第232話 最終決戦 12

(くっ!身体が動かない!!)


 【昇華】の状態が解除されてしまい、とてつもない虚脱感が襲いかかってきた。これが無理矢理に【昇華】に至ろうとした副作用なのか、それとも普通に起こりうることなのかは不明だが、現状僕は身体に全く力が入らなくなってしまった。


この状態をいつまで引きずってしまうかに不安もあるが、それよりも今目の前に迫っている脅威に対処する方が先決だ。”世界の害悪”の力を利用した構成員達は、どうやら危険を犯すことを避け、遠距離で攻撃を放ち続けることで、こちらが消耗するのを狙っているようだ。そのせいで僕は相手の手数を減らすことが出来ずに、波状攻撃を防ぐのに飛び回って消去していたのだが、その肝心要の機動力を失ってしまい、相手の思惑通りになってしまった。


(まだだ!)


地面に膝を着き、肩で息をしながらも力を振り絞って白銀のオーラを纏った。なんとか魔術杖を構えて、殺到し続けている敵の攻撃を防ぐ為に魔術を発動した。咄嗟だった為に火魔術の形状を刃にするような余裕もなく、ただの火球だったが、それでも遠距離操作で襲い来る攻撃を相殺していった。


『バシュ!バシュ!バシュ!・・・・』


遠隔操作した火球が次々と襲い来る攻撃に衝突し、相殺音を響かせながらどちらも消えていく。ただ、相手の雨霰と降り注がれる攻撃を防ぐために、こちらもどれだけ魔力と闘氣がもつか不安を抱きながら次々と魔術を発動し続けなければならなかった。


「エイダ!大丈夫か!?」


僕が突然動けなくなり、歯を喰いしばって敵の攻撃を迎撃し始めたためか、エレインが心配した声をあげた。そんな彼女の声に反応する余裕もなく、僕は意識を集中して魔術を遠隔操作することに努めた。


とにかく一瞬でも集中を欠いて迎撃に失敗してしまえば、それはそのままこちらの敗北に繋がってしまう。自分が死ぬだけならまだしも、僕の背中には大切なエレインだけでなく、イドラさんや教会の聖女が2人もいる。そういったものをこの逆境で背負っているせいか、僕の集中力はかなりの高まりをみせ、認識している周りの景色から不要な情報が消えていき、僕の視覚には殺気が込められた攻撃しか目に入っていなかった。


(させない!必ず守り通す!!)


その一念で魔術を発動し続けると、殺気に敏感になっている僕の認識の中に、今までなら感じ取れなかったような極僅かな殺気を携え、ゆっくりと僕の背後に回り込もうとしてくる存在に気づいた。しかし、気付いたその場所から気配は感じられなかったことから、例の魔道具を使っているようだ。


(やらせるかっ!)


僕は火球の一つを殺気を感じた場所に向かって飛んでいくように操作し、回り込もうとしていた存在にぶつけた。


「ぐあぁぁぁ!!」


すると、悲鳴をあげながら炎に身を包まれて、地面を転がるようにのたうち回る人物の姿が現れた。その人物はやがて炎に燃やし尽くされたようで、真っ黒になって動かなくなったようだった。


(・・・おかしい。”世界の害悪”の力を使って回復しない?見捨てた?それとも出来なかった?待てよ、力を吸収した魔道具は、僕の見た限り盟主と名乗った彼と、この構成員達を指揮していたもう一人が持っていた・・・)


黒コゲになって息絶えたであろう人物を尻目に、僕の思考が加速していく。杖を振るいながら、構成員達に吸収した”世界の害悪”の力を与えている人物は2人いる。位置関係で言えば、盟主の彼は両親の近くで、もう一人の人物はそこから少し離れているが、それでもこちらより両親の居る場所の近くだ。


父さんは再度白銀のオーラを纏って動き回っていて、盟主の方はそちらの攻防に集中しているように感じる。もう一人の人物はこの場所全体に意識を巡らせているようで、常に全体に視線を向けている。


(今まで防御に専念していて気づかなかったけど、もし力を吸収したあの魔道具にそれぞの役割が有ったとしたら・・・例えば、奴の再生力と攻撃力は別々に吸収していたとしたら、再生力の杖を持つ人物の認識外で事が起これば回復させることが出来ない?)


そんな仮説を立てた僕は、それを試すべく行動に移す。敵の攻撃を迎撃するための力をそれほど割くわけにはいかないが、それでもたった一人に一撃を当てるくらいは何とかなりそうだ。どうせ攻撃を当てても再生するだろうからと、端から無意味だと考えていたが、攻撃力は奴の半分程度だったなら、回復力もそれ相応のはずだ。


そう考え、一番先頭に居る構成員に向かって火球の一つをぶつける。


「ぐあっ!」


悲鳴と共に火球をぶつけた構成員は横に吹っ飛び、纏っていた暗い緑色のオーラが消え去っていた。体勢を建て直そうとした彼に、そんな暇を与えることなく再度火球をぶつける。


「ぐあぁぁぁ!」


彼は同じように吹っ飛んだが、今度は全身を炎で焼かれ、苦痛の叫び声をあげていた。やがて彼は地面に倒れ伏したまま、炎に焼かれて動かなくなった。その様子を注意深く監視していた僕は、あることに気づいた。


(父さん達の戦っている場所では、父さんが敵を何度斬っても再生している。でも、こっちでは再生の効力は無い・・・つまり、盟主の使っている杖が再生力の杖で、眼前の構成員達は攻撃力の杖の力を取り込んでいるだけなのでは?)


僕の考えが正しければ、再生力の杖を持つ盟主の認識外で敵を葬ることが出来れば、再生が間に合わずに倒すことが出来るかもしれない。この攻撃の雨に曝される中、多数の構成員達に対して一斉に魔術を連続でぶつける事は難しいが、一人づつなら不可能ではない。



 しかし、そんな僕の思いとは裏腹に、事態はより混迷を極めていくことになる。その最たる理由が、父さんと母さんの防御体勢が崩れ始めてきたからだ。


(・・・まずいな。父さんの白銀のオーラが、かなり不安定になってきてる)


こちらもこちらで手一杯の中、両親の方が気になってそちらにも意識を向けると、母さんから魔力の補充を受けて練り合わせる白銀のオーラが、現れたり消えたりしていた。元々父さんには両方の能力を制御する事は難しく、身体にも不調をきたしていた。


敵は白銀のオーラでなければ迎撃できない攻撃を放ってくる上に、回復の隙間もないような攻撃の密度に曝されているため、母さんの聖魔術で回復するのもままならない状況なのだろう。その無茶が、とうとう限界近くにまで達しようとしているように見えた。


(このままだと、そう時間も掛からずに今の均衡が崩れ、父さんと母さんがやられてしまう!かといって、この場を放り出して援護に向かうことも出来ない。どうする?どうする?)


虚脱感は一向に消えることがなく、とても普段のように素早く動ける気がしない。頼みの綱はもう一度【昇華】の状態に至ることだろうが、激痛が伴う上に集中するのに時間を要する。そんな隙は、現状まるでない。少しでも防御に手抜かりが出れば、瞬く間に敵の攻撃に押し潰されてしまうだろう。


(何とか・・・何とか・・・)


そんな焦りからか、注意力が散漫になってしまったようで、自分に飛んできている刃の一つを迎撃し損ね、直撃を受けてしまった。


「ぐぅ・・・」


白銀のオーラのお陰で大事は無かったものの、数mは吹き飛ばされてしまった。しかし今の攻防で均衡が崩れてしまい、相手はそれを好機と見たのだろう、エレイン達に向けていた攻撃も全て僕に集中させられ、吹き飛ばされて倒れたままの僕には今まで以上に濃密な攻撃が殺到してきた。


「エイダっ!!」


被弾を覚悟し、白銀のオーラで耐えるしかないと歯を喰いしばった僕の耳に、エレインの悲痛な叫びが響いた。


「エレインっ!?」


彼女の声に視線を向けると、なんとエレインが僕の方へ駆け寄って来て、僕を守るように覆い被さってきた。


敵の攻撃に意識をとられ、彼女の動きに気づけなかったが、このままではエレインも巻き込んで2人共にやられてしまう。「逃げろ!」と声にならない声で叫ぼうとする僕に構わず、彼女は抱きついたまま、笑顔を向けて一言だけ口にした。


「最後は、君の隣が良い」


エレインの心からの想いに、僕の胸が締め付けられる。あれだけ彼女の事を守ると宣言しながら、死を受け入れるような発言をさせてしまったからだ。そんな彼女に僕が悲しい顔を見せることなど出来るはずもなく、上手く表情を作れているか不安だが、僕も笑顔を返した。


そして、エレインごと包み込むように白銀のオーラを纏い、迫り来る刃の壁に視線を向けると、何故かとてもゆっくりに感じた。


(・・・闘氣と魔力が切れれば終わりか・・・)


殺到する刃を見つめながら、自分の限界があとどのくらいで来るのかを計り始めていた。


そんな僕の眼前に、刃から僕らを防ぐように、横合いから白銀に輝く一筋の光が現れた。


「・・・父さん?」


「神剣一刀”塞禍さいか”」


父さんが駆けつけてくれたことに驚きつつも、父さんが放った一撃に釘付けになった。その一撃は僕の知っている神剣一刀とはまるで違い、剣を横に寝かせて上段に構えた姿勢から、半円を描くような軌道で放たれた剣戟が、まるで巨大な渦潮のようになって迫り来る刃を絡め取りながら、前方の敵に襲いかかっていった。


『『『ぐあぁぁぁ!』』』


結構な数の敵を蹴散らせた父さんは、残心をとっていた姿勢から崩れ落ちるように地面に膝を着いて肩で息をしていた。そんな父さんの身体からは既に白銀のオーラは消え去っており、足元にはポタポタと血が滴っていた。


そんな父さんに声を掛けようとしたのだが、父さん達が引き付けていた敵もこちらに向かって攻撃を放ってきており、話しかけるどころではなかった。


「神魔融合”塞陣さいじん”」


再びの攻撃の嵐に、今度は母さんが上空からアリアさん達と舞い降りてくると、魔術杖を天に掲げながら魔術を発動した。白銀のオーラではないものの、僕らの居る場所を中心に渦のように神魔融合が展開され、まるで攻撃から僕達を守る城壁のようだった。


ただ、敵の刃を完全に防ぐことはできず、神魔融合の攻撃の勢いで相手の狙いを外すのが精々だった。


そして、僕達を守るために介入してくれた母さんも肩で息をしており、顔色も悪いようで、魔力欠乏の兆候が見てとれた。


(父さんと母さんがこんなに追い込まれるなんて・・・せめて“世界の害悪”との連戦じゃなければ!)


僕は拳を握り締め、悔しさを滲ませて両親の姿を見ていると、覆い被さっているエレインの僕を抱き締める腕の力が強くなった。


こんな状況だというのに、彼女の温かさに包まれると肩に入っていた力が抜けるような、身体に熱が戻るような気がした。


(あぁ、この人を・・・この想いを、この温かさを、守りたい!)


目を閉じ、自分の内側へと意識を向け、彼女を守るために必要な力を心から懇願した。

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