三節 「彼女を知る」

 季節がまた前に進んだ。

 木々は枯れて、寂しさを感じされる。

 僕は毎日美優さんに話しかけるために家に行っている。

 それはできる限り彼女に気にかけていたいから。

 自殺衝動はなかなか完全になくならない物だ。そのことで本人も辛いと思う。

 原因を取り除いたらもう大丈夫というほど簡単なものではない。

 彼女が自殺をしそうになることは僕がいる時にはなかった。

 そして、少しずつだけど、僕たちの距離は縮まっていった。もちろん、だからといって完全には安心はできない。

「美優さんの好きなことってなんですか?」

 今僕たちは彼女の部屋で、話をしている。

 テレビやこたつがあるだけのシンプルな部屋だ。

 彼女は上を見上げ、考えているようだ。

 僕は彼女が話すまで決して急かさないことにした。じっと待つことにしている。どんな感情でも彼女の思いや気持ちを止めたくないから。

 まだまだ彼女のことで、知らないことが多い。

 今まで二人の人を看取った経験から、何かをやらないで後悔するのはもう嫌だった。

「うーん。特にないかな。最近はやる気も出ないし」

 彼女は少し申し訳なさそうにそう言った。

「ないと辛くないですか?」

「もうそんな感覚もわからなくなっちゃったかな」

「そうなんですね。美優さんがよければですが、またゆっくり探してみませんか?」

「気が向いたらね」

 彼女は完全には否定はしなかった。

 だこらこそ、僕はもう一歩踏み出してみた。

「もしよければ、自殺したいと思う理由を教えてもらってもいいですか?」

「それは……」

 彼女は急に落ち着きがなくなった。

「大丈夫ですよ。今じゃなくてもいいし、もし話せたらいいですから」

「うん。色々あるけど、辛いことが重なったからかな」

「教えてくれてありがとうございます」

「そんなお礼を言われるようなことを言っていないよ」

「そんなことないです。美優さん今確かに頑張ってくれました。辛いと言うこと自体大変なことですから」

「そうなんだね」

 彼女にイマイチ響いている感じはしなかったけど、今はそれでもいいかと僕は思った。

 ゆっくり生きていくことは決して悪いことではないから。むしろ、多くの人は生きることを急ぎすぎている。

「じゃあ、嫌いなことはなんですか?」

「それは話出すととまらないぐらいあるよ。いいの?」

「はい。いいです。僕はどんなことでも、何時間でも聞きますから」

 それから彼女は本当にたくさんのことを僕に教えてくれた。

 嫌いなこと以外の話も少ししてくれた。

 彼女のことを少しでも知れて、僕は嬉しかった。


 別の日のことだ。

 僕は彼女にある提案をしてみることにした。

 それは少し大胆な内容のものだ。

「ある方の絵画の個展を観にいきませんか?」

「絵画? えっ、私、絵に興味ないけど」

「家からあえて外に出ることも、気分転換になりますから」

「えっ、ちょっと……」

 慌てている彼女の手を、僕は優しく包み込んだ。

 個展が開かれてる場所は、都会的で華やかな街だ。

 そして、その個展は尊君が開いた個展だ。

 彼の生命力あふれる絵を観て、自分が信じられるものを見つけるヒントを探せたらと僕は彼女を連れ出した。

 館内にはたくさんの人がいた。

 僕は、尊君の嬉しそうな顔がすぐに頭に浮かんで心の中でほっこりした。

 彼女は静かに絵を観ていた。

「綺麗ね」

 彼女は一枚の絵の前で立ち止まった。

 柔らかい表情をしていた。

 その絵は、この個展の目玉となるあの絵だった。

「優しくてあたたかい絵ですよね」

 僕も感想を言った。

 「あなたはこの絵や画家さんのことを知っているの?」

 彼女は突然そう聞いてきた。

「はい。知ってます。個展で並んでいる全ての絵は、僕が前回看取った人が描いたものです」

「えっ、じゃあ、孤独死しそうな人か描いたの?」

 僕が孤独死する人を看取っていることはすでに彼女に話している。

「そうです」

「信じられない。絵からはとても辛さや死なんて感じられない。むしろ生きる力を感じる」

「この人は画家になることが夢でした。でも骨肉腫のために亡くなってしまいました。個展は開けましたが、その様子を見る前になくなってしまいました。でも、死ぬ間際までずっと夢を信じて描き続けていました」

 僕は、彼がどう生きたかを誰かに伝えたかったのだろう。尊君の物語をまだ終わらせたくないから。

 彼女は何も言わずにしっかり聞いてくれていた。

「私も彼のように、孤独に勝てるかなあ?」

 彼女は絵を再び観ながらそう話してきた。

 横顔は少しすっきりしているようにもとれた。

「勝てますよ。それに僕もいますから」

 彼女はいつものように僕の発言を否定せず、「ありがとう」と初めて笑った。


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