第2話 七夕祭り

 夜は更けて、心琴は就寝したはずだった。


「あ……れ?」


 さっきまで部屋にいたはずなのに、気がついたら駅前の広場に立っていた。パジャマの代わりに着ているのは、お気に入りのオレンジのノースリーブ。髪もいつも通り頭の上にお団子を結っている。短いジーンズの下からはリボンが付いたレギンスがチラリと見えた。


(お気に入りの私服だ。私、いつ着替えたっけ?)


 おかしいと思いながらも、自分がここにいるのは当然とも思えるようにもなる。


「そっか……私夢を見ているんだ」


 眠りが浅いと夢の中で自分が夢を見ていることを自覚する。

 そんな不思議な感覚だった。


 周りを見渡してみると、あたりはとても賑やかで人通りも多い。どうやら駅前で毎年行われている七夕祭りのようだった。いつもはだだっ広いだけの広場なのに、この時ばかりは所狭しと屋台が並ぶ。


 浴衣を着ているお姉さん。

 りんご飴を片手にはしゃぐ子供達。

 大人たちもお酒を片手にワイワイ盛り上がっている。


「リアルな……夢だな。そう言えば……なんか、おんなじ夢を見たことがある気がする」


 不思議な事に夢の中なのに、既視感を覚えた。


「これってなんて言うんだっけ。あ、そうだ。確か……デジャヴだ!」


 一人でブツブツいってると、後ろの方がなにやら騒がしくなっていた。


「……なんだろう?」


 駅を正面から見て右の方へ行くと、そこには特設ステージが建てられていた。ステージの上には堂々と「五芒星レンジャー」と書かれていた。子供たちとその親達が一斉にステージの方へ向かっている。


 どうやら、今流行っている子供向けレンジャーのショーが始まるらしい。


「現実には、うちの町に来るわけないよね、五芒星レンジャーなんて。やっぱり夢なんだ」


 心琴の住む町はお祭りといえどそんなに大規模な場所ではない。毎年このお祭りに欠かさず来ているが、子供が喜ぶレンジャー物のショーなんてやっているのを聞いたことがなかった。


「でも……ほんとに、リアルだわ」


 人の流れを観察していると、どこもかしこも本物の駅と遜色ない。

 我ながらの再現度に感心していると、今度は反対方向から大きな声がしていることに気がつく。


「あれは、確かこの町の町長さんだ」


 右方向の人気とは裏腹に、祭りを進行するはずのの本ステージには、町長が一人で演説をしている。さしずめ、祭りの開会の挨拶といったところだろう。たくさん並ぶパイプ椅子に人はまばらにいるだけだった。こんな所までリアルにしなくても、とつい心の中で苦笑いしてしまう。


 そのまましばらく周辺を見渡していると、人混みの中に一人だけ浮いている人がいた。

 誰もが楽しそうにお祭りを歩く中、路肩に座り頭を抱えてうずくまっている。


(もしかして体調悪いのかな?)


 そっと近づいてみると、私の気配に気がついたのかその人が不意に顔をあげた。


「あ」


 思わず声をあげた。


「あ」


 その人も声をあげた。

 この人は……。


「あれ? あの、私……あなたをどこかで知ってる気が……」

「!?!?」


 驚いた表情、そう、この表情!!


「ああああああああぁぁぁぁ!! 思い出した!!!!」

「なっ? 俺の事、覚えてるのか?」

「あなた、今朝駅前で声をかけてきた変な高校生!」


 変なと言われて傷ついたのか、男の子は顔をひしゃげた。


「あんた、初対面でよく人のこと『変な』とか言えるな?」

「だって! 自分でも『こんな事初対面の人に聞くのは変だ』って、言ってたじゃない?」

「いや、まぁ。確かに……いや、確かにじゃねぇよ」

「あはは!」


 私が笑うと男の子の表情も少しだけ笑ってくれたようだった。


「ねぇ、あなた名前は?」

「鷲一。向井、鷲一だ」

「私ね、松木 心琴! よろしくね」

「ん、あぁ」


 とりあえず、体調不良ではなさそうだと確認ができて安心した。


「でも、本当に我ながらよくできた夢だね! 今日会った人がそのまま出てくるなんて」

「……」


 鷲一の顔が険しくなったのを感じる。


「どうしたの?」

「その様子、思い出したのは、今朝のことだけだな?」


 急に変わる声色に少し恐怖を覚えた。

 食い入るように心琴を見つめる目は真剣そのものだった。


「え? 今朝以外であなたに会ったことあった?」


 その言葉に鷲一は一瞬間を置いてこう言った。


「……。昨日の夜。……ここでな」

「昨日……? ここ? ここってどこ? 昨晩、外出なんてしてないよ?」

「だから、ここだって。夢の中で会ってんだよ」

「はぁ?」

「ってことは俺のやってることはやっぱり無意味なのか?」


 言葉の意味を理解できないまま心琴は怪訝な顔をするが、鷲一はブツブツ独り言を言うだけだった。


「あの?? どう言うことか説明してくれる?ねぇ!」

「くそ……。どうやったら……」

「ねぇってば!」

「なんで俺なんだよ……」

「おーーーい!!!!」


 心琴は顔の目の前で手のひらをひらひらさせた。

 流石に邪魔だったのか鷲一は上を見上げる。


「……。なんだよ」

「せ・つ・め・い!」


 心琴のことなんて心底どうでも良さそうだったが、あまりのうるささに耐えきれずぶっきらぼうに説明する。



「お前、昨日。ここで死んだんだよ」



「は?」

「お前は夢で、電車に轢かれて死んだんだって」


 あまりに唐突かつ衝撃的な一言だった。


「電車?」

「ああ。お前だけじゃねぇけどな。ここにいる人は全員死ぬ」

「そんな……」


 真っ赤な。


「まぁ、現実のお前はピンピンしてたし。夢の記憶もなさそうだし大丈夫だろ」


 真っ赤な町。


「……待って」



 みんなが叫ぶ。



「なんだよ……」

「私……知ってる……」



 そして……みんなが叫ばなくなる。



「どうした??」

「……あああ……あ……あ……」


 途端に景色が歪んで見える。

 朝に経験したようなノイズが頭に走る。

 どんどん情報が流れ込むように、昨日見た景色が脳内で再生されていく。


「なんだよ? どうしたんだよ!?」


 鷲一の心配する声も虚しく、心琴は頭を抱えてしゃがみこむ。

 異常な状態に、鷲一は困惑して立ち尽くしているようだった。


「あああああああ……ぁあぁああぁああ……!!」

「ちょっと、おい!? どうしたんだ!?」

「頭が、頭が痛い!!!」

「……!?」


 突然、心琴は動かなくなった。


「おい!! ぉぃ!! ……ぃ!!」


 鷲一の声がどんどん遠ざかっていく。

 それとは裏腹に昨日の夢で起こった出来事が鮮明になってくる。



 そして、全てを思い出した。

 これから起こる悲惨な光景。

 お祭り会場が真っ赤に染まる恐ろしい夢。


 そう、ここは私が昨日見たひどい悪夢。

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