られない部分だからこそ、汗で光るその場所に魅惑的な色気を感じざるを得ない。いいよその汗。
「なんか目線がキモいんだけど、ぶっ飛べば?」
ぶ、ぶっ飛べば? 随分聞き慣れない言い回しに僕は首を傾げてしまう。
そして思い当たった。これもしかして、名取真宵お得意のご挨拶、『死ねば?』的なやつなんじゃなかろうか。表現がかなりマイルドになっているせいで気付きづらかった。これはプラスに捉えていいのか、僕の中に宿る芸人魂はパンチが弱くなったと騒いでいるが。
「あっそうだ、あんた御園に文句言っといてよ。バスケなんて選んで馬鹿かって」
ぶっ飛べ挨拶を噛ました名取真宵は、ふと思い出したように御園出雲への愚痴を漏らした。
「バスケ選んじゃダメだったのか?」
「当たり前でしょ。他のスポーツならともかく、バスケなんてあのおっぱいオバケの独壇場になっちゃうじゃない」
「おっぱいオバケ?」
「あれよあれ」
そう言って、先ほどの僕のように親指でコートの方を指差す名取真宵。なんとなく想像はついていたが、その先には堀本翔輝とバウンドパスの練習をする神代晴華の姿があった。うむ、確かにパスを出す度に揺れているかもしれない。要チェックや。
「てかお前も人のこと言えないだろ、おっぱいについては」
「あのね、あたしのおっぱいをあの下品おっぱいと一緒にしないでくれる? 大きければいいってものじゃないの、あたしくらいのプロポーションが均整が取れてて美しいんだから」
「は、はあ……」
名取真宵は何かスイッチでも切り替わったように胸元に手を当てて饒舌に語り始めた。どうしたんだコイツ、おっぱいに関して一家言あるのだろうか。多分スタイルそのものにこだわりがあるんだろうが、僕視点だとおっぱいに食いついたようにしか見えないんだよな。
まあ確かに、自信を持つだけあって名取真宵のスタイルはいい。僕のおっぱいスカウターによれば、桐田朱里と同等の戦闘力を保持している。
後コイツ、地味に脚も長いんだよな。原宿に行けばモデルにスカウトされるんじゃないだろうか、スカウトさんを厳しく睨み付けさえしなければ。
「分かったかしら、あたしのおっぱいの魅力に関しては」
「分かったは分かったが、女があんまりおっぱい連呼するなよ。興奮したらどうするんだ」
「はっ、知らないんだけど? 家に帰るまで悶々してればいいんじゃないの?」
「えげつねえ……」
邪悪な笑みを浮かべて答える名取真宵に僕は恐ろしさを覚えてしまう。コイツの場合、狙って男子を悶々させて楽しみそうなまである。そういう意味では、案外簡単にセクシーポーズを取ってくれるかもしれない。タイミングを見てお願いしてみよう。
「……そっか。そういえばあんたって、犯したいほどあたしの身体好きなんだっけ?」
「お前な、よくその話持ち出せるな」
僕は5日前、後輩へのオイタが過ぎる名取真宵に強烈な脅しをかけたことがある。こうも強気な名取真宵をボロボロに泣かすような、正直トラウマを植え付けてもおかしくないことを言ったつもりだったが、当人はネタとしてニヤニヤしながら僕をからかおうとしている。どんな胆力してるんだコイツは。
「あの件、ちゃんと反省して――――」
「―――してる。してるに決まってるでしょ」
僕が全てを言い終える前に、名取真宵は言葉を被せてきた。
いつの間にかその表情から、笑みは消え去っていた。
「あんたに一発噛まされて、馬鹿みたいに泣いて、やられる立場がどれだけつらいか理解した。やってへらへらしている自分を思い出して、吐き気がするほど気持ち悪くなった。もうたくさんよ、あんな思いは。そうなるくらいなら正々堂々ぶつかった方がよっぽど楽」
どうやら僕は名取真宵を過小評価しすぎていたようだ。
蘭童殿からコイツが謝ってきたとは聞いていたが、改めてコイツの主張を聞いて理解する。名取真宵は、本当に反省して心を入れ替え、前を向くことを決めたのだと。
「だから軽口はあたしなりの昇華なの、別に軽んじてるわけじゃない。あたしはその都度思い出せるしあんたを攻撃できるし一石二鳥でしょ?」
「おい。それだと僕の立ち位置鳥じゃないか」
「いいでしょそれで、いつも石投げられてるような人生じゃない」
「どんな人生だどんな!」
僕が反論すると、名取真宵は楽しげに笑った。
蘭童殿とは正々堂々ぶつかろうとも、僕の寝首はいつでもかくつもりのようだ。まあそれは仕方ない、やるやられるの話をしたのは僕だ。甘んじて受け入れる他あるまい、この理屈なら僕から攻撃してもいいんだから。
「そういうわけだから、あんたはあたしの言うことを……」
「ん?」
つらつらと話していた名取真宵の口が唐突に止まる。
僕の後方を見て、あからさまに不機嫌そうな顔つきになった。
どうしたことかと僕が振り返るその前に、
「廣瀬先輩、こんにちは!」
こちらもまた、聞き慣れた挨拶が耳に入ってきた。
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