東京メイズ・ウォーカーズ！ ～黎明期のメイズ受託業者達～

＊４７話 プロの非情

　谷屋さんが拳銃を拾い上げて、「張」と呼ぶ男へ銃口を向ける。対して銃口を向けられた「張」は動く事が出来ずに固まって居る状態。

　そんな状況に、残りのナイフ持ち２人は「張」を助けようとしたものか、一気に突進を仕掛ける。多分、こいつ等は自分達が注意を惹く間に、「張」が拳銃で始末をつける思っていたのだろう。それが、予想外の出来事（若い女が仕掛けたタックル）で形勢逆転となった。その状況に焦っている感じだ。

　ただ、奴等と張の間には俺と岡本さんが居る。勢い、この２人のナイフは俺と岡本さんへ向けられることになる。

　対して、俺はこの時（さっき木太刀をぶん投げたばかりなので）丸腰。しかも、左腕にジンジンと痺れるような熱さを感じて動けない。ただ、そんな俺を背中に庇うようにして立つ岡本さんは、何故か相当いきり立って（・・・・・・）いて、走り寄る２人に対して、

「ぶっ殺す！」

　と吠えると、その声量そのままの勢いで釘バットをフルスイング。少し離れた俺でも分かる「ゴキンッ」という音が響き、そして、

「ぎゃぁ！」

　と言う悲鳴が上がる。ナイフ持ちの１人は、その悲鳴を最後に地面に転がった。

　一方、仲間を一撃で沈められたもう１人の方は、それでも、強振後に体勢が崩れた岡本さんへ飛び掛かるように接近。意外に鋭い振りで、手に持ったナイフを突き出した。

　これが並みの「元ヤン」男なら、今の一撃は致命傷になっただろう。ただ、岡本さんは、そんじょそこら（・・・・・・・）の「元ヤン」男とは一味も二味も違う。中規模メイズの１５層で番人（センチネル）モンスターの重装（ホプリタイ）豚顔（オーク）と単身殴り合って勝つような人だ。喩（たと）え地上で魔坑外套やスキルの恩恵がなくとも、チンピラに毛が生えたような相手にむざむざやられる訳が無い。

「うおっ、っと！」

　と声を上げつつ、岡本さんは崩れた体勢のまま後ろに跳んでナイフを躱す。しかも、躱した距離が、そのまま釘バットの間合いになっている。

「あっ」

　と声を上げたのはナイフ持ちの男。その瞬間、内側から振り上げるような岡本さんの釘バットが男のナイフを跳ね飛ばしていた。

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　ナイフを跳ね飛ばされた男は、次いで岡本さんが繰り出した蹴りを鳩尾（みぞおち）辺りに受けて、その場に蹲（うずくま）る。結果として高架沿いの住宅地の間を縫う細い路地に、動いている黒尽くめの男は居なくなった。６人全員が何等かの手傷を負って地面に蹲（うずくま）っている居る状態だ。

　そんな中、俺はちょっと冷静さが戻った頭で「これって正当防衛になるかな？」などと今更な事を考える。「ナイフｖｓ木太刀又はバット」という構図だから……う～ん、正直良く分からん。木太刀は鉄芯入りだし、バットには釘が生えている。ナイフ相手でも、これだと過剰防衛とか言われるのかな？

　と、ここで、

（コータ殿、自分が拳銃で撃たれた事を忘れているのだ）

　というハム太の念話による指摘と、

「コータ、お前、腕は大丈夫か？」

　という、岡本さんの心配そうな声が被る。

　それで「アッ」と思い出した。

　不思議なもので、思い出した一拍後から、急に左腕が痛み出す。それで俺は、急に主張を始めた自分の左腕に目をやった。パーカーの袖が肘上でザックリと裂けていて、そこが血で赤く染まっているのが見えた。やっぱり、さっきの押された（・・・・）ような感覚は拳銃で撃たれたからか。そう思うと急に、肚の底がゾッとするような恐怖が湧き出し、痛みも数段強くなった（気がする）。

（弾が掠っただけなのだ）

　ハム太の指摘に「なるほど」と思うが、それでも痛いし、結構血が出ている。心配そうな岡本さんに「大丈夫です」と返しつつも、痛みで表情が引き攣るのが自分でも分かった。これより酷い怪我の経験は何度もあるけど、やっぱり痛いものは痛いんだ。

（【回復（省）】いっとくのだ？）

　ハム太の申し出に「お願いします」と念じて返す。

　それで頭の中にはハム太の「回復（ヒール）、あっそれぇ回復（ヒール）、もいっちょ回復（ヒール）ぅ～」という、妙な節回し（・・・）を付けた念話が響く。ちょっと真剣味に欠けるような気がしないでもないが、それでも異世界造魔生物でメラノア王国聖騎士（自称）なハム太は、メイズの外でも自身の本体である魔石の魔力を魔素力に変換して簡単なスキルを使用することが出来る。メイズ内よりも数段威力は落ちるらしいが、とにかく、重ね掛ける事で威力をカバーした【回復（省）】によって、俺の左腕の傷口は塞がったようだ。

（ちょっと痕が残るのだ、まぁ「傷は男の勲章」なのだ）

　傷跡云々は正直どうでも良い……かな？　今の場合だと「「芯入りの木太刀と釘バットで反撃した」という正当防衛を主張する「拳銃で撃たれた」という状況証拠が薄まるよな気もするけど、痛いのと出血を放って置く訳にはいかない。（ちょっと癪（しゃく）だけど）素直に感謝の念を伝える。

（報酬は、松崎水産の「つぶウニの潮（うしお）漬け」で良いのだ……あとは、吉倉酒造の純米生絞り大吟醸「酒槽口　桜水」も――）

　随分と調子に乗ったハム太の念話は、サラッと流す事にする（どうせ、後で勝手に買うだろうし）。

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　ハム太の【回復（省）】のお陰で、痛みが無くなり、俺は周囲の状況に目を向ける事が出来た。実際、戦闘（？）終了からそれほど時間は経っていないので路地の状況は変わっていない。黒尽くめの男６人が地面に蹲っている状況だ。

　そんな中、俺に拳銃を撃って来た男（張）は、その拳銃を谷屋さんに奪われた結果、両手を頭の後ろで組んで、膝立ちの状況にさせられ、谷屋さんの詰問を受けている。

「――動員と配置を言え」

　ゾッとするほど冷たい声は谷屋さんのもの。対して「張」と呼ばれた男は、

「ワ、王主任、俺は李に指示されただけで」

　と、言い訳めいた言葉を発する。だが、

「張１級工作員、次に電車が通るまでに言わなければ――」

　対する谷屋さん（なんか「王（ワン）主任」とか呼ばれているけど）は、冷たい表情を崩さずに、ゾッとするような声色で言う。頭上の高架からは、電車の走行音が遠くから聞こえ始める。

「わ、分かった。だから撃たないでくれ」

「言え」

「ど、動員は、赤竜群狼クランが１０ＰＴで５０人前後、今はメイズの中に居る。後はメイズの外に横浜の『蛟龍会（こうりゅうかい）』だ。そっちは全部で４０人、配置は――」

　迫って来る電車の走行音に焦ったのか、張という男は捲し立てるように言う。しかし、対する谷屋さんは尚も冷たく

「それだけか？」

　と問う。問いつつ、拳銃の銃口を張から外し、弾倉を引き抜いて残弾を確認する仕草をする。そして、再び弾倉を戻すと、先程と同じ様に銃口を張の額に向けると、

「それだけか？」

　もう一度言う。

「と……統情四局の１級工作員は俺だけ、後は２級が４人、可のグループだ。蛟龍会の連中に付いている」

「……」

「あ、後は……そうだった、六局の連中（・・・・・）が居る」

　張がそう言った瞬間、少し谷屋さんの表情が動いた。一層に険しい表情になった感じだ。ただ、近づいてくる電車の走行音で、俺はこの２人の会話の内容が聞き取れない。

「六局？　何人だ？」

「シュウイー……１１人……ただ、４人は途中で逃げた奴等を追っている。今は、残りの７人が赤竜群狼のメンバーに偽装してメイズの中に向かっている」

「そうか、メイズの中はクランの連中と統情６局の連中が７人だな？」

「そうだ……な、ちゃんと話しただろ。王主任の件は、俺は黙っているから――」

　いよいよ、電車の走行音は近くなり、焦ったように言い募る張の言葉をかき消すほどの音量となり――

――パンッ

　銃声をかき消す。

――パンッ、パンッ、

　銃声は立て続けに３度鳴った。それで、張を含む黒尽くめ６人の内３人がアスファルトの地面にぐったりと倒れこんだ。張は額を、他の２人　――俺が腕を叩き折ったヤツと、岡本さんの釘バットがクリーンヒットしたヤツ――　は胸を撃たれて、多分……死んでいる。

「た、谷屋さん？」と俺。

「なんで？」とは岡本さん。

「社長？」と言うのは、若い女。

　全員、谷屋さんが本当に撃つとは思っていなかった。何と言っても張は（多分）求められる事を全部話したのだ。それに、撃たれた他の２人も、腕の骨を折られたり、顔面に棘バットを受けて気絶していたりと直ぐに行動を起こせる状態ではなかった。「なにも殺す必要はない」という言葉が出かかる。しかし、

「お前達、携帯と財布を出せ。出したら、コイツらの死体を運んでさっさと消えろ。近くにお前等の車があるだろう、それで何処かへ消えろ」

　そんな俺達の異論を黙殺するように、谷屋さんは生き残りの３人にそう言うと、

「一旦この場を離れよう」

　と言う。そして、少し躊躇う様子を見せた後、張から奪った拳銃（と予備の弾倉２つ）を懐に仕舞い、路地の奥へと歩きだした。

　その間、一瞬だけ垣間見えた谷屋さんの横顔は能面（のうめん）のように無表情だった。その無表情さが、谷屋さんの歩んで来た人生の非情さを雄弁に語っている気がして、俺達は口を噤（つぐ）むしかなかった。