*晴海緑道公園メイズ⑥ 猪突猛進のメイズ突貫


――22:07――


 これが、俺達20人の[受託業者]が「晴海緑道公園メイズ」に飛び込んだ時刻だ。


 少しおかしな話にも思えるが、「魔物の氾濫」を起こした状態になると、メイズの外に出現するモンスターは階層の区別なくランダムに出現するらしい。


 まぁ、この辺はハム太やハム美の「あちらの世界」での経験に基づいた情報に拠るところが大きい。そのため、「それが事実」と言い切れない面はある。こちらの世界・・・・・・に於いては、「魔物の氾濫」に関する経験の蓄積が始まったばかりだ。もしかしたら「違う」という事もあるかもしれない。


 まぁ、判然としない所は残るが、とにかく現時点においては、メイズの外は強いモンスターも弱いモンスターも偏りなく出現すると考えた方がいい。


 その一方、一旦メイズに入ってしまえば1層は1層でしか・・・・・・・・ない。出現するモンスターは単体でブラブラしているメイズハウンドであり、他には良くてスライムが壁の隅に張り付いている程度だ。


 なので、それらのモンスターをアッサリと駆逐すると、とりあえず1層の安全を確保して休憩を兼ねた「作戦タイム」になった。


 その間、俺は背中のリュック(の中のハム太)からビスケットタイプの「携帯栄養補助食品」的な黄色のヤツと500mlサイズの水のペットボトルを取り出して全員に配る。ちょっとした栄養補給の意味だ。流石にこの場所で支給品のレーションパックを広げる訳にはいかない。それに、なんだか腹一杯になるまで食べると途端に眠くなりそうな気もする。腹八分にも足りない分量だが、今はこれで良いだろう。


 一方、俺からビスケットと水を受け取った面々の内、「東京DD」の幾人かは、怪訝そうな顔で俺を見ていた。まぁ彼等はハム太の存在も【収納空間(省)】の存在も知らないので、俺がリュックから見合わない量の物を取り出す光景は、随分と不思議に見えるのだろう。


 ただ、そんな彼等が疑問の声を掛けてくるよりも先に、加賀野さんが話し始めた。


「今が夜の10時過ぎだから……とりあえず5層まで行って、そこで翌朝まで休憩ってところかな? どう思う、コータ君?」


 まぁ、メイズの攻略だけを考えれば順当な所だろう。ただ、外の状況を考えると「それで良いのか?」とも思ってしまう。


 聞いた話だと、晴海一帯の推定人口の4分の1しか安全は確保できていないらしい。逆に言えば、4分の3は安否不明だ。全体の規模は良く分からないが、多くても1万人前後だろう。その内7,500人が今もモンスターから逃げ回っていると考えると……


 俺は加賀野さんの言葉にどう返事をして良いか分からずに里奈を見る。おそらく、同じ考えなのだろう。里奈も俺の方を見て来た。お互いにお互いの目に浮かぶ葛藤を見ている。そんな感じになる。


 ただ、


「気持ちは分かるが……流石にキツイのよ」

「俺達、下北のメイズ帰りっすから」

「外の人達が心配ですけど、自分達も万全じゃないです」


 「脱サラ会」の古川さんに、「東京DD」のコウちゃんと手島がそう言う。それで、


「休憩は最小限だな、仮眠程度に留めて一気に15層を目指そう。そのためにも、先ずは5層を確保だ」


 と加賀野さんが言う。更に、


(吾輩は加賀野殿の案に賛成なのだ。溜まった疲労は思わぬ失敗を生むのだ)


 と、ハム太が意見を表明する。そして、ハム美はと言うと、


(みんなが休んでいる間に最短ルートを探っておくニャン。だから、休憩時間が丸々無駄になる事はないニャン)


 とのこと。確かに、ハム美の[擬態]+[飛行]の魔術コンボなら単独でメイズ内を調査する事も出来るか……それだったら、休む間も実質的には先に進んでいるようなものだ。


「わかりました。そうしましょう」


 結局、俺はそう返事をすることになった。


 ちなみに飯田はこの間、「ゴニョゴニョ」と独り言を呟き、しきりに首を傾げていたが、結局発言らしい発言をしなかった。


*********************


 現在のメンバーの実力は、ハム太に言わせると、


(加賀野殿のメンバーは全員[修練値]が850~870なのだ。「東京DD」の方は多少ばらついているが、大体750前後なのだ)


 との事。「魔坑渡り」状態になっている「脱サラ会」の面々が15層相当の[修練値]を上回っているのは当然といえば当然だ。


 その一方、コウちゃんPTや手島PTの面々は躍進が凄まじい。確か、今年の4月末に発生した「下北沢メイズ」での[管理機構アラート]の時は、彼等の[修練値]は300弱だったはずだ。それが、3か月弱で倍以上になった。


 普段から加賀野さんがコツコツと指導して地力をつけさせ、その上で先週の2つの「メイズ消滅作戦」において深い階層での戦闘を経験した。その結果として、今の数値が有る訳だ。実力的にも[修練値]に見合う強さだと思う。その事は、彼等2PTが主になって行った5層番人センチネルモンスターとの戦闘でも明らかだった。


 ただ、そんな彼等を押し退けて、目立ってしまうのが里奈の存在だ。


(里奈様の[修練値]は小金井と太磨霊園の後から余り変わっていないニャン。今は722ニャン)


 ハム美が持つ【鑑定(省)】の結果は、そのようなものだ。里奈の場合は職業柄、メイズの深い階層まで潜る機会はない。それでも、これだけの数値になっているのは、「魔物の氾濫」状況下の小金井緑地公園での籠城戦と、太磨霊園での補給作戦中の戦闘が原因だった。その上、階層は浅いものの、多方面のメイズに入る機会が多いため「魔坑渡り」的な数値のプラスもあるのだろう。


 ただ、そうは言っても数値的にはコウちゃんや手島PTの面々に追い抜かれている。それでも里奈が戦闘面で目立つのは、習得した【操魔素】と五十嵐心然流のひとり娘という生い立ちから身に着けた技術の相乗効果のためだろう。


 現に5層での戦闘では、「魔物の氾濫」状態のメイズの特性なのか、モンスターの数が非常に多い状況だったため、コウちゃんや手島PTでも序盤で対処がしきれず、裏手に回り込まれる場面があった。そんな時に、背後に回ろうとしたモンスターを片付けたのが里奈だ。


 裏に回り込もうとした15匹程度のメイズハウンドとゴブリンの混成集団に対して、里奈は【操魔素】を使用。魔素の塊を「飛ぶ打撃」として放ち、3発でそれらのモンスターを壊滅させた。更に、一部取りこぼしたモンスターに対しては、容赦なく「9mm拳銃」の引き金を引く。


 その姿は凛々しい勇ましさ70%、恐ろしさ30%と言ったところ。本当にこの人と結婚して大丈夫かな? と一瞬不安になったのは……内緒だぞ、ハム太。


(わ……わかっているのだ)


 ……とにかく、5層番人センチネルモンスター戦は、開幕から10分程度でアッサリ終了した。


「じゃぁ、飯食って寝るか」

「そうだな、流石に疲れた」

「俺達もオッサンって事だ」


 戦闘終了後は、「脱サラ会」の毛塚さん、久島さん、木原さんがそう言い合うように、支給品のレーションセットを食べてひと眠り・・・・する時間になる。


 外の人達が心配で眠れないかも? という不安は有ったが……現金なもので、25時を過ぎる頃には眠りに落ちていたと思う。


 ただ、寝入りばな・・、先に寝た里奈の寝顔を見ていた俺は、そんな里奈越しに、膝を抱えてボソボソと何かつぶやいている飯田に気が付いた。具合でも悪いのか? と思い声を掛けようかと考えたが、その時は眠気が最高潮になっており、どうにも億劫に感じて、俺はそのまま寝てしまった。


 思い返せば、あの時飯田に声を掛けていたら……いや、多分、何も変わらなかっただろう。


 この時刻にメイズの外で発生した状況は、今の俺達 ――いや、こちら側の世界の人類には、どうする事も出来ないものだったからだ。



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