第38話 鬼のいる森

そしていよいよ、鬼のいる森の公演日の日がやってきた。

新人公演の時は、口から心臓が出てきそうなくらいに緊張していた。

今回も緊張はしているけど、前回の緊張感に比べると全然違う。

良い意味での緊張感だ。

舞台の上に上がって演技したのは一回だけだけど、その一回目をアドリブで乗り切った事が何の根拠もないけど俺の中での自信のようなものになっていた。


そして今回は絶対に忘れない。

演劇サークルのジンクスである掛け声だ。


「鬼のいる森、成功させるぞ。おー!」


不思議だ。

なんかこれをやった後、皆と一緒だから大丈夫という気がしてきた。

とても心の励みになった。

単純な事だけど、これは大事な事なんだね。

前は、とても大事な事を忘れていたんだなと深く反省した。


ついに幕が下りる。

さん、にー、いち、スタート。


「弟よ、俺は人間が憎い。母様を殺した人間共をこの手で八つ裂きにしないと気が済まない。俺とお前、二人でやれば村の人間なんぞ皆殺しだ。ガハハハハ」


津田さんの赤鬼は、かなりハマり役だろう。

津田さんの声は、渋くて太いからごつい役がよく似合う。


「兄者。どうしても人間を皆殺しにしなくちゃならないのかい?」


「弟よ。お前は忘れたか。母様は人間よって殺されたのだ。人間さえいなければ母様は生きていた」


「でも兄者。母様は言ってたじゃないか。人間は鬼である俺達の見た目が怖くて攻撃してきたんだと。俺達に敵意がない事を分かってもらえば……」


「黙れ!奴らは問答無用で俺達を殺そうとしてきたじゃないか。母様が盾となり、逃がしてくれたから子供だった俺たちは生き残れたのだ。奴らは話し合いに応じる気などない。鬼と人間は互いに殺し合うしかないのだ。俺は必ず母様の仇をとる」


「兄者。待っておくれ。そ、そうだ。いきなり人間共の村に攻め込むのは得策ではない。いいかい、兄者。人間共もきっと抵抗してくるはずだ。だから俺たちも戦いの準備をする時間が必要なんじゃないか?」


「……弟よ。確かにお前の言う事も間違いではない。よし、次の満月の日に人間共の村を襲うぞ。それまでに戦いの準備をするんだ」


ここから俺の一人芝居が入る。


「ふぅ、なんとか兄者に時間稼ぎをさせる事ができた。でもこのままじゃまずい。どうにかして兄者を止めないと。……ん?あれは人間の娘か?」


大股で娘に近づく。


「娘さん。足を怪我したのかい?」


「きゃああああ。お、鬼。どうか命だけは助けてください」


「ちょっと待ってな。……ほら、薬草だ。これで大丈夫。赤鬼に見つからないうちに森を抜けてさっさと家に帰りな……と言いたいところだが歩けないのか。なら森の出口のところまでおぶってやろう」


そして娘を森の出口までおぶってやった後、何も言わずに森の中へ帰った。

数日後、足が治った娘は、近所の団子屋で買った団子を持ってお礼に森へとやってきた。


「娘、また来たのか。赤鬼に殺されるぞ」


「でも青鬼さんは、私を助けてくださいました」


「娘よ、その手に持っている物は何だ?」


「これは団子です。先日助けて頂いたお礼をしたくてお持ちしました」


「団子?人間が作った食べ物か?そんなもん食った事ない。美味いか不味いかなんて分からない」


「村でも美味しいと評判の団子なんです。是非食べて下さい」


「ほう、これは美味いな。人間はこんな美味い物を食べているのか」


青鬼と娘は仲良くなり、娘は頻繁に遊びに来るようになる。

そしてどこかへ出かける娘を心配した父親が後をつけてくる。

青鬼と一緒にいる娘を心配し、青鬼に石を投げつけて逃げろと叫ぶ父親。

怪我をして帰ってきた青鬼は、赤鬼にどうしたのかと聞かれ、正直に答える。

赤鬼は激怒し、今すぐに人間達を殺しに行こうとする。

青鬼は村人に逃げるように知らせる為、急いで村へと走った。


「人間よ、急いで今すぐに村から逃げろ。赤鬼がやってきて人間を皆殺しにしようとしているぞ」


「黙れ、お前も鬼ではないか。さては俺達を村から離れさせて何か企んでいるな。鬼の言うことなんて聞くか。村から出ていけ」


「違う。信じてくれ。とにかく逃げてくれ。時間がないんだ」


「うぉおおおおおおお」


赤鬼の叫び声が村中に響き渡る。


「鬼だー。赤鬼が雄たけびを上げながら村へと降りてくるぞー」


「くそう、俺が足止めをして時間を稼ぐ。急いで村人を全員、逃がすんだ」


ここで最大の見せ場である赤鬼と青鬼の技斗がある。

拳と拳でぶつかり合い、時間を稼ぐ青鬼。


「邪魔をするな、弟よ。なぜ人間をかばう。母様を殺し、お前も殺そうとしたのだぞ」


「兄者。やめてくれ。人間と話し合うんだ。きっとお互いに分かり合えるはずだ」


「分かり合えない。人間なんぞ皆殺しだ」


吹き飛ばされる青鬼。

赤鬼と青鬼の間に入る娘。


「赤鬼さん、青鬼さん。もうおやめください。私は、私は青鬼さんに森で怪我をしているところを助けられました。青鬼さんは優しい鬼です。赤鬼さん、お母さんを人間に殺されてしまい、とても悲しいんですね。私も同じ立場だったら人間を憎むと思います。お気持ちとてもよくわかります。人間として謝ります。本当にごめんなさい。どうか、罪を償わせてください。お願いします。人間と鬼、お互いに話し合う事はできませんか?」


娘の言葉に赤鬼は拳を収め、村人と話し合うことになった。

人間は鬼に襲われると思って自分の身を守る為に攻撃したと説明した。

そして鬼のお母さんを殺してしまった事を本当に後悔していて、許してほしい。どうにかして罪を償いたいと申し出た。


青鬼は言った。


「もう何年も前の事だ。もう済んでしまった事を言っても仕方がない。俺は母と同じことを思っている。人間と仲良くしたい。本当にそう思っている。信じてくれ。そうだ、兄者。団子というものを知っているか?この村の名物で、以前娘を助けた時に礼としてもらったが美味かった。兄者も食ってみてくれ。すまないが、団子をもらえるか」


赤鬼に団子を食べさせる。


「これは……美味いな。毎日でも食いたいぐらいだ」


「赤鬼さん。あんた、味の分かる奴だな。うちの団子最高だろう? よし、わかった。毎日、俺が届けてやろう」


団子屋の店主が言う。


「ちょっと待った。うちの魚も絶品だよ。赤鬼さん、うちの魚も食べてみておくれよ」


「何を言うんだい。この村一番は、うちのうどんだよ。赤鬼さん、うどんなんて食ったことないだろう?作るから一度食ってみておくれよ」


「ガハハハハ。よし、わかった。村の食べ物を色々食ってみようではないか」


赤鬼と青鬼は、人間達と仲直りができた。

赤鬼と青鬼は、恐れられる存在から村の守り神として、村人達から大事な存在として扱われるようになった。


めでたし、めでたし。


大きな拍手と共に幕は下りた。

鬼のいる森は、大成功だった。


今回、台詞も台本通りに間違えずに演じることができた。

練習の成果を存分に発揮できた。

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