みず

燈 歩(alum)

1.

「ずるいなぁ」


 スマホの画面の向こう側に映る、流行ネイルやファッション、海外旅行に美味しいものの数々。世の中はこんなに綺麗なものや楽しいもの、美味しいもので溢れているのに私はなんにも持っていない。


「またインスタ見てるの?」


 梨花が正面に座りながら私に言った。


「だってこれ見てよ。こんな平日に『おしゃれランチ』とか言ってストーリー更新してあるの。多分私たちと同じくらいの人なんだけど、一体どんな人種なの? ずるいと思わない?」


 映し出された写真にはオレンジやグリーンのパテが塗られたバゲットに、玉子やエビ、トマトが飾り付けられ、白と薄紫のソースがかかっている。添えてあるサラダだって、瑞々しい洋風野菜を中心に盛り付けられ、黄色や水色の食用花がとても可愛らしい。デザートには丸いグラスに入った二層のピンク色のムース、その上にはキラキラとした何かが乗っていて、食べるのが勿体ないくらい。そして高そう。


 私の目の前には学食で五百円の日替わりランチという現実。今日はコロッケと白身魚のフライ、ホウレンソウの胡麻和えに冷ややっこ、ご飯とわかめの味噌汁だ。


「私はおにぎりですけどね」


 梨花はそう言って、カバンから作ってきたおにぎりを二つ取り出した。


「コロッケかフライ、どっちかあげるよ」


「くれるならホウレンソウがいい」


「はい、あげる」


「ありがと」


 肩より長い黒髪ロングヘアを無造作に結び、食事を始めた。高い位置で結んでもサラサラと揺れるストレートな髪。羨ましいな。


「カラー、入れないの?」


「黒髪が気に入ってるの」


「絶対似合うのに。次は何色にしようかな」


 ピンクオレンジに染めた髪先をいじりながら呟く。だいぶ色が落ちてきて、くすんだ色になってきてしまった。


「春奈は髪色変えすぎ」


「だって楽しいじゃん。それに同じ色だと飽きちゃうし、大学生なら遊ばなきゃ」


「学業が本分でしょ」


「頭の良い梨花には分かんないだろうなぁ」


 盛大にため息をつく梨花。


「またそういうこと言って。ほら、早く食べないと次、授業だよ」


「はぁい」


 仕方なくザクザクとコロッケを頬張った。梨花はいつもおにぎりを持って来る。私はほとんど自炊しないから安い学食をよく使う。だから梨花もこうやって来て、一緒にお昼は食べるものの、買っているのは見たことがない。


 思えばカフェやファストフード店に一緒に行ったこともない。特待生で入学したから学業が大変だって噂は聞いたことがある。でもなんだか聞きづらくて、本人に確かめられずにいた。


「ねぇ、今日スタバ行かない? 新作出たんだよ」


 思い切って誘ってみる。


「ごめん、勉強したいから」


「なんでよ。私昨日バイト代入ったし、おごるからたまには一緒に行こうよ。勉強も大事だけど、たまには息抜きしなきゃ」


 強引に誘いすぎたかなと思って、梨花の顔色を窺う。困ったように眉毛がハの字になっている。線の細い色白の顔はいつもキリッと整っているのに、こういう時は表情豊か。


 私はまだまだ梨花のことを知らない。たまたま席が隣になっただけで仲良くなった友達だから。


 学力や外見の差はとてもある。でも、私と梨花の間には何か決定的に違うものを感じて、その何かを知りたくて、仲良くなりたいと思う。


「見て見て、これ。ルビーみたいで綺麗だよね」


 新作のラズベリーフラペチーノの画像を検索して梨花に見せる。真っ赤な液体の上に、真っ白のクリーム、その上に散りばめられているドライラズベリーがまるで宝石のようで、眺めているだけで私はテンションが上がる。


「授業が終わったら考えるね」


「わーい。楽しみにしてる」


「まだ行くって決めたわけじゃ……」


 言葉の最後の方は小さくなって聞き取れなかったけど、聞かなかったことにした。

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