——クリミアの戦士——
ジョーはエンチョに向かって走りだす。エンチョはヒィっと短く呻き声をあげ、一目散に背中を向けて逃げる。
ジョーは一旦ドクターを無視してエンチョを仕留めるつもりだった。右の拳に力を溜めながら走る。時折銃声が響いたが、ジョーを狙った狙撃では無く、シールドは発動しない。
エンチョまで後一歩の所で、視界の端にドクターの動きを捉える。白衣から右手をだしていた。目の前にはエンチョの背中がある、そのまま殴ろうかと考えたが思い止まり、叫びながら右の拳をひっ込める。
「フラグ回避っ!!」
ジョーとエンチョの間を、ドクターから放たれた光の刃が通り過ぎる。全身の肌が粟立ち、汗が噴き出すジョー。
「アレレ? あの距離だとシールドが発動する筈なんだけど……」
ジョーは逃げゆくエンチョの背中から視線を外し、ドクターに向き合う。
「ドクターの
モモから、ドクターの
「どうでもいい……さっさと消えろ」
ドクターとジョーの視線が初めて重なる。その瞳は濁り、底のない穴のように暗かった。
ジョーが返事を返そうと口を開く。ドクターは右手の指を真っ直ぐと伸ばし、ジョーの言葉を遮るように鋭く腕を振るう。
ジョーは左足を引いて
( やっぱりシールドが発動しない!)
シールドありきの戦闘に慣れていたジョー。もしもレンとの訓練がなければ今頃、正中線から真っ二つに切り裂かれていただろう。割れたアスファルトが、ジョーに現実を突きつける。
♦︎♦︎♦︎
モモは民家の屋根を飛んで走る。目の前にある七階建てのマンションの屋上から銃弾が飛んできていた。
「効かないってのっ!!」
ひっきりなしに発動するシールドが、雨のように降り注ぐ銃弾を全て弾き返す。飛んで屋上にいっても弾き返されると考えたモモは、マンションのエントランスに飛び込み、屋上に続く階段を三段飛ばしで駆け上がる。
「待ってなさい狙撃バカ!」
階段を登りきり、屋上に続く扉に辿り着く。マシンガンから放たれる銃撃をものともせずに、ゆっくりと進むモモ。
その様子を見たスナイパーはモモへの攻撃をやめ、扉の横に置いたガラス瓶の山を撃つ。割れた破片がモモの頬を
「コレで攻撃したつもり?」
頬の血をリストバンドで拭うモモ。
「てか女だったのね」
男だと思っていたモモ。直ぐに決着をつけるつもりで来ていたが、相手の姿に
「動かないで!」
マシンガンを構え、スコープ越しにコチラを見る女。黒髪にピンク色のメッシュが入り、団子ヘアに結んでいる。手に持つ黒い重厚な金属とは不釣り合いに、真っ白なナース服を着ていた。
「貴女のシールド直接的な攻撃は防ぐけど、跳ね返ったモノは防げないようね」
モモの血を見て女が確信する。
「だったらなに? こんな場所じゃ跳弾も狙えないでしょ」
何もない広い屋上。後には建物があったがコンクリートで出来ていた為、跳ね返っては来ないだろうと考えるモモ。
「じゃコレならどうかしら?」
ナースは手に持つマシンガンを消し、代わりに手榴弾を手に持つ。そのままピンに指を掛けた。
「私の
真剣な表情のナース、相手を殺すことに躊躇いはなかった。モモは頭の中で考える。
( 正確にはシールドの発動条件は攻撃の意思なのよね。あの爆弾も、明確な殺意を持ってピンを抜けば私は無事なはず……)
モモはナースを見つめる。その表情にはエンチョのような悪意は無く、ただ自己防衛の為に行動しているように感じた。
「私の名前はモモ。帰っても良いけど、屋上にいる人達も連れて帰るわよ。その中に知り合いの知り合いがいるの」
ドクターを一発蹴る予定のモモ。すんなり帰るつもりは無かったが会話を続ける。
「貴女の名前も教えて」
モモの返答に考え込むナース。
「……私の名前はミアよ。屋上の人間は連れてっても構わない、元々私達が連れてきた人間じゃないの、好きにして」
ミアの言い方に違和感を感じるモモ。
「ただし条件が一つ、ドクターには手を出さないで」
「あっ、それは無理。多分弟がぶっ飛ばしてるわ」
あっけらかんと返事を返すモモ。別れてから五分は経っていた。既にそうなっているだろうと考え、答える。
見る見る表情が変わるミア。焦りが顔に出ていた。ピンを抜きモモに向かって投げ、そのまま走って屋上から飛び降りる。
「危ない!」
モモが叫んだ瞬間ミアは鉤爪のついたロープを取り出し、フェンスに引っ掛け降っていく。
手榴弾が爆発し、爆音が響く屋上。シールドに守られモモが呟く。
「戦うナース、カッコいいじゃない」
どこか思考回路が似ているジョーとモモ。
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