幕間話 五十嵐里奈の個人的巡回業務日誌


 2020年10月1日 今日から巡回係の係長補としての仕事が始まる。緊急時以外の活動報告は週間報告書を毎週月曜に提出するだけだが、デスクワークの時間が減る可能性があるので、忘備録として個人的に日誌をつける。日誌、というか日記を書くのは高校以来。少し新鮮な気持ちになる。


 本日は、巡回係初日ということもあり、メンバーの顔合わせがメインとなった。前の委託係からの異動組は防衛省出向の吉本さんと経産省出向の吉田さん。両名共に不満たらたらだが、道連れとして頑張って欲しい。


 一方、佐川課長が言っていた自衛隊からの現役出向者2人は、大島さんと水原さんという30代前半の男性で、2人とも陸上自衛隊の二等陸曹という階級。しかし、そんな事よりも驚いたのは、2人とも顔見知りだった、ということだ。


 文科省に入省して2年目に先エネ局へ出向となった当時、幾つかの大学の研究室が合同チームを組んで現地調査を行う、という計画があった。その現地調査チームに先エネ局側のメンバーとして(若くて多分元気だから大丈夫だろう、という理由で)参加させられたことがあった。場所は建設中の赤梅バイパスが通る予定のトンネル内に固定化された中規模メイズ。延べ1週間に渡る現地調査だったが、その時調査チームを直接護衛した自衛隊部隊の中に居たのが大島さんと水原さんというわけだ。


 ちなみに、当時の現地調査は別の自衛隊部隊が先行してモンスターを掃討した後に調査チームが進む、という形式だった。しかし赤梅トンネルメイズは中規模メイズということで中が広く、不意にモンスターに襲われることが度々かあった。その内の何度かは、モンスターが大島さんや水原さんが属していた直衛部隊をすり抜けて研究員に肉迫し……あんまり思い出したくないけど、私も戦闘に参加したことが有ったりする。


 まぁ当時の事はさて置くにしても、流石に現場で揉めている受託業者ににらみを利かせるための人選なのか、2人ともかなり強面でピリッとした雰囲気を醸し出しているのは確かだ。年上という事もあって何と呼べばいいのかと改めて訊くと、普通に名前で呼んでくれということ。ただ、自衛官の現役出向ってもっと年齢が上の除隊間際の人がやるように思っていたのだけれど、その辺は、大島さん達も良く分からないらしい。2人そろって辞めようと届け出たらこうなった、と笑っていた。ちなみに笑い顔も少し怖かった。


 その後は勤務シフトを作成し、これまでトラブルを起こした要注意受託業者リストを共有し、現場移動時の旅費精算方法をおさらいしたところで勤務時間は終了。その後は近くの居酒屋で親睦会と言う名の飲み会になった。


 飲み会の場で色々話をするうちに、自衛隊出向者の大島さんと水原さんは、日本にメイズが出現したころから、現地調査を行っていた部隊出身だということが分かった。原隊の話は余り詳しく出来ないということだったが、当時の現場は相当悲惨だったらしい。この辺は私も何となく肌で感じていたことだ。後、これはとても驚いた話だったが、この2人、どうもお父さんの事を知っているらしい。そう言えば、お父さんは立川や練馬の駐屯地に時折出向いていたから、その時に知り合ったのだろう。ただ「あの五十嵐先生のお嬢さんだったんですね! どうりで――」と言われるのは勘弁願いたい。「どうりで」ってどういう意味よ?


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 2020年10月5日 アトハ吉祥メイズからヘルプ要請を受けて、吉田さん、水原さんと共に3人で現場へ急行。例の「赤竜・群狼クラン」が他の受託業者パーティーと揉め事を起こしたとのこと。場所は2層目。行ってみると2層へ降りたばかりのホール状の場所で10人グループ2つが睨み合っていた。


 聞けば「脱サラ会」と「TM研」というパーティーが3層へ行こうとするのを、3層へ至る通路を占有してしまった「赤竜・群狼クラン」のメンバーが遮ってトラブルになった、とのこと。それにしても「赤竜・群狼クラン」の面々はガラが悪い。険悪な表情でこちらまで睨み付けてくる。管理機構をなんだと思ってるんだろう、学校の先生じゃないんだけどね。


 結局、現役自衛官の水原さんに前面に出てもらい、「赤竜・群狼クラン」の面々に道を譲らせる事になった。また、「赤竜・群狼」の面々には多分3度目の注意を行う。しかし、何度注意しても、認定証はく奪や委託契約解除といった実力行使が出来ない以上は意味がない。意味がないどころか、口先だけで何も出来ない、と侮られては逆効果になりかねない。この辺は上に強く要望しておこう。


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 2020年10月7日 関東課の課内会議にて問題行動を起こした受託業者に対する措置として1週間のメイズ進入禁止措置が認められた。とりあえず機構のWebサイトで告知し、来週月曜日から運用開始になる。警告2回目で1週間の進入禁止措置だそうだ。


 早く使いたくてうずうずする。今に見ておれ「赤竜・群狼クラン」ぐふふふ。


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2020年10月13日 進入禁止措置が告知されてから、特に何もない日々が続いている。定期巡回で受託業者が多いメイズを回っているが、例の連中を含めて最近は受託業者間のいざこざが鳴りを潜めた状態だ。少し拍子抜けの感が否めない。


 後、委託係の富岡係長が人員を元の委託係に戻すよう佐原課長に直訴したらしい。なんでも例のシステム接続化の後、システムの相性問題とやらで時折不具合を起こすらしい。それで、思ったほど負担が軽くならないと嘆いていた。今日も、システム接続を担った外部業者がオフィスやサーバー室付近をうろうろしていた。セキュリティー的に大丈夫なのだろうか?


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2020年10月14日 大事件発生。午後2時頃に緊急連絡を受けて北七王子メイズへ急行すると、なんとメイズが消滅していた。しかも、消滅当時メイズに潜行していたのがコータを含む受託業者グループ、チーム岡本といかいうパーティーだった。


 とても現場レベルで判断できる内容ではないので、とりあえず事情を訊きつつ、佐原課長に指示を仰ぐ。しかし、佐原課長も判断が付かないようで「ちょっと引き留めておけ」という指示だった。そのため、私達が到着してから2時間ほど、プレハブ内の休憩スペースで事情を訊きつつ足止めする、という事をせざるを得なかった。


 その間、コータが協力的だったのが救いだった。なんか面倒掛けさせてゴメン、と謝っていたものだ。確かに面倒なのだが、そんなに素直に出られると言葉が無い。それに、なんだかんだとこれだけコータと喋ったのは多分8年振りだ。そう考えると、仕事そっちのけで感慨深い気持ちになる。一方他の人達は私達が知り合いだったことに少し驚いた風だったけど、まぁ隠すほどの話ではないので問題ない。


 結局、佐原課長から次の指示が来たのは午後5時前。「明日午前10時に虎ノ門の機構本部に来てもらってくれ」というものだった。上の役職の人達か先エネ局の人達かが、直接話を聞きたいらしい。


 それで、その事を伝えると、チーム岡本のリーダー役の岡本さんというコワイ顔の人が少し嫌味っぽい事を言ったが、最終的には了承してくれたので解散となった。


 ただし、私達は本部に戻り明日の事情聴取に向けて事前に聞きとった内容を纏めなければならない。それに、管理機構の買取りリストに無い物品、コータが言うには5層の奥で拾得したという大きなクリスタルも参考品として本部に持ち帰らなければならない。


 帰り道、スマホにコータからメッセージが入った。曰く「結構大ごと?」とのこと。「あったりまえでしょ!」と返しておいた。すると、「ゴメンで済んだら警察失業しちゃうから謝らない」と返信があった。あの野郎、いつの間にか昔の感じに戻ってやがる。面倒事が増えたのは事実だけど、何故か腹が立たないのも不思議な感じだ。というか、こんなやり取りが嬉しかったりする。変な感じだ。


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 2020年10月15日


 コータ達チーム岡本の事情聴取に私達巡回係が参加する機会は無かった。朝一で報告書の提出を求められただけだ。しかし、それで済むことはなく、その日の午後に呼び出しを受けた。呼び出された場所は資源開発部の部長室、そこに佐原課長と江口部長が居た。ちなみに江口部長と直接話すのはこれが初めてなので少し緊張した。


 それで呼び出しの内容というのが「メイズ消失事例は国内では初めてなのでしばらく隠蔽する。口外しないように。それと遠藤公太という人物と君の関係を知りたい」ということ。隠蔽云々は別に構わないが、コータと私の関係って、そんな事聞いてどうするつもりだろう?


 少し変な気がするが、結局素直に話をした。別に隠し立てするような内容ではない。それに対して江口部長は「分かった、もう行っていい」とのこと。なんだかモヤモヤが残る一日になった。


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