第19話 乙女たちの語らい

「朱里!」


放課後、部活に向かっていた御園出雲は、茶道室に入ろうとする桐田朱里に声を掛けた。


「出雲ちゃん、こんにちは」

「こんにちは、部活始める前にちょっといい?」

「どうしたの?」


出雲は少し茶道室から離れた場所に朱里を手招きすると、小さな声で質問した。


「あなた昨日、廣瀬雪矢と出掛けたんでしょう?」

「そうだけど、どうして出雲ちゃんが知ってるの?」

「本人から聞いたの、青八木君とのデートを成功させるためとか言ってたけど」

「あはは、確かに廣瀬君はそういうの隠さなそうだね」

「で、大丈夫だったの?」


出雲は口元に手を当てると、眉を顰めて小声で言った。


「彼に、変なことされてないでしょうね?」


デートの話を聞いたとき、1番出雲が心配していたのがこのことだった。

とはいえデートをする前に指摘してデートそのものが有耶無耶になっても困るため、結局今日確認するしかなかったわけだが、


「私、変なことされた記憶しかないんだけど」


クスクス笑いながら話す朱里を見て、何事もなかったことを把握できた出雲。ようやくホッと息を漏らすことができた。


「よかった、なら昨日はしっかりタメになったのね?」

「…………」


その質問を、朱里はすぐに返答しなかった。はいかいいえで答えられる容易な質問だと思っていただけに、出雲はまた別の不安を抱えてしまう。


「どうしたの、もしかして上手くいかなかったの?」

「ううん、そんなことないよ! 会話も弾んだしすごく楽しかったし」


取り繕うように紡がれた言葉に不自然さはなく、朱里は本当に楽しかったのだと思う。

では何故、先ほど朱里は言い淀んだのか。出雲はそこが気になっていた。


「出雲ちゃん、2つ質問があるんだけどね?」

「質問?」


すると朱里は、デートの話を終えて出雲にそう投げかけた。


「うん。まず1つ目なんだけど、すごく好きだったものが普通だなって思うようになったことってある?」

「また唐突ね、食べ物の話?」

「えーっと、うん。それでいいかな」


出雲は少しだけ思考してから朱里へ返答する。


「そうね、甘すぎたり辛すぎたりするものは幼い頃に比べて好きじゃなくなったかも。後は糖分やカロリーが高いものも嫌になったかな、これはちょっと質問の答えとは違うかもしれないけど」

「ふむふむ、成る程」

「2つ目は?」


そう促すと、またも少し間を置く朱里。先程からどうしたのかと口を開きそうになったところで、朱里から質問が飛んできた。



「普通だったり苦手だったりしたものが好きになったことってある?」



言い出しづらそうにしていた割には普通の質問だった。身構えていただけに少し拍子抜けだったが、わりかし真剣な表情を浮かべる朱里を見て出雲は切り替える。


「……福神漬けかな」

「福神漬け?」

「そうそう。幼い頃は野菜みたいなのに甘くて酸っぱくていつも残してたけど、最近はその味わいがいいって思うようになったの。なんて言うのかな、独特な味だからこそそれを理解出来たときはたまらないというか、そうそう抹茶と一緒よ! あの苦みが今は癖になってるわけだからね」


話し始めて、途中からしどろもどろになった感を否めない出雲。

辛いも苦いも酸っぱいも、そういう個性だと思えば魅力を感じられると言いたかったが伝わっただろうか。


「……抹茶と一緒、そっか……」


しかしながら、出雲の不安はどこへやら、朱里は納得のいったように何度も小さく頷いていた。


「ありがとう出雲ちゃん、すごく参考になった」

「それなら良かったけど、何が訊きたかったの?」

「訊きたかったというよりは心の整理がしたくて。出雲ちゃんの意見を訊いてみたかったの」

「福神漬けと抹茶しか言ってないけどね」


そう言うと2人して笑い合う。

1年の入部時から仲良くなり始めた出雲と朱里だが、改めて仲の良さを感じられた。


「そうだ出雲ちゃん、謝らなきゃいけないことがあって」


そして朱里は、その仲の良さから出雲に相談していたことについて切り出す。


「青八木君への告白、ちょっと考え直そうかと思って」

「そ、そうなの?」


平静を装っていたが、衝撃的な内容だった。

出雲は朱里から雨竜が好きだと相談を受けており、同じクラスであることもあってそれなりに助言をしていた。

他の女子も雨竜を狙っていると何度も聞いたことがあるため朱里に勇気を出させようとしていたが、まさかこんな返答がくるとは思わなかった。


「うん。ちゃんと考えたいことがあって。自分の中で決着が着いたらそのときはまた相談しちゃうかもしれないけど」

「それはいいんだけど、考えてる間に青八木君が誰かと付き合ってもいいの?」


以前はこうして発破をかけて、朱里は手紙を書くことを決めていた。

それだけ強い想いを抱いていたはずだったが、


「そのときは仕方ないかな、きっぱり諦めるよ」


悲しみを感じさせない平然とした笑顔で朱里は言ってのけた。

それが何故か、出雲にはとても眩しく、羨ましく感じられた。


「じゃあこの話は終わりね。部活行こう?」

「そ、そうね」


一瞬で切り替え茶道室に入っていく朱里を見て足を止める出雲。

朱里は雨竜にしばらく告白をしない。諦めたわけではなさそうだが、そこまで前向きではなさそうな雰囲気。


「……この場合はどうすればいいのかしらね」


混乱する彼女の頭に浮かんでいたのは、いつか教室の外である男と話した内容についてだった。

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