第236話 最終決戦 16

 母さんが盟主の彼から情報を聞き出している内に、僕は治療を終えた父さんと共に組織の構成員達を縛り上げていった。


縄などの拘束するのに都合の良いものが無かったので、彼らが身に付けている衣服を利用して両手足を縛っていった。少なからず抵抗があるだろうと思っていたのだが、既に彼らにはそんな気概も消え失せているようで、虚空を見つめながら魂が抜けているような人達を順々に拘束して回っていた。


しばらくそうして動き回っている僕らの元に、共和国の本陣から数十人の人々がこちらに近づいて来ているのに気付き、父さんと視線を合わせて一旦作業を中断し、母さんの元に戻ることにした。その際、エレイン達も連れていき、行動を共にする。


ちなみに、イドラさんの意識がようやく戻ったようで、僕は彼女に感謝の言葉を伝えると、「私は私の勤めを果たしただけですから」と恐縮されてしまった。また、彼女の左腕は完全にくっ付いてはいるが、損傷が激しかったこともあり、細かい動きに支障が出てしまっているようだ。ただ、日常生活には問題ないとのことだった。


さらに血液を多く失ったことで、未だ青白い顔をしているイドラさんを気にかけながら母さんの元に移動すると、こちらに向かって来ている人物の正体が分かった。


「・・・王子殿下」


「・・・お兄様」


その人物の表情はまだ見えない距離だったが、向かって来ている人物の一人が特徴的な黄金の鎧を身に付けており、それで誰なのか察したのだろう、エレインとシフォンさんが異口同音に呟いていた。


「さてさて、彼からどんな言い訳が聞けるのかしらね?」


「遠慮はいらないぞ母さん、奴の罪が確認できれば俺が動く!生まれてきた事を後悔させてやる!」


エレイン達の声に母さんは、黒い笑みを浮かべながらも殺気を圧し殺した様子で楽しげに嗤っていた。そんな母さんに父さんは、もっと直接的な表現で好戦的な笑みを浮かべていた。そこには王族に対する敬意など微塵もなく、あるのは燃え盛る様な怒りの感情だった。


そんな両親の様子に他の皆は萎縮してしまったようで、2人から数歩引いた位置に下がり、事の成り行きを静かに見守ろうとするような感じだった。



「これはこれは、剣神ジン・ファンネル殿とその奥方、魔神サーシャ殿。そのご子息であるエイダ殿にアーメイ伯爵家のご令嬢、エレイン殿。そして教会の聖女アリア殿に、我が妹ルイーゼ・・・まさかこのような場所でお会いするとは考えてもいませんでしたが、もしや共和国の王子たる私の計画に気づいて、手助けしていただけたということでしょうか?」


 王子を先頭に、完全武装した近衛騎士を多数引き連れて来ると、僕達から少し距離をおいたところで彼らは止まり、首を傾げるようなことを王子は言い出した。


「それはどういう意味かしら、フレッド王子?」


王子の言葉に対して母さんは、少し苛立ちを見せた返答をしていた。王族に対する敬意などはなく、敬称を付けずに彼の肩書きで名前を呼んでいた。そこにあるのは、警戒心と苛立ちのようにも見えるが、それは僕らも同様で、王子が現れたというのに、この場の誰も臣下の礼をとっていない。それは【救済の光】と王子は協力関係にあり、僕らから逃げ出さずにこの場に現れた理由に疑問があるからだ。その為、臣下の礼などという大きな隙を敵に晒すことは出来ない。


それは相手も分かっているはずなのに、王子の背後に控えていた大柄な近衛騎士が腰の剣に手を添えながら憤怒の表情で声を荒げた。


「貴様ら、不敬であるぞ!フレッド殿下はこの共和国の王位継承権を持つ至高の存在なれば、頭を垂れてお言葉を頂戴する姿勢を見せよ!!」


「・・・小僧。今この場において、王子だなんだは関係ねぇ!面倒くせぇから、それ以上口を開くな!こっちはそこの坊っちゃんに用があるんだよ!」


「ーーーっ!」


声を荒げた近衛騎士に対して父さんは、眼光鋭く睨み付け、殺気を乗せた言葉で黙らせていた。もはや王子と敵対しようとしている考えを隠す気がない父さんは、王子の事を坊っちゃん呼ばわりしていた。父さんに睨まれた彼は、顔中から脂汗を流して、苦悶の表情で地面に膝を着いて動けなくなっていた。


「ジ、ジン殿、元々私の方から今回の事については説明しようと思っていたところです。近衛騎士団長の彼は、職務に忠実だっただけなので、どうかご容赦いただけませんか?」


王子の彼も額から冷や汗を流しながらも、何とか父さんの方を見て弁明していた。その必至の表情から、精一杯王族としての威厳を保とうとしているような様子だった。


「なら、聞かせてもらおうか。”世界の害悪”を利用して、この世界を手中に収めようとした【救済の光】に協力していた理由を!」


父さんがそう言うと、母さんも眼光鋭く王子の言葉に注視するように視線を向けていた。両親に視線を向けられた王子は萎縮しながらも、少し震えている唇を必死に手で隠しながら話しだした。


「わ、私が組織に加担していたのは、まさにジン殿が指摘した組織の目的が理由だったのです。自分達が世界を操る為に、危険な存在である”世界の害悪”を復活させるという計画があるという報告を受けまして、我々はそれを止めるべく動いていたのですが、中々尻尾を掴むことが出来なかったのです。そこで、組織内部に潜入するしかないと考え、苦労の末に盟主に接触し、時間を掛けて彼らからの信頼を勝ち取りつつ、組織を崩壊させる隙を伺っていたのです。しかし、伝説の英雄達の手によって【救済の光】はこうして壊滅しました。いやはや、我々の出番はありませんでしたよ」


話し始めは引き攣ったような表情をしていた王子だったが、話していくうちに段々と固さが取れたようになり、最後の方は身振り手振りも加わりながら饒舌に語っていた。ただ、王子の話が本当だったとしても、いくつか疑念が残る。母さんはその点を指摘した。


「へぇ・・・あくまでも組織を壊滅させるための演技だったと言いたいわけね?」


「言いたいという訳ではなく、これが真実なのです」


「国の有力者達も巻き込んだわりには、もう一人の王位継承権を有している王女に何も伝えなかったの?」


「相手の信頼を得て油断させるためには、国としていくつかの行動を示す必要がありました。私の本心を知る協力者がいなければ、動こうにも動けませんでしたが、私は妹を関わらせるつもりは無かったのです。組織内部に潜入する必要がある性質上、かなりの危険を伴います。兄として、妹にそんなことを強要することは出来ませんし、王位継承権を持つ2人がそのような死地に向かってもし命を落としでもしたら、国の一大事ですからね」


母さんの疑問に王子は淀みなく答えを返していた。それは一見すると矛盾点も無いような話しだが、母さんの追求はまだ終わらない。


「なるほどね。それじゃあ何故エイダを国の英雄に祭り上げた後に冤罪を吹っ掛けて、国家反逆罪で指名手配したのかしら?王杓の保管されていた宝物庫は破壊された様子もなく、正規の手段で開けられていたのでしょう?開閉手段を知らない者にとっては、何とでも誤魔化せるかもしれないけど」


「それは組織の指示で仕方なかったのです。エイダ殿には申し訳ないことをしましたが、組織にとって彼はそれ程に脅威だったのです。組織からの信頼を得るため、世界を救う為に私は心を押し殺して動きました。勿論、全てが終わった今、王家の名の元に彼の名誉の回復に全力で努めます」


「ふ~ん。そこまで世界の為を思うなら、全てをエイダに話して協力してもらおうとは考えなかったのかしら?」


「もちろん考えはしましたが、妹と繋がりのある彼に情報を渡せば、妹も巻き込んでしまいます。先程伝えたように、妹を関わらせるつもりは私にはありませんでしたから・・・」


本当に申し訳なさそうな表情で言い募る王子の姿を見ていると、それが真実のような気もしてきてしまうが、母さんは全く王子の言葉を信じていないようで、相変わらず殺気を圧し殺した雰囲気と、鋭い視線は変わっていなかった。そのせいだろうか、王子はずっと額から冷や汗を流し続けていた。


それは王子の後ろに控える近衛騎士達も同様のようで、彼らは小刻みに震えながら父さんと母さんが放つ圧力に耐えているようだ。ただ、騎士の彼らの視線は絶えず動いており、まるで何かを探しているようにも思えた。



 そうして母さんは王子から今回の件についての一通りの説明を受けたが、警戒心を解くことは無かった。3カ国との戦争の理由についても、やはり組織の指示だったということと、戦争という大きな動きの中で組織に隙が生じるだろうと考えた上で協力していたということで、上手く言い逃れていた。


王子の主張を聞き終わった母さんは視線を横にずらし、拘束した組織の構成員達が居る方へと目配せした。するとその中から、フードを目深に被った人物が静かに歩み出てきた。その人物はゆっくりとこちらに近寄ってくると、両手を拘束している為、頭を素早く動かすことでフードを外して顔を見せ、王子に向かって口元を歪めながら話しかけた。


「これはこれは王子殿下、先程振りですな。ずっとあちらであなたの話を聞いていましたが、全ての罪を我々に被せようとするとは酷いではありませんか?」


「・・・何の話しかな、盟主殿。いや、大罪人ザベク!私は真実しか言っていない!全ては君達組織を壊滅させるための演技だったのだよ!」


盟主の言葉に、王子は嫌悪感も露に彼の言葉を真っ向から否定していた。しかし、そんな王子の態度を気にすることもなく、盟主の彼は言葉を続けた。


「つれないことを言いなさるな王子殿下。それに、我々からの賄賂でかなりの豪遊をしていたそうじゃないですか?それもあなたの言う演技だったのですかな?」


「・・・何の事かな?」


「我々も、もしもの場合を考えて情報収集に手を抜くことはありませんよ。組織に新たに加わった存在がスパイかどうかを調査するのは当然でしょう?それが一国の王子となればなおさらだ。もしあなたが本当に我々の組織を壊滅に追いやろうとしていたなら、我々からの賄賂もいくらか国の為に使ってもいいものを・・・何に使っていましたっけね?」


盟主の言葉に王子は一瞬頬をひきつらせたが、すぐに表情を取り繕って反論した。


「敵を欺くにはまず味方からと言うだろう?私は組織に協力していると見せるために、敢えて愚かな王子を演じて豪遊していただけだ」


「ふふふ・・・我らの計画で犠牲になった村もあったというのに、演技の為に仕方なく豪遊ですか?毎晩のように高級娼婦と遊んでいたのも仕方なくですか?」


「貴様、王子たる私に向かって無礼が過ぎるぞ!ジン殿、サーシャ殿、こんな者の言う話しなど真に受けてはなりません!こやつはこの場を混乱させ、その隙に逃げようと画策しているのです!即刻この大罪人の首をはねるべきです!」


盟主の言葉に激怒した様子を見せる王子は、父さんと母さんに忠告するように、彼を処刑するべきだと言い出した。しかし、そんな王子に向かって母さんは冷静な口調で質問した。


「王子、確認しますが、今盟主の彼が言ったように賄賂を受けていたこと、またそのお金を散財していたというのは事実なのですか?」


「サ、サーシャ殿、今はそのような事よりもこの大罪人を処分する方が先決ーーー」


「答えなさい!それが事実かどうか」


母さんは王子の言葉を遮るように、冷たい眼差しを向けて詰問していた。


「で、ですから、欺くために仕方なくですよ。いつ何処で見られているか分かりませんでしたから。結果として私の行動が功を奏して、こうして盟主さえ欺けたのです」


そんな王子の返答に真っ先に反応したのは、盟主の彼だった。


「くくく・・・ものは言いようだな。だがよ、こっちには王子のあんたが国を裏切ったと言う、確固たる証拠があるんだぜ?」


「ふん!言っているだろう?全ては演技だったと。これまでの私が行った行動は、全て君達を欺くためのものだ。それに、お前が言う証拠とやらも本当にあるのかどうか疑わしい」


「っ!まさか、消しにかかったか!だが、あれはちょっとやそこらでは壊せんぞ!」


どうやら王子は、演技で行った全ての行為について罪はないと主張するようだ。無茶苦茶な話しだが、王族としての権力を使ってどうにでもなるとでも考えているのだろうか。それに、盟主の彼が言う証拠についても、そんなものは存在しないとばかりの口調だった。


そんな盟主と王子の言い争いの中、何が真実なのか見極めていると、本陣から3人の人物の気配がこちらに近づいて来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る