名無し
「おいしい
ネコノメちゃんが
「ほっぺが、落っこちちゃうほど、おいしいよ! なんといっても、妖精猫のぼくが焼いたんだからね。スペシャルでとびっきりの特別な焼き菓子さ! フィナンシェじゃないよ。フィニャンシェだよ! これは、お
ラビィちゃんとほたるちゃんとファ~ちゃんの顔色がさあーっと変わり、黙り込んでしまいました。
「えっ? みんな、どうしたの? ぼく、なんか、へんなこと言った?」
ネコノメちゃんがうろたえていると、黒白もようの仔猫がポツンと答えました。
その声はとても小さかったのですが、そこにいる全員の耳に、雷鳴のように響き渡りました。
「ぼく、名前ないの」
ラディちゃんとほたるちゃんとファ~ちゃんが、おとなたちの無神経な言動から、この子をかばい守ろうとしていた
わたしの嫌な予感は、的中してしまったのです。
黒白もようの仔猫は、うつむいたまま、ポツリポツリと続けました。
「ぼく、地上で名前を付けてくれる人が、いなかったから。ラディちゃんやほたるちゃんやファ~ちゃんみたいに、おかあさんやおとうさんの代わりになって、ぼくの
黒白猫の男の子の言葉を聞いているうちに、ラディちゃんの目からも、ほたるちゃんの目からも、ファ~ちゃんの目からも、大粒の涙があふれだしてきました。
わたしの脳裏に、幼くして捨てられた地上での遠い7月の記憶が、灼熱のような痛みと共によみがえってきます。
日盛りの神社の境内で、たったひとりで泣いていた、まだ乳飲み子だったわたし。
太陽の日差しは
降るような蝉たちの声に助けを呼ぶわたしの声はかき消され、目ヤニでくっついたまぶたは開けることさえできません。
燃えるような日差しから身を隠したくても、わたしの小さな足は疲れきって動かず、ただその場にうずくまることしかできませんでした。
地上での短すぎるわたしの生がまもなく終わろうとした時、まぶたの向こうの日差しがさえぎられ、柔らかな手がわたしを包み込みました。
そう、これが、地上でわたしのおかあさんになってくれた人間との出会いでした。
おかあさんは、わたしをすぐに獣医師さんのところに連れて行き、そのあと自分の家に連れて帰ってくれました。
わたしは命を取り留め、『モモ』という名前になって、地上で19年の間幸せに生きることができました。
あの
虹の橋に渡って来ても、きっと、この子のように
それは、弟のギンぽんだって同じです。わたしが保護されてから、数年後のこと。箱に入れられ捨てられていた仔猫を、おかあさんが見つけて連れ帰り、わたしの弟のひとりとして育てたのです。
ギンぽんは虹の橋に渡って来た今でさえ、
ラディちゃんもほたるちゃんもファ~ちゃんも、同じです。
この子たちも地上では、無残な怪我や重い病気になりました。一歩間違えば、黒白猫の男の子と同じ運命が待ち受けていたのです。
でも、幸いにも、3にんの女の子たちは、優しい人間に出会うことができ、可愛い名前を付けてもらって、手厚い看護を受けることができました。だけど、彼女たちは、わたしとは違い、地上での生を長らえることはできず、仔猫のままの姿で虹の橋に来てしまいました。
それでも、3にんの女の子たちは、苦しく
それなのに、この黒白猫の男の子は……。
黒白猫の男の子は不意に顔を上げて、わたしたちをぐるりと見回すと、吐き捨てるように言いました。
「ぼく、大きな声で、助けてって言った! 何度も、何度も言ったのに! それなのに、だれも、ぼくを助けてはくれなかった!」
「おはようございます!」
お店の戸が開き、店の従業員で、ギンぽんの親友もんちくんが出勤してきました。
「モモちん、ギンぽん、ごめん。途中で友だちにあって、遅くなった。あれっ、今日は、可愛いお客様が来ているんだ。ラディちゃん、ほたるちゃん、ファ〜ちゃん、こんにちは。えっと、新顔の子もいるね。はじめまして、ぼく、もんち。きみは、なんて名……。」
黒白猫の男の子は突然立ち上がると、もんちくんのかたわらをすり抜け、お店の外に飛び出して行きました。
「待って!」ギンぽんがあわてて、もんちくんを押しのけ、黒白猫の男の子の後を追います。
黒白猫の男の子は、地上では、どれだけ不安で恐い思いで逃げまどい、隠れなければならなかったのでしょう。それなのに、虹の橋に来ても、まだ逃げなくてはならないなんて……。
「いったい、どういうこと、モモちん。なにが、あったの?」
もんちくんは
わたしが手短に説明すると、もんちくんはうなずき、黒白猫の男の子とギンぽんの後を追って、お店の外に駆け出して行きました。
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