第29話  木?

 占いの結果の【木】とは、彼女の事を指すのだろうか?


 そもそもの話だが、俺の占いに出てきた【ダンジョン 出会う 福】を信じていいのか?


 そんな思いもあったが、リリはどうやら信じているらしい。


(彼女の幸せな未来を、って言ってくれましたから。それに、ご主人のスキルですし)


 ……まぁ、いいか。


 耳を塞いでうずくまっている彼女をこのまま見捨てるのも後味が悪すぎるしな。


 何よりも、彼女の腹が鳴いていた事が気にかかる。


 もし彼女が地獄の最中にいるのなら、ほんの少しくらい情けをかけてもいいと思う。


 ボンさんやルーセントさんの心当たりが彼女なら、『彼女を頼む』って言われた言葉も違和感はない。


「まずは、ゆっくり話せる場所に案内してくれないかな?」


 彼女の前にしゃがんで、銅貨を1枚だけ差し出してみる。


「……500ルネン?」


「これで、街の案内を頼みたいんだ。いいかな?」


「!! もちろん、喜んで!」


 朝露に濡れた若葉のような瞳が、俺の目を見返していた。




 涙を拭った彼女の案内で大通りを離れて、裏路地を抜けていく。


「私は彩葉いろは! お兄さん、名前はー?」


「ん? あぁ、俺はデトワール。彼女はリリだ」


「よろしくね、リリさん、お兄さん!」


 いや、お兄さんって。


 呼ばないのなら、なぜ、名前を聞いた?


 いや、別にいいけどさ。


 それにしても、彩葉いろはか。


「変わった名前でしょ?」


「ん? まぁ、あまり聞かないかな」


「バレてるみたいだから言うんだけど、私ってドライアドと人間のハーフなんだよね。彩葉は、ドライアド側の名前なんだー」


「なるほどね」


 つまりは、隣国の言葉か。


 ハーフなら、人間よりの名前もあるとは思うけど。


 冒険者や荷物持ちとして名前を売るなら、珍しい方が覚えられ易い。


 そんな感じか?


「でねでね。提案が2つあって、パンケーキと紅茶で600ルネン。場所を借りるだけの100ルネン。どっちがいい?」


「パンケーキでいいぞ。3人分で1800ルネンの方な」


「おー、さすがはギルマス様、太っ腹ですにゃぁ……。ん? 3人?」


 コテリと首を傾げた彩葉が、フードの隙間から俺とリリを見る。


 1人、2人と指差す姿を見て、無言で彼女を差し替えしてやった。


「あたし!?」


「腹減ってんだろ? 彩葉も食っとけ」


 見るからに食えてない顔色してるからな。


 正直な話し、飯1食分の出費は辛い。


 けど、食えない辛さは、誰よりも知ってるからな。


「……ありがとう、ごさいます」


「おう」


 お前、さっきまでのハイテンション、どこ行ったよ?


 そう思ったのは一瞬だけのことで、わいわいと騒ぐ彩葉を先頭に、裏道を抜けて小さな喫茶店に入っていく。


 ぶかぶかのフードを深く被ったままの彩葉が、軽く右手をあげていた。


「まいど! お客さんに2つ、あたしにも1つ」


「あん? 3つか? だったらそう言え。奥で待ってな」


「はーい!」


 慣れた様子で、注文を済ませた彩葉が、そのまま店の奥へと駆けていった。


 強面の店主を横目に、紅茶の香りがする店内を進んでいく。


 どうやら他に客はいないらしい。


 そうして案内されたのは、六人掛けのテーブルがある小さな部屋。


「お兄さん、真ん中ねー! リリさんは……」


「俺の隣でいいぞ?」


「うん。じゃぁ、そこで!」


 一瞬 俺の顔色を伺ったのは、リリが俺の奴隷だからだろう。


 破天荒にも思えるが、実はかなり繊細な子かな?


 彩葉が個室のドアを締めて、俺たちの前にポスンと座った。


「それで、それで? 話って?」


「あぁ、それなんだけどな……」


 楽しそうに身を乗り出す彩葉には悪いが、これと言ってないんだよな。


 占いで出た【木】が この子かも知れない。


 ってあの場から連れだしたけど、確証はないし。


 そもそも、占いの内容が見えてないから、【木】をどうすればいいのかもわからないしな。


「ん? んんん? どったの?」


「……いや。店に入ったのにフードを脱がないのかな、とか思っただけでさ」


「おー、そうだね。バレてるし、いいかな」


 ふぅ、と小さく溜め息を付いた彼女が、怯えるような手付きで素顔をさらしてくれる。


 ふわりとした髪に、優しそうな瞳。


 葉っぱの髪飾り。


「どぉ? 美人でしょ!」


「自分で言わなきゃな」


「えー、自分で言っても美人じゃない! リリさんには負けちゃうけどさー」


「ぇ? え?」


「うちのリリに勝てる美人はいないからな」


「いっ、いえ。え? なんで私の話題になったんですか!?」


 そりゃぁ、戸惑うリリが可愛いからですよ。


 なんて言葉は封印して、彩葉と2人で笑い合う。

 

 不意に、ドンドンドンとドアを叩く音が聞こえて、彩葉が真っ先に目を向けた。


「おっ! 待ってたよー!」


 音もなく立ち上がって、ドアの向こうに置いてあった大きなお盆を片手で持ち上げる。


 はじめに俺の前へ。


 それからリリの前にパンケーキとコーヒーを並べて、元の席に戻っていった。


 パンケーキは見るからにフワフワで分厚い。


 それが3枚も積み重なっている。


 たっぷりとかかっているのは、メープルシロップだろうか?


「うまそうだな」


「でしょでしょ! 店主が、むすー、ってしていること以外は、完璧なんだから! あたしが見つけた穴場!」


「すごいですね。パンケーキの山です!」


「そうなの! すごいのよ!」


 えへんと胸を張る彩葉を後目に、リリの瞳はパンケーキから離れそうもない。


「見た目通り、うまいな」


「はい! 美味しいです!」


「でしょ、でしょ! ……えっと、あの、あたしも、頂きます……」


 申し訳なさそうな目をした彩葉が、ナイフとフォークを起用に使って、パクンと頬張る。


「ん~! さすが、店長」


 幸せそうに顔を綻ばせた彼女の目尻に、うっすらと涙が浮かんでいた。


 奴隷であるリリに向ける視線も配慮も、俺に向ける物と変わらないように見える。


「リリさん、追加のシロップいる?」


「はい! いただきます! 美味しいですね、このシロップ」


「でしょ、でしょ! 最高なのよね!」


 むしろ、同性の分だけ、向こうの方が楽しそうだ。


 緑の女。


 悪霊が取り付いている女。


 どうにも そうは見えないし、普通に気のいい女性だろう。


 占いの事もあるし、安全のための必要経費だって、リリも納得してたしな。


 1日くらいなら、大丈夫か。


「なぁ、彩葉。ダンジョンの案内と荷物持ちを頼みたいんだが、1日1000ルネンでいいんだよな?」


 どう考えても、安いしな。


 さすがに500ルネンは気が引けるけど。


「え……?」


「リリとの相性も良さそうに見えるし。働き次第では給料をあげてもいいぞ?」


「……いいの?」


「あぁ」


 ほんの少しだけ不安そうな目をした彩葉が、俺から視線を外してリリを見る。


「ご主人様が決めた事ですけど、私も出来れば彩葉さんが良いです!」


 嬉しそうに頷いたのを見て、彩葉もつられたように表情を和らげていた。


「……わかったわ! 完璧に案内してあげる!!」


 グッと手を握り締めた彩葉の瞳に、彼女らしい幸せそうな笑みが浮かんでいた。

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