転生特典が思い通りになりません~すてきななにかってなんだ~

てひげひろゆき

プロローグ

 光。

 白い光に満ちたその空間には、無数の小さな球体が浮いている。

 その中央に、一脚の椅子が鎮座していた。

 木製の重厚な椅子は、まるで玉座のような存在感がある。

 生半なまなかな者ではその荘厳さに呑まれてしまうだろうその椅子に、人影が腰かけていた。


 視覚で捉えるのであれば、黒である。

 髪にあたる部分は黒く、服にあたる部分も黒い。

 白い光に満ちたこの空間において、最も目立つであろう黒。

 その色彩をもってしても、顔かたちはようとして窺えない。


 ソレは肘掛に右の肘を置き、首を傾け頬杖をついたまま、左手で周囲の球体のうちいくつかをくるくると回していた。

 青の球体、緑の球体、銀の球体……球体の色彩は一つ一つが微妙に異なっている。


 ソレが意識を向けていたのは、いくつか回している球体のうち、青い球体であった。

 厳密に言えば、青い球体の中に見える、無数の命の方向性。

 俗に魂と呼ばれるもののうちの一つである。


 ソレにとって、その魂はひどく懐かしく、ひどく弱々しいものだった。


 この身は既に時間や空間を超越した場所にあるが、ここに来る前、かの魂と触れた時間はどの程度であったか。長く触れ合ったこともあれば、関わることもなく終わったこともある。

 並行世界や時間軸の調製・管理はソレの管轄ではないが、こうなる前のソレと、かの魂はそれなりに結びつきが強かった。いくつかの記録を、反芻して確認する。


 ――出会うこともなく、終わった記録。

 ――知り合い、面倒を見た結果、師と弟子のような関係になった記録。

 ――敵対し、殺し合った記録。

 ――恋仲になり、子を成した記録もあった。


 ふむ、とソレは一人ごちた。


 今見ている魂は、どうやらかつてのソレと出会わなかった世界のものらしい。その魂にピントを合わせ、拡大してみると、どうにもならないレベルで瀕死である。

 まだ十代の半ばを過ぎた程度で、非常に年若い。


「もったいないことだ」


 実に、もったいない。ソレは心からそう思った。


 その魂が若くして死ぬことが、ではない。そんな感傷など、ソレの視点からすれば無意味なものだ。もっと若く、それこそ生まれた直後に死ぬような命など、無数に存在している。

 ただ、その魂と縁があり、時を共に過ごした記録があるからこそ、ソレはよく知っていたのだ。


 ――十代半ば。それはどの記録でも彼女の転換期であり。

 ――その転換期以降、どの記録でも、彼女は実に愉快な目に遭うことを。


 だというのに、こんなところで終わらせるのはもったいない。ソレに対する冒涜ですらある。

 自分勝手に結論付けると、ソレは青の球体に手を伸ばした。

 肉体から離れた魂を、慎重にり分けてソレの力で包み込む。

 一人分の魂を掬い上げることなど、慎重さは必要だが特に困難なことではない。別段やってはならないことでもないし、仮にそうであったとてソレを止められる者もいない。


 ソレから掬い上げられる魂。


 太陽系第三惑星、地球の、日本という島国の、東京という都市の一角で、不幸にも刺殺されてしまった、地球基準で十六歳になる少女。


 彼女の名は、桜井希望さくらいのぞみといった。


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