*28話 メイズ消滅作戦の顛末


2021年7月15日 浅霧市立公園メイズ


 潜行2日目の午後5時過ぎ。現在地は15層。


 3日前の「武蔵野森市民体育館メイズ」と同様、この「浅霧市立公園メイズ」に対する消滅作戦も佳境に来ている。


 メンバーは相変わらず。選抜Bグループの「東京DD」と「東京地下清掃組合」に選抜Aグループの「DOTユニオン」という構成だ。この構成で今日はここまで・・・・進んでいる。


 後輩[受託業者]である「東京DD」や「東京地下清掃組合」にとって15層は少し背伸びが過ぎた・・・・・・階層だろう。でも、なんだかんだと付いて来ている。ガッツに溢れるヤンチャな「東京DD」と負けん気で食い下がる「東京地下清掃組合」といったところか。


 一連の「メイズ消滅作戦」において、彼等は飛躍した。特に前回「武蔵野森市民体育館メイズ」の2日目後半からは、習得した複数のスキルが効果を発揮し始めていた。それに今回の「浅霧市立公園メイズ」で拾得したスキルを加えることで、彼等の戦力は大幅に向上したといえる。


 もちろん、戦力はスキルだけで向上するものではない。個人の技量も必要だ。もっとも、彼等の内「東京DD」の前衛組、特に近接アタッカー達は早い段階から飯田金属製の「ソードスピア壱式」を装備していたので、攻撃力はあった。


 そこに「東京地下清掃組合」の面々の装備充実(火曜日に何とか揃えたとの事)が加わり、更に後衛組の数人が「アーチェリー装備」に転向したことで、攻撃面での安定度が増した。


 特に後衛のアーチェリー転向組は、昨日から始まった朱音の猛烈な指導(横で聞いていても心が折れそうになる感じのやつ)を受け、更に【戦技】スキルジェムから追加で【戦技(弓)】を習得する事によって、急速に戦力化されていった。


 そんな彼等の上達が、盾組や近接組にも良い形で波及し、全体として「イケイケ」な空気を醸し出す。


 「若いって、良いなぁ~」とは主にアダルトメンバーで構成されている「脱サラ会」のおじさん達の感想。俺もそう思う。そんな俺は久島さんと毛塚さん(脱サラ会の盾コンビ)から「コータ君も未だ若いだろ」と笑われたけども、手島やコウちゃん達を見ていると、自分が彼等と同じだとは思えない。


「部屋の感じは3連広間・・・・ですね!」とは、「TM研」の相川君。

「初戦はゴブリンPTか……ざっと40?」と前方を睨むのは「脱サラ会」の加賀野さん。

「多いけど、お前等行けるか?」岡本さんは気遣うような声を掛ける。


 それらに対して、後輩[受託業者]を代表して「東京DD」Aチームのコウちゃんが、


「やってやるっす!」


 と答える。そして、戦闘が始まった。


*********************


 どうしても「挑んでみたい」と言う後輩[受託業者]の願いを受け入れ、15層最初の広間の戦闘は彼等に端緒を任せることになった。


 もちろん、俺達は彼等の後方で直ぐに介入できるよう待機している。まぁ、コウちゃんや手島達も、俺達が後ろに居る状況だから「多少の無理でもやってみよう」となったのだろう。都合良く「利用されている」と言われればそれまでだが、この場合、こちらとしてもソレは本望だ。お互い様と言っても過言ではないかもしれない。


 なので、油断なく戦況を注視しつつ、介入を最小限に止める。


 15層最初の広間に居たモンスターはゴブリンナイトとゴブリンファイターが数を占めるゴブリン集団。総勢は45匹だった。


 対して「東京DD]と「東京地下清掃組合」は総勢36人。但し彼等の[修練値]は平均で700に届かない。階層にすれば12層相当と言ったところ。数でも[修練値]でも負けている状況だ。ただ、彼等にはこの数日で一気に増えたスキル習得者と充実した装備、徐々に上がるスキルレベル、そして仲間との連携がある。


(怪我人が出たら、吾輩が行くのだ)


 とはハム太の【念話】。ハム太は、大人しくリュックの中で出番を待つように両手(前脚?)をキワキワとさせているのだろう。ちなみに、ハム太の存在については「DOTユニオン」には明かしたが、コウちゃんや手島達にはまだ伏せている。ただ、【鑑定(省)】、【収納空間(省)】、【回復(省)】については、特に隠さずに使っている。多分彼等は俺がそんな便利スキルを持っている、と勘違いしているだろう。


(吾輩とコータ殿は一心同体なのだ)


 なんだろう、凄く嫌なんだけど……


 俺とハム太がそんな感じの【念話】を交わしている間も、戦況は動いた。


 ゴブリン集団は、毎度毎度の事ながら、力に劣る下位種(この場合はゴブリンFになる)から順に向かってくる。もしも彼等が一致団結して集団で襲い掛かってくれば、15層はもっと苦戦する階層になるだろう。だが、実際のところそう・・はならない。残念(?)な事に出来立てのメイズの15層に居るヤツらは[受託業者]等との戦闘経験を積むことも、作戦や戦術を練る事も出来ない。


 メイズに出現したなり・・の状態で、各個の経験としては「初めて」の戦闘に臨んでいる。この辺の「経験の差」が有るから、俺達[受託業者]はモンスター達と戦えている訳だ。


 後は小規模メイズにあたる「浅霧市立公園メイズ」の15層だから、ゴブリンヒィディングが出現しないのも大きい。


 とにかく、戦闘はコウちゃん達盾組が作った前列にゴブリンFらが五月雨式に突入する格好になる。その一方、後方にはゴブリンアーチャーが6匹とゴブリンSHシャーマンが1匹居て、散発的には矢や魔法スキルを放ってくる。被害としては、そんな矢と魔法スキルの方が大きい。


「敵の後方が見えないの!? アーチャーとシャーマンよ、シャーマンから斃しなさい!」


 とは、鬼教官と化した朱音の声。それに応じて数人のアーチェリー持ちがゴブリン集団の後方へ矢を放つ。ただ、流石になり立て・・・・【戦技(弓)Lv1】では、30m先の動くまとには中々当たるものじゃない。


「もう、このへたくそっ!」


 対して朱音は「男子が女子から言われたくないワード・ベスト5」に入るだろう言葉を遠慮なく叩きつける。なんだか、聞いているこっち迄辛く成って来る……でも、


「やった! 当たったよ朱音ちゃん!」

「オレも当たった!」


 めげない彼等は何度か外した後に、矢をゴブリンSHに命中させていた。


「まだ死んでない! 気を抜かないで! 次!」


 対して朱音は相変わらず厳しい……


*********************


 結局、15層最初の広間での「東京DD」と「東京地下清掃組合」の挑戦は、全員が奮戦したものの、勝ち切る・・・・事が出来ずにメンバー交代となった。


 ただ、全員が全力で奮戦したのは確かだ。[修練値]と[経験]の不足は如何いかんともしがたいものの、それでもゴブリン集団の3分の2を斃したのは素晴らしい頑張りだと思う。しかも、双方が消耗した状況で、敵が残ったゴブリンナイトばかりになり、個の能力で押し返される展開になっても、彼等は合計で5匹のゴブリンKを斃していた。


 若いって素晴らしい。


 その後は、後方に控えていた[DOTユニオン]の出番となり、最初の広間の残存ゴブリンKを掃討。次の間の豚顔オーク集団も難無く撃破し、もはやお馴染み(?)赤鬣犬レッドメーンも【幻覚スキル】をものともせずに打ち倒した。


 そして到達した[魔坑核メイズ・コア]。


 燭台のような台の上に浮いた握り拳2個分のクリスタル。それが[魔坑核メイズ・コア]ということになる。ちなみに、この「魔坑核」から習得できるスキルは、


「【2属性魔法・中級】か……飯田が持っているのと一緒だな」


 というもの。


 ちなみに、前回の「武蔵野森市民体育館メイズ」の15層では【土属性魔法・中級】が出ている。その時は全員の中で唯一「精神的苦痛」を受けていた[TM研]の小夏ちゃんがそのスキルを習得している。小夏ちゃんは元々【土属性魔法・下級Lv3】を持っていたが、新に同じ系統の中級スキルを習得した結果、最初から【土属性魔法・中級Lv3】という風になった。


 それで今回はと言うと、事前にじゃんけんで習得するPTが決まっている。「脱サラ会」の面々だ。ただ、習得できるスキルが魔法系ということで、少し相談タイムとなった。


「コータ君、これって誰が取ったらいいと思う?」


 というのは加賀野さんの質問。まぁ、俺に訊くというよりも、リュックの中のハム太に訊いている感じだ。対してリュックの中のハム太は、


(通常の戦闘で余り[魔素力]を使っていないのは、加賀野氏と古川氏なのだ。ただ、加賀野氏は最近【回復魔法:中級】を習得したので、回復役になるのだ。回復役の[魔素力]は温存するというセオリーにしたがうなら、コレの習得者は古川さん一択なのだ)


 とのこと。


 それで、俺はハム太の【念話】の通りに説明した。これならハム太が直接加賀野さんに【念話】で語り掛ければ良いんじゃない? と思ったけど、まぁ……これまでのクセ・・なんだろうな。


 結局スキルの習得者は、


「分かった。確かにコガっち・・・・は【連撃】を持っているけど余り――」

「使ってないね。ていうか、クロスボウと【連撃】って相性が良さそうで悪いんだよね」


 という事で古川さんになった。


 これで、「DOTユニオン」は各PTに中級レベルの魔法スキル使用者が1人と下級レベルが1人ずつ、という構成になった。魔法スキルは使用者が多く属性はバラけた方が効果的になる(ハム太談)なので、戦力的には随分と向上するだろう。


「じゃ、じゃぁ触るよ――」


 少し腰が引けた様子の古川さんが、ゆっくりと手を伸ばし、その指先が[魔坑核]に触れた瞬間、地震のように大きな揺れがメイズ全体を襲う。思わず全員がその場でうずくまり、直後、視界が暗転。


 俺達全員と、浅い層に居た[受託業者]の連中全員が、浅霧市立公園の一画に放り出されていた。


 夕暮れ時の公園の片隅。薄曇りの空に沈む夕日の光が、何とも不気味な黄昏時の光が周囲を満たしている。


 遠くから[管理機構]の係員の声が拡声器に乗って聞こえて来た。


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