みっつの焼き菓子と交換したもの

 路地の片側に並ぶレンガ造りの倉庫は、どう見ても本物にしか見えません。上にあがればただの囲いだとは、3にんの仔猫たちには到底信じられませんでした。


「白黒猫ちゃん、本当に、この倉庫が知らずの原の囲いなの?」

「そうさ、ラディちゃん。いい? みんな、何があっても、知らずの原の側にはぜったいに下りちゃだめだよ。下りたら、簡単には出られないから」


 黒白猫の男の子を先頭に、仔猫たちは次々に倉庫の屋根に上りました。

 屋根に上がると、3にんの女の子たちにも、この倉庫の列はただの書き割りでしかないことがわかります。


 囲いの中は、黒白猫の男の子に聞いていたとおり、背の高い草が生い茂った原っぱです。そして、その中に、 夜より深く濃い暗闇がありました。それが、くらがりつばさでした。


 闇の翼は、闇雲やみくもに羽ばたいています。

 でも、囲いの高さまで行っては、見えない天井にね返され、草むらに落ちていきます。


  原っぱの真ん中辺りには、古びた井戸がありました。その井戸を挟んで、茂みの影にひそんでいるものがいます。仔猫たちはすぐにそれがギンぽんともんちくんだとわかりました。


「どうする? 黒白猫ちゃん。このままじゃ、ギンおじちゃんも、もんちおじちゃんも、闇の翼に襲われちゃうよ。囲いの上にいるだけじゃ、あたしたち、どうすることもできなよ」 

「でも、下りちゃだめだ、ほたるちゃん。囲いの上から、どうにかしないと……」

「どうにかしないとって、どうするのよ? 黒白猫ちゃんが使ったロープも、おじちゃんたちといっしょに知らずの原に落ちちゃったし」   

「ロープが使えたとしてもダメだよ、ファ〜ちゃん。闇の翼が真っ先にロープを使って、知らずの原から出てしまうだろ。そうなれば、ぼくたち全員、無言の淵に連れて行かれて、ギンおじちゃんともんちおじちゃんは、ずっと知らずの原に閉じこめられたままになる」


 闇の翼は不意に羽ばたくのをやめ、仔猫たちはギクリとしました。

 でも、闇の翼は仔猫たちの方には見向きもせず、じっと、井戸の方を見て何かを探しているようすです。 

 闇の翼が探しているものは、火を見るより明らかです。


「早くどうにかしないと! 闇の翼にギンおじちゃんともんちおじちゃん、もう、見付かっちゃうよ、黒白猫ちゃん!」


 無謀にも知らずの原に降りてしまいそうな3にんの女の子たちを、黒白猫の男の子は懸命に引き止めました。


「下りちゃだめだ。ぜったいに下りちゃだめだ! 考えなきゃ。考えてどうにかしなきゃ。何か、きっと、あるはずなんだ。カエルさんが言っていた白の予言者さんが残して行った何かが。この窮地から逃れることのできる何かが……」


 その時です。

 闇の翼は、ゆっくりと翼を広げ始めました。羽ばたくのではなく広げていったのです。

 翼が広がるにつれ、夜が空をおおって行くように、闇の翼は徐々に大きくなっていき、ついには、知らずの原の半分を占める程の大きさになってしまいました。


 ラディちゃんとほたるちゃんとファ~ちゃんは思わず悲鳴を上げました。


「だいじょうぶだよ。闇の翼がどんなに変化へんげしようとも、知らずの原からは出られない」

 カエルが路地から、仔猫たちを見上げています。


「カエルさん! 良かった、カエルさんは無事だったんですね!」

「闇と光を分かつ仔猫よ、どうにかね。きみといっしょにいるのが、心に灯をともす3にんの運命の仔猫たちなのかい」


 ラディちゃんは、ハッとしました。

「心に灯をともす?」


「なんだい。この子たちも、カエルの言うことには、あいさつもせず、オウム返しでしか返事をしないのかい? 仔猫というのは、どいつもこいつも仔猫の姿をしたオウムなのかい?」

 カエルは、不機嫌そうに口を尖らせました。予断を許さないこの状況でも、相変わらずのマイペースなのは立派といえば立派です。もっとも、自分は安全な場所にいるからゆえの自分勝手な余裕なのかもしれませんが。


 ほたるちゃんが路地をのぞき込んでから、ラディちゃんに振り返ります。

「カエルさん、はじめまして。あたし、ほたるです。そうよ、ラディちゃん、おばあさん猫がくれたマッチ箱と犬さんがくれたマッチ棒!」


 ファ~ちゃんも路地をのぞき込んでから、ラディちゃんに振り返ります。

「カエルさん、はじめまして。あたしは、ファ〜です。そうよ、ラディちゃん!」


「うん」

 ラディちゃんは、ずっと大切に持っていたマッチ箱を開けました。

 ひとつめの焼き菓子と交換したマッチ箱です。中には、ふたつめの焼き菓子と交換した、猫の手の形をしたマッチ棒が入っています。


 黒白猫の男の子は、一目見るなり直感しました。

「これだ、きっと、これだよ! これが、この窮地を抜け出すための何かなんだ!」

 

 知らずの原では、眼をおおいたくなるような恐ろしい光景が繰り広げられていました。

 闇の翼が、ギンぽんを草むらの中から見つけ出しくちばしにつかんでいるのです。

 ギンぽんは、血まみれでぐったりして身動きひとつしません。そして、闇の翼はそんなギンぽんを、軽々と宙に放り投げました。

 ギンぽんの体は見えない天井に打ち当たり、血飛沫ちしぶきをあげながら、闇の翼の大きく開けたくちばしの中に落ちていきました。

 闇の翼は、次に深手を負っているもんちくんを草むらから引きずり出し、宙に放り上げました。そして、もんちくんもギンぽんと同じように、真っ逆さまに闇の翼のくちばしの中に落ちていきました。


 黒白猫の男の子も、ほたるちゃんもファ~ちゃんも声すらでません。


 ラディちゃんは、震える手で、マッチ箱からマッチ棒を出しました。

 何が起こるのかはわかりませんでしたが、それでも、わらにもすがる思いで、ラディちゃんはマッチをすりました。


「おばあさん。犬さん。大きな鳥さん。お願い!」


 シュッ!

 マッチ棒に、灯がともります。


 すると、銀の鈴を鳴らすような静かに澄んだ水音が聞こえてきました。

 それは、闇の翼の下の井戸の中から聞こえてくるようでした。


 はじめはかすかだった水音が大きくなっていくに連れて、キラキラと光が井戸の底からわき上がってきます。


 やがて、光は井戸をおおっていた闇の翼の体をつらぬいて、知らずの原の封印を解くかのように、高く高く上がりました。


 そして、その光の中には、光の翼に乗った真っ白な猫が、銀の猫と白銀の猫をしたがえて立っていたのです。

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