三章
一節 「川嶋 美優のお話」
「私、今から死にます」
とんでもないことを突然言い出した彼女の名前は、
それは日が沈もうとした夕方のことだ。
空気がなんだか張りつめている。
彼女は高層マンションの屋上で、目が合うといきなりそう話しかけてきた。
彼女は、話している内容とは全然合わない軽い話し方で話してきた。
それは、僕にというよりは自分に語りかけているような喋り方だった。
まるで自分の不安を取り除くような感じだった。
彼女はそれほどまでどんなことを考え、何を恐れているだろうか。
「待ってください。話があります」
彼女がいきなりなんの脈絡もなく、死ぬと言い出したから、僕は驚いた。
彼女とは初対面だ。知りもしない人に、死ぬなんてたぶん普通は言わない。
これは僕が彼女の行動を否定しているわけではない。あくまで、一般論だ。
全てを普通と合わせる必要はないと思うけど、ある程度の指標というか感覚的なものは大事な時もある。
それに、僕には、彼女にちゃんと用があった。
だから呼び止める必要があった。
僕の話なんて全く聞かず、彼女はどんどん前に歩いていく。
彼女の体は、白くて細い。
その色は、自由を求めて飛ぶ鳥のようだ。
彼女にとって死とは自由なのか。または、何かからの解放なんだろうか。
下手に刺激しすぎても、彼女は混乱して本当に飛び降りてしまうかもしれない。
だから、僕は彼女のあとを静かについて歩いた。
屋上は静かで、彼女のカツカツという靴の音だけが響いている。
緊張感がどんどん高まっていく。
あっという間に、彼女は先にある落下防止用の柵のところまでたどり着いた。
「話だけでも聞いてくれませんか?」
僕は懸命に話しかけていたけど、ずっと無視されていた。
彼女の歩みを止めるものは何かないのだろうか。
僕は言葉を探す。
言葉に力があるかまだ僕にはわからない。でも、僕は特別すごいものをもっていないから、言葉に頼るしかない。
尊くんのことが頭に少し浮かんだ。
有刺鉄線などはされておらず、柵は簡単に上ることが出来るようになっている。
彼女は背の低い体を目一杯伸ばして、柵に手をつき、乗り越え細い縁に立った。
そこでしばらく下を見ていた。
彼女は今何か考えているのだろうか。
僕は自殺について最近調べた。
自殺の中で、どれが一番苦しまずに死ねるかというと、『飛び降り自殺』だそうだ。途中で痛みもなく、時間もかからないから。
でも、それを実際にするのにはかなり勇気がいるらしい。
死とは、恐怖の塊だから。
風が強く吹いてきた。
彼女の茶色のカールした髪が揺れていた。
僕が彼女に会いに来たのは、「あなたの最期を看取りにきました」と伝えに来たからだ。
しかし、それを言う前に、彼女が今から死ぬと言い出した。
彼女は孤独による自殺で、命をなくすことになっている。でも、そのタイミングは今ではない。
ちなみに、自殺は孤独死にはいらないけど、孤独からくる自殺というものがある。
今回は相手が病気などで死なない。まだ助けることができるかもしれない。
僕は彼女と関わりながら死にたい理由を聞き、彼女の気持ちに寄り添い、二人で光りを見つけたいと思っている。
なんとしても救う。
そんな思いが僕の中で燃えている。
今日はまだ彼女が死ぬ日ではないけど、自殺で亡くなるなら今日死んでしまう可能性もゼロではない。
「大事な話なんです。聞いてください」
僕は諦めず話しかけ続けた。
「うるさい。私なんて死んだほうがいいんだ」
やっと彼女から返事が返ってきた。
振り返った彼女の顔はあまりにも幼さかった。
僕は少し安心した。どんな返事でも少しは僕の言葉に耳を傾けてくれたことにはかわりないから。
きっとまだ生きたいという気持ちがあるということだから。
本当に死ぬ気なら、僕のことなんてどうでもいいだろう。
つまり、彼女にはまだなんらかの迷いがある。
「僕はあなたを助けにきました」
僕はいつも言っている言葉でない言葉をあえて言った。
彼女がこちらを向いたまま驚いてフリーズしていたので、その隙に彼女のそばまで僕は一気に行った。
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