*晴海緑道公園メイズ① 疑問


 里奈からの電話の15分後、俺は[管理機構]のオフィス内の小会議室に居た。この小会議室は以前「小金井・府中事件」が終わった直後に特別報酬として数個のスキルジェムを受け取る際に案内された部屋だ。あの時は「チーム岡本」の面々が居たが、今は俺1人で居る。


 ちなみに、俺をこの部屋に連れ込んだ(実際は俺が押し掛けたんだけど)里奈は、現在、富岡さんや土日宿番だった他の職員らと共に隣の大会議室に居る。そこからネットを介して関係省庁各部署と連絡を取っている。「気になるから」という理由で自分のオフィスに戻った吉池さんも、国家安全保障局のオフィスからネット経由で参加しているらしい。


 そんな隣の大会議室で行われているネット経由の連絡の状況は、里奈と一緒に居るハム美の【念話】で実況中継のように俺に伝わっている。


(今、偉そうな人に繋がったニャン。平川官房副長官ニャン……って、この人が当面のターゲットニャン……それにしても、痩せぎす・・・・で不健康そうなお爺ちゃんニャン)


 ハム美の性格上、余計な情報が混じる【念話】だが、臨場感は伝わって来る。


(あぁ、でもこの平川官房副長官って出来る人オーラが凄いニャンね……北部連合評議会のクロイツ議長みたいニャン)

(あのような御仁がこちらの世界にもいるのだ?)

(枯れ骸骨みたいな見た目が特にそっくりニャン)

(ぬぬぬ、吾輩も見てみたいのだ……)


 そんなハム美とハム太の【念話】を横で聞いている感じ。ていうか、「クロイツ議長」って誰だよ? 知らない人間の話題で盛り上がらないで欲しい。


(えっと、今、「緊急対策本部」が立ち上がったニャン――)


 なるほど、何か問題が起こった場合って、政府の中はこんな感じで進んでいくんだな。と、俺は傍観者的な視点で考える。最初の「管理機構アラート」が鳴ってから1時間ちょっとで対策本部的なモノが立ち上がるとは、今日が土曜日だという事を考えると、それなりにスピード感が有るように思う。


 まぁ、時節柄(オリンピック開幕間際)と場所柄(オリンピック村の直近)、今回の件は多分、最高レベルの優先度と重要性を持っているだろうから、対応が早いのも当たり前か。


 俺はそんな事を考えつつ、ハム太とハム美の【念話】を聞き流すように推移を見守った。


 ちなみに、里奈達が接続している「緊急対策本部」は、話の主導権をネットの先(なのか中なのか)にある国家安全保障局(吉池さんの側)に移していた。そのため、[管理機構]のオフィスにある大会議室でも、「緊急対策本部」が下す指示を待つ状況になった。


 ただし、只待っているだけではない。その証拠に俺のスマホに次の「管理機構アラート」が入っている。それは、


****************


[管理機構アラート発令]

[魔物の氾濫事象]

[場所:―――――]


Aランク受託業者は速やかに管理機構

委託課へ連絡を取ってください。

対応の指示は委託課より直接行います。


*****************


 というもの。


 未だに場所は伏せられているが、とにかく動けるAランク[受託業者]を押さえておこう、というアラート内容になっている。


 一方、先程の「中身が無い」アラートはシステムエラーではなかったらしい。現在、東京都内の各所にはメイズの近隣以外にも何カ所か分散して「MEO」の測定装置が設置されているとのこと。その測定装置の内、豊洲に設置された物が「高濃度MEO」を観測した。その結果として、システムが端に「高濃度MEO事象」を発令したという事だった。


 万が一のために予備的に組み込んでいたソフトが予想外に機能した結果が、先程の「管理機構アラート」の正体だった訳だ。


*********************


 現状、隣の大会議室に居る里奈達は「指示待ち」の状況。一方、小会議室に入って以降、全く放置されている俺は、指示待ち・・・・の指示待ち・・・・・状態でかなり時間を持て余している。


 一応、スマホで「チーム岡本」のメンバーや他の知り合い(加賀野さんや「TM研」の面々)に連絡を取っているが、それほどせわしないものではない。


 ちなみに「チーム岡本」は、飯田以外は直ぐに動けない状況だった。また、「TM研」は全員が電波圏外だったので、多分何処かのメイズに潜っているのだろうと思う。一方、加賀野さんの「脱サラ会」や「東京DD」の面々は直ぐに動けるとのこと。彼等はついさっきまで「下北沢メイズ」に居たということだ。半日潜って夕方前に切り上げ、「さぁ、これから飲みに行くぞ」というところだったらしい。


 そんな加賀野さん達は、「管理機構アラート」に従い委託課に連絡を取った結果、今すぐ虎ノ門にある本部オフィスまで来るように指示されたそうだ。なので、今は全員でこちらに向かって移動しているとのこと。


 俺個人として、出来る範囲の状況確認をすませた。なので、後は何もすることが無い「待つだけ」の時間が過ぎる。そんな状況下で思考は自然と、今の状況の妙な不自然さに向かう。


 「なぜ今」「晴海という場所で」「魔物の氾濫」なのか?


 晴海は「オリンピック選手村」がある場所だ。当然ながら、周囲の調査は徹底されているだろうし、先の2つのメイズのような「見逃し」も無いはずだ。それなのに、突然、しかも「魔物の氾濫」が起こるほど「溜めた」状態でメイズが姿を現すのは、どう考えても不自然だ。


 そう考えると頭の中には例の ――播種の法―― という言葉がチラつく。それに、少し前の「双子新地高架下メイズ」の件や、その後、一時期だけ情報が出回っていた「連続メイズ消滅事件」など、「魔坑核メイズコア」を狙ったような事件(?)が有ったのも気に掛かる。


 もしかして、今回の「魔物の氾濫」は「播種の法」を使った人為的なものなのではないか? そんな疑念が頭を擡げてくる。


(それは……考えたくないけど、あり得るニャン)


 とは、不意に差し込んで来たハム美の【念話】。でも、こっちの世界の住人が独力で「播種の法」を思い付くのか? いくら何でも、メイズが出現して数年しか経っていないのに、それは早過ぎる気がする。


(ハム美の予想ニャン。でも仮に例の「壁面文字列」がヒントのようなものを出したとしたら、可能性はあるニャン)


 ハム美はそう言うと、自身の予想論を述べる。曰く、「次元世界」が異なっても魔坑メイズ同士は情報伝達ができる。これは【操魔素】や【複写】といったスキルがこちらの世界に登場していることから、かなり堅い推測になる。その上で、あちらの世界の魔坑メイズは「播種の法」が自己の進化を助けると、既に知っている。なので、その情報をこちらの世界のメイズに伝えている可能性は高い。


(だから、メイズはあちらの世界では見たことも聞いた事もない「壁面文字列」を使って、こちらの世界の人類にみずからの有益性を伝えると同時に、こっそりと自己の進化を助けるような行動を取らせようとしているかもしれない、ニャン)


 そう言われると「ありそう」な話に聞こえる。でも俺は「でも」と思う。


 もし、ハム美が予想するような話が事実なら、【解読】というスキルが無ければ読めない文字で「壁面文字列」を作る理由が分からない。情報を拡散したいのか隠したいのか、やっている事がチグハグ過ぎて、意味が分からない。


(それは……あちらも・・・・こちらも・・・・同じニャンだけど、人類は賢いようで愚かニャン。富や力は独占したいニャン。いつも他者に出し抜かれることを恐れるものニャン。メイズが他者へもたらす利益が自己に対する害悪に見えるニャン)


 ハム美の【念話】は淡々としていて何処か冷たいニュアンスを含んでいる。


(そんな人類に「限られた者しか分からない有益な情報」を与えるとどうなるニャン? コータ様は良く分かるはずニャン)


 「ぐうの音も出ない」とはまさにこの事だ。俺自身が「ハム太やハム美」の存在を隠し続けている。勿論、身近な人には存在を明かしているが、大勢一般の知らない人に対しては秘密を保っている。その理由はなんだ? と問われれば……「自己の利益の最大化」だと答えなければならないだろう。


 自分という個人ですらそうなのだ。これがもしも国家規模なら、この考えは歯止めが利かないのではないか?


 思えば、[メイズストーン]を使った次世代発電システムひとつをとっても、これは画期的で且つ膨大な利益を生むものだ。凡そ現在の人類の悩みの種であるエネルギー問題を、二酸化炭素も放射線も抜きにして解決できてしまう。


 しかも、そのエネルギーのみなもととなるものは足元の[メイズ]という場所から無尽蔵に取れるのだ。ならば、メイズを増やして、もっと利益を得たいと考えるのも……自然な事だろう。多少の危険や犠牲を払ってでも、他者に危害を加えて出し抜いたとしても、利益を最大化したいと願う。その時、手段の選択に良心の呵責など存在しないのかもしれない。


 ゾッとするような考えに、柄にもなく身が震える気がした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る