第31話 金を稼ぎたい
鎧を着た冒険者が10人並んでも余裕で通れるような階段をゆっくりと下りていく。
見えてきたのは、石畳の床。
天井は高く、周囲は地上と変わらないほど明るく見える。
目の前には、先が見えない長い廊下が、何処までも延びていた。
「てことで、1階にとうちゃーく! 2階に続く階段はあっちだね」
彩葉の指が正面を指すものの、緩やかに曲がった廊下の先は見えそうもない。
「3階まではずーっと1本道なんだけど、罠があったら声をかけるねー」
キリッとした顔でペッタンコのリュックを背負い直した彩葉が、道を譲るように横にずれる。
広い廊下の先を見詰めたリリが、ゴクリと喉を鳴らしていた。
そんなリリの猫耳に手を乗せて、1歩だけ前に出る。
「最初は俺1人でやるから、敵の動きを観察しとけよ?」
「ぇ……? いっ、いえ、私が……!!」
「いいから、いいから。ギルマス命令な」
ほほー、なんて言いながらニヤニヤと笑う彩葉から顔を背けて、ベルトに刺してあった鉄の棒を引き抜いた。
「頭をポンポンして、俺に任せろ! だなんて、お兄さんもやりますなぁ。これは惚れるねぇ」
にゃふ、にゃふふ、なんて笑い声さえ聞こえてくる。
と言うか、やめろ。
人の行動を解説するな。
「おっ、お兄さん、耳まで真っ赤。もちろん、リリちゃんも--」
「彩葉。お前、減給な」
「!! 嘘です! 冗談です! いえ、お兄さんはカッコイいです!」
「……荷物持ちは、1番後ろだろ? 自分の安全を最優先な」
「了解しましたー!」
反省したのか、してないのかもわからない態度で、ビシッと敬礼をした彩葉が、リリの背後へと駆けていく。
揺れる緑色の髪と葉っぱの髪飾りが、何とも楽しげだ。
そんな彩葉の背中を見送って、大きく息を吸い込む。
彼女のおかげだろうか、初めてのダンジョンだと言うのに、普段よりも落ち着いている気がした。
「それは、さすがに誉めすぎか」
「んー? お兄さん、何か言ったー?」
「なんでもないよ」
たまたまだろ。
そう思い直して、先に進んでいく。
壁際で休憩している冒険者の集団。
地面に座って、1カ所を見詰める集団。
そんなのが、いくつも見えていた。
(あれは、休憩中でいいのか?)
(うにゃ? あれは出現待ちだねー。歩き回るのも面倒だから、近くに出てくるのを待ってるんだよ)
(出てくる?)
(そ! ダンジョンって同じような場所に新しい魔物を産み出すからね。人気の場所は、早い者勝ち ! って感じかなぁ)
どうやら、無闇に歩き回るより、実績のあるポイントで待ち構える方が稼げるらしい。
(場所を巡っての争いも耐えないけどねー。本当に良い場所は、おっきなギルドがず~っと押さえてるよ)
(……まぁ、そうなるだろうな)
大手なら許可証を複数持っているだろうし、3交代にでもすれば無理もないのだろう。
(下に行けば人も減るから、場所取りなんていらなくなるよ。魔物も強いけど)
そっちも理解出来る話しだ。
(弱小ギルドは、必死に歩きますか)
(あははー)
自虐ネタに笑ってくれるのはありがたいが、なんとも やるせない。
新参者にも優しくしてくれよな。
なんて思いもあるが、今はそれよりも、向けられる視線が気になっていた。
「おい、あれ……」
「うわ、悪霊付きじゃん」
「誰だよ、あの雇ったヤツ」
俺やリリに向けられるのは一部だけで、ほとんどが彩葉を見ていた。
そんな視線を受けながらも、彼女は笑みを保ち続けている。
(いやぁ、ごめんねー。私、有名人でさー)
あははー、なんて笑っているけど、どう見ても笑顔がひきつっていた。
ぶかぶかのフードを被れば、少しくらいは……、なんて思ったりもするが、魔物が出るような場所では自殺行為だろう。
「おい、あれって“占い師”じゃねぇのか!?」
「あん? いるわけねーだろ。荷物持ちの仕事すら受けれねーんだからな」
「……それもそうか」
どうやら俺も有名人らしい。
お前らと違って俺はギルマスだぜ?
そんな口を利いていいのか?
あ゛ぁ゛?
--少女を騙した金で買った名ばかりのギルマスだけどな。
なんて、心の中で思いながら、足早に通り過ぎた。
1階はどこもそんな様子で、2階も状況はあまり変わらない。
そうして歩き続けていると、不意に、何かが目の前を横切っていく。
「!!」
慌てて鉄の棒を構える。
いつの間にか浮かんでいた青い光の玉が、地面に落ちていた。
「魔物が出るよ!」
彩葉の声に呼応するかのように、円柱状の土が、ポコンと盛り上がる。
土が見る見るうちに形を変えて、1メートルくらいの魔物に変わった。
言うなれば、スコップを持ったデカい蟻だろうか。
「スコップが刃物みたくなってるから気を付けてね! 3階まではコイツだけだから!」
「了解!」
忠告を聞く間にも、4本の足で立ち上がった蟻が、2本の手でスコップを握り締めている。
その瞳からは、明確な殺気が漏れていた。
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