龍焔の機械神26短編 擬似火電粒子個体
ヤマギシミキヤ
擬似火電粒子個体
「……?」
一階奥のカウンターでわたしが自分の分の食事(ほうれん草のサラダです)を外を見ながら採っていると、空の遠くに黒い点が見えました。
「……」
その黒い点からはあまり良い感じがしてきません。色々な悪い感情が凝縮されているような嫌な感じ。
店内カウンターから望遠鏡を持ってきて見ると、それは大きな空中艦の様子。
飛行船型の浮遊殻に砲台などが取り付けられた本体をぶら下げている二重船体構造の艦。かなり古い型式のものです。数百年以上前からあるものです。
移動に使うのであればあんな骨董品でも大丈夫でしょうけど、戦闘に用いるのであれば、博物館に飾ってあった古武器を振るうようなものです。一般の人を震えさせる以上の効力を持ちません。
その空中軍艦は一直線にこちらを目指してきます。冒険者の皆さんが乗ってきた飛行機械からは感じられた気持ちがまったく感じられません。近づく度に大きくなる嫌な気持ち。
あの空飛ぶ船に詰まった気持ちは、この黒き龍焔ほのおの占領、そして奪取。この位置からでもそれがわかるくらいに、その艦体から嫌な気持ちが膨張しています。
「しかしこの黒き龍焔に対してあんな空中艦一隻で来るとは……」
多分この黒き龍焔をただの空に浮かぶ島か何かだと思っているのでしょう。
そしてあの船自体は、中に乗る彼らにとっては最新鋭の兵器なのだと思う。どこからか発掘兵器を見つけてきたか。それともガラクタを組み合わせてどこかの魔術師が作ったものを買い取ったのか。いずれにしろその性能を世間に誇示するために、この黒き龍焔と言う浮遊島に攻め入ろうかと。
「……」
だけどその事実はこの黒き龍焔が既にこの時代ではその性能すら曖昧な形でしか伝わっていない伝説上の存在となっていると言う事実で、それ自体は喜ばしいことなのかもしれない。
「でもこれから起こることは、全く喜ばしくないですね」
わたしは食事を片付けて店内カウンターの中に置くと、招かるざる客人のための出迎えの準備を始めた。
――◇ ◇ ◇――
「将軍、もうすぐ到着です」
「ああ、わかっとる」
側近の報告を受けないでも、自分のいる艦橋からは既に空中島は見えている。
大きい。この空中戦艦マゼランの数倍はあるだろう。
この空中戦艦を手に入れられたのは、我が組織にとっては僥倖だった。
元々主力兵器として
しかし武器取引で知り合った魔術師の一人が「その劫火鉄装と交換で、お前たち組織の人間が全員乗れるだけの空中艦を作ってやろう」と名乗り出たのだ。
それは魅力的な取り引きだった。
確かに劫火鉄装は強力な兵器に違いない。だが使えなければ意味がない。乗り手を探すのも手だが、その乗り手を組織の一員として永久に管理するのも難しい。劫火鉄装はその者一人しか使えないのだから反乱を起こされたら終わりだ。
そして「組織の人間が全員乗れる」と言う点が決め手になり交渉成立となった。人員の輸送力の問題も抱えていた組織は、どう考えても操縦手の一名しか乗れない劫火鉄装よりは、こちらの方が使い勝手が多いのは歴然。
そして組織は自らの力でも運用可能な超兵器を手に入れることになる。
天空を財宝を載せたまま回遊する島があるという話は、この組織を作り上げた将軍はずいぶん前から情報として知っていて、人を掌握するための喧伝の中心として使っていた。機械神が暴れまわり混沌となったこの世界に新たな秩序を生み出すために、必要な力を得る。
どれだけの人間が新世界の平和を望んで賛同したのかは不明だが、とにかく小国の軍隊に匹敵するだけの組織になったのは確かだ。正義の名の下に行動を起こせば、野党集団と変わらないものであっても、新しい秩序になれる。今はそんな時代だ。
『戦いが終わった後も圧政を続けようとする龍樹帝国に鉄槌を下し、本当の意味での平和な世界を作り出すのだ!』
全ての世界を巻き込んでの戦いに疲弊していた者にとっては、その世迷いごとが希望の語句に聞こえてきた者も少なくない。
そしてそんな者たちで構成された組織だからこそ、取り返しのつかないミスを犯すこともある。
自らの力で運用可能な超兵器ということは、それを上回る力の前では無力に近い凡庸な兵器ということになる。弓矢を唯一の飛び道具として超兵器扱いしてきた者たちの前に、鉄装で身を固め銃砲を装備した者たちが現れたらどうなるか。
この組織の中にはその事実に気付けるものはいない。
彼らは保有していた鉄装を手放し、弓矢の方を選択したのだから。
「接舷! 接舷!」
男たちの怒声が飛び、浮遊島前端に艦首を乗せるように艦体を近づけた空中戦艦マゼランから錨が下ろされた。先端が平たい地面に落ちると同時に、何十本ものロープが伸びてきて突入兵員が降りてくる。上陸を果たした兵員は錨の先端にロープを巻いて手近な突起物に固定する。そうすることによりなんとかタラップが届く位置まで艦体を近づけた空中戦艦は、格納されていた昇降階段を開いた。
「状況は?」
タラップを降りる途中、将軍は側近に訊く。
「抵抗は全くありません」
側近が最新情報を伝える。
これだけの高空に長期間放置されていたのだ。ここに以前は人がいたとしても死滅しているのも当然なのかも知れない。
無人のまま放置されていたのなら、これほど好条件なものはない。
空の冒険者――空族とも言われるが――によって荒らされた後で財宝の類が既に無くなっていたとしても、我々にはこれだけの人数がいる。これだけの人員がいれば、この島そのものを手に入れて移動拠点にすることだって可能になる――
「どうした?」
内部への突入を命じていたのに、部下たちは空中戦艦の錨が下ろされた地点から前に移動しようとしない。
不審に思った将軍が側近を従えて、立ち尽くす兵士を掻き分けて前に出てみると
「……誰かいるのか?」
この飛行島の平たい地面のちょうど真ん中の辺り。そこに人影らしきものが立っている。
「警告します」
人影から声が聞こえた。女の声だ。百メートルほど離れた場所にいるというのに不思議とその声は良く聞こえた。
「この場所はあなた方の様な人々が立ち入ることは許されない場所です。この場所を管理するものとして早々に退去を命じます。早々に退去するならば、この場所へ許可なく錨を下ろし、勝手に上陸した無礼は大目に見ましょう」
長い黒髪の女性。離れた位置にいるので目立たないが、結構な長身を鎧装束で覆っている。
肩当ての付いた白いブレストアーマー、足には同じく白い足甲、腕には黒い手甲ガントレット。鎧の下はブルー系の衣服。腰のスリットスカートから覗く太ももは黒いインナースーツで覆われている。左腕には自分の身長ほどもある長さの大剣。
突入を命じていた兵士たちが全く進めなくなるぐらいの威圧感をこの鎧の女性は発していた。
近づくのもはばかれるほどの空気。
「……」
将軍もその空気に飲まれそうになったが、これだけの人数を抱える組織の長をやって来ただけあって、なんとかそれはまぬがれた。
「お前がここの守人か?」
努めて尊大な姿勢を崩さぬまま将軍が訊く。
「警告します。早々に立ち去りなさい」
しかし鎧の女性は将軍の言葉には答えない。
「ならばその警告は我々に向けられるものではない。我々はこの約束の地に招かれたのだから」
そして将軍も、組織一つを作り上げた老獪さを発揮し、女性の警告を聞こうとしない。
「お前は我々が到着するこの瞬間までここを守っていてくれたということだろう。ならばその警告は無効だ。この空の島に隠されてきた財宝で新たな国を建国し、この乱れた世界に新たな秩序を作るのだ!」
将軍が力強く宣言する。その言葉を聞いて金縛りのような状態になっていた兵士たちもそれが解けたのか、その言葉に「おぅ!」と周りから歓声が上がった。滞空する飛行戦艦からも歓声が聞こえてくる。
天空を回遊する島には財宝がある。
確かに今の黒き龍焔は一つの書の迷宮を接続して飛んでいるので、意味合いとしては間違っていない。
様々な情報が錯綜してそんな風に落ち着いてしまった地域もあるのだろう。そしてそれを前から知っていた将軍は人員掌握に使った。
「警告します。今からあなたがたを皆殺しにします。殺されたくなければ早々に立ち去りなさい」
女性が警告の語句を増やした。その増えた言葉を聞いて余裕を取り戻した兵士たちが再び静かになる。
「警告します。今からあなたがたを皆殺しにします。殺されたくなければ早々に立ち去りなさい」
鎧の女性が言葉を重ねる。それと共に彼女から発せられる威圧感が増大したのを兵士たちは感じた。
「警告します。今からあなたがたを皆殺しにします。殺されたくなければ早々に立ち去りなさい――」
「……あのうるさい女を殺せ! 首を持ってきた者には褒美を取らせるぞ!」
業を煮やした将軍は、部下たちへ攻撃指示を出した。
「と、突入!」
各分隊の隊長が突き動かされるように叫んだ。その号令で呪縛が解けたように、兵士たちが怒号と共に鎧の女性の下へと殺到する。自分が長年かけて掌握してきた将軍の部下たちは、とりあえず直属の長の言葉に従うように教育されていた。
鎧の女性はあえて悪辣な物言いをした。この言葉に怯えて少しでも逃亡者が増えるならと思ってのことだが、全員が「女ひとりが何を言う」と言った馬鹿にした顔になった時、鎧の女性は最後の判断を行なった。
「警告はしました」
鎧の女性がそう静かに宣言するのと同時に、彼女の後方で何かが動き始めた。その振動に伴う新たな展開に兵士たちの足が止まった。
黒き龍焔後部両側面に二枚ずつ設置されている大型ハッチが下に向かって開き始めた。90度開かれ水平になると、新たな床となったその場所へ中から飛行機械が出てきた。ハッチの上に完全に機体が出ると、飛行機械を載せたハッチは上昇を始める。どうやらそれは隠蔽式の昇降機エレベーターであったらしい。
昇降機は全部で四基。昇降機が飛行甲板と同じ高さになって接合されると、上に載っていた飛行機械たちがゆっくりと移動してくる。
戦闘機型のものが一機。爆撃機型のものが一機。攻撃機型のものが一機。そして偵察機型のものが一機。黒き龍焔が空母として搭載する艦載機の主要機種が揃っている。なにも高価な偵察機まで出して全種類で応戦しなくてもいいのだろうが、それは彼女流の手向けなのかもしれない、死にゆく者への。
飛行甲板に出揃った艦載機たちは発艦のための滑走距離も必要とせずに、その場でふわりと浮かび上がり、鎧の女性の上を超えて空に舞い上がった。
驚く敵兵たちの前で艦載機たちは更なる力を見せつける。
艦載機の腹等に搭載された円柱状の部品が発行したかと思うと、艦載機と同じ形をした光の塊のようなものが並走するように現れた。
戦闘機型は一つ、爆撃機型は二つ、攻撃機型は四つ、そして偵察機型は六つもの、母機と同じ形をした光の塊のようなものが随伴する。
これは擬似火電粒子個体と呼ばれる兵装の一つ。
自分たちの保有する飛行戦艦こそ、今のこの世界最高の戦闘兵器だと疑わなかった彼らでは思いもよらない
母機に随伴していた擬似火電粒子個体はその姿を光線状に変えると、先端を飛行戦艦へと向けた。全部で13本の光の矢に貫かれた飛行戦艦は一瞬にして爆沈する。
爆風が黒き龍焔の飛行甲板前部を襲う。煽られた敵兵が飛行戦艦の残骸と共に雲の海に落ちてゆく。地面に落下するまで兵士たちは何を思うのか。戦艦の中にいた者は即死状態だっただろう。その方が楽だったかも知れない。
甲板上に残された兵は指揮官も含めて百人前後。女性は大剣を引き抜くと最後の掃討を始めた。
容赦も何もない。
その大剣が振るわれれば必ず兵士の首か腕か真っ二つにされた上半身が宙に飛んだ。武器を破壊して相手の戦意を消失させることも今この場には必要無い。
左手に持ったままの鞘は、今の彼女には重しとしての作用をしていない。その鞘が旋回すれば相手の頭は砕かれ、苦し紛れの敵の攻撃もそれで弾かれる。大剣を保護するための鋼鉄製の容器は武器として振るわれた時、並の
両手に武器を携えた舞により、敵兵は瞬く間に沈黙していく。物言わぬ肉塊になるぐらいならと自ら甲板から飛び出して、爆風で飛んでいった者の後を追う者もいた。
徐々に雲下に消えていく戦艦の爆炎に煽られて彼女が赤く染まっている。染めている赤は兵士たちの返り血も含まれている。本物の紅蓮の死神がそこにいた。
「た……助けてくれ」
最後に残った将軍が命乞いをする。腰が引けて立つことも叶わない。失禁だけは免れているのは最後の矜持か。
「助けてくれ? ずいぶんと使い古された言葉をお使いになるのですね?」
その至極丁寧な言葉遣いが彼女の怒りを表している。
「ち、違うんだ、これは」
「違う? それも答えに窮した者が追い詰められた際に時間稼ぎで必ず言う言葉ですね?」
余りにも酷い定型文の羅列に、鎧の女性の顔からますます表情というものが消えていく。
「そ、そうじゃないんだ……そうだ、俺と手を組まないか? あんたの力とこの浮遊島の力があれば世界の全部を手に入れることだって……」
「そうだとしたら、あなたはいらないですね。わたし一人で世界を征服します」
全ての言葉を封じられた将軍を鎧の女性が哀れんだ瞳で見た。
「どうやらあなたはわたしが直接手を下すに値しない人間のようです」
鎧の女性はそう言いながら大剣を振るい血を払うと、鞘に収めた。
「ここから飛び降りてしまいなさい。そうすれば楽に死ねます」
そう言いながら女性は背を向け、艦橋の方に歩いていく。
「……」
もちろん将軍がこんな機会を逃すはずもなく、隠し持っていたナイフを抜くと、女性の背中に向かって飛びかかろうとしたが――
「――!?」
立ち上がった将軍は、帰艦しようと黒き龍焔の艦首方向から接近してきた艦載機の立てた衝撃波をモロに喰らい、数メートルほど吹き飛ばされた。そのまま頭から叩きつけられ、何度も跳ねるように甲板に強打した将軍の体は、飛行甲板の端から転げ落ちる頃には首から上が潰れて無くなっていた。
「……」
鎧の女性は何事もなかったかのように、事後処理を行うため艦橋の中に入っていった。
「……」
小高い丘の上に、鎧を脱いで中に着ている青い服だけの状態になった女性が立っている。
彼女の目の前には掘り返されて新しい土の色を見せている地面。その数、百弱。
これは黒き龍焔の甲板の上で彼女が倒した兵士のものだ。
人数分ちゃんと穴を堀り、埋めた。切り離された手足や首などもなんとか本人のものを探して一緒に埋めている。
「……」
別に死者の弔いのために墓を掘ったのではない。
死んで土に帰り、新たな命のための糧になる。それは死してなお、誰かの役に立てる人間――生き物としての唯一のこと。
ただ弔いだけがしたかったら、死体に火を灯し骨だけの状態で墓を作るほうが簡単だ。しかしそれは自己満足にしかならない。
人間だった肉塊をそのまま土に埋める行為は、墓を作る以上の意味がある。
せめてそれぐらい役に立たないと、あの場所で命を失った者も無駄死にだし、その命を狩ることになった自分も無駄な行為をしたことになる。それは余りにも虚しい。
「……」
作業を終えた女性は丘を降りると、振り向きもせず黒き龍焔へと戻った。
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