第226話 最終決戦 6

 話を母さんに振ると、考えを纏めるかの様に少し間を置き、真剣な眼差しで僕に話し始めた。


「簡単な話よ、今からエイダには能力の最高到達点である【昇華】に至ってもらうわ」


「・・・・・・」


当然でしょ、とでも言うような口調で言ってくる母さんに対して、僕は何を言っているんだという表情をしながら無言で凝視した。


「何を呆けた顔してるのよ?時間がないのよ?今すぐ【昇華】に至るのよ?分かってるの?」


僕の様子を見た母さんが、矢継ぎ早に確認の言葉を発してくる。時間が無いのは重々承知しているが、だからといって、僕が母さんの言う【昇華】に至ることは出来ないという事実は、両親の方が分かっているはずだった。


「何言ってるんだよ母さん!僕はどんなに頑張っても、闘氣も魔力も第二段階止まりだって言ったのは他でもない、父さんと母さんじゃないか!?」


「闘氣と魔力ならそうね。でも、今エイダが使用している力は何なの?」


僕の言葉に、母さんは表情を変えること無く指摘してきた。


「・・・まさか、この白銀のオーラなら【昇華】出来るって事なの?」


僕は母さんの言葉に、目を見開きながら聞き返した。


「おそらくね。両方の能力を持つ存在は、どちらも中途半端にしか熟達出来ないとされているけど、なら、両方の能力を混ぜ合わせ、一つのものとしたら極めることも出来ると思わない?」


「・・・言わんとしている事は理解できるけど、でもそれを今この場で、なんて・・・イダッ!」


泣き言を言う僕の頭に、母さんは眉を吊り上げながら手刀を落としてきた。


「今出来なくてどうするの!!いい?エイダには幼い頃から私達がみっちりと基礎を叩き込んできたのよ?そして今その力は、白銀のオーラを自在に操れるようにまでなっているわ。あとは切っ掛けさえあれば、第五段階へと至れるはずよ?自信を持ちなさい!」


「わ、分かってるけど、どうやったらいいかの見当もつかないんだよ!」


実家で鍛練をしていた時のような母さんの迫力に、僕は少し萎縮しながらも、不安を口にする。そんな僕に母さんは、左手に魔術杖を構え、右手の手の平を上に向けて僕に差し向けてきた。


「安心なさい、手助けはしてあげるわ。ただ、これはあくまで魔力を【昇華】する時のイメージよ?あなたのその白銀のオーラは、違う方法の可能性があるかもしれない。それを踏まえた上で良く見てなさい」


そう言うと母さんの手の平に、群青色の大きな魔力の塊が浮かび上がってきた。すると次の瞬間、その魔力の塊は一瞬で小さな点に収縮したと思うと、漆黒の魔力が爆発的な勢いで母さんの手の平から溢れだし、その魔力を母さんは完璧に制御していた。


「こ、これは・・・」


目の前で起こったことに呆気にとられた僕は、ポツリと呟いた。その魔力の流れから、どういった事象が起こったのかは何となく理解できたが、同時に、とても真似できることではないとも思ってしまった。それほどまでに母さんの見せた技術は、僕の想像の上をいっていた。


「重要なのは、魔力の超精密制御よ?昨今はとにかく威力を重視して魔術を教える風潮があるけど、それは間違いよ。完璧な制御を覚えてこそ、第五楷悌へと至れるの」


母さんは魔術の真髄について端的に教えてくれた。実際にその様子を見て、母さんの言葉を聞いた周りの人達は、驚きに目を見開いて固まっているようだった。そんな皆を尻目に僕は今、母さんが見せてくれた技術の根底について問い掛けた。


「つまり、この白銀のオーラを凝縮・収束するように制御すればいいってこと?」


「大まかに表現するならそうよ。自らの魔力を極限まで圧縮し、解放する。解放する時の爆発的な力さえ制御することが出来た時、第五楷悌へと至るのよ。これは闘氣でもほとんど同じらしいわ。大切なのはイメージね。力をどのように圧縮するか、解放時の爆発的な力をどうやって制御するか、とにかく実践あるのみよ」


母さんの説明に、僕は目を閉じながらイメージを膨らませた。偶然だが、以前ジョシュ・ロイドと戦った際に、僕の神魔融合を魔道具に吸収され、それを放出された際に迎撃するため、全く同じ力同士のぶつかり合いでエネルギーが一瞬で圧縮され、次の瞬間に爆発的な力を周囲に放った状況を見たことがある。要は、そのイメージで白銀のオーラを圧縮し、爆発した際の力を如何に制御出来るかだが、こればかりはやってみないと分からなかった。


「何となく理解できた気はするけど・・・とにかくやってみるから、もし失敗したら改善点を教えてくれる?」


圧縮までは出来そうな気はしたが、その後の制御にいまいち自信が持てなかった僕は、母さんに監督と指導をお願いした。しかし、返ってきた言葉は予想外のものだった。


「何言ってるの?私はこれからお父さんの援護に行かないといけないから、そんな暇なんて無いわよ」


「・・・えっ?」


母さんの言葉に、僕は口を開いたまま固まってしまった。


「当然でしょう?お父さんが纏っているあの白銀のオーラは、私が魔力を供給しないと維持できないのよ?あと数分もすれば限界でしょうね。それに、あのオーラは身体に負担が掛かるから、適宜私がお父さんを治癒しないといけないもの」


言っていることはもっともなのだが、そんな事を言われても僕も困ってしまう。失敗した時には、何がどう悪かったのかの分析と、その指摘が出来る客観的な視点と思考が欲しかったのだ。


僕が呆然として母さんを見ていると、エレインが口を開いた。


「エイダ。お母様の指摘はもっともな事だ。私では心許ないかもしれないが、君が第五段階の【昇華】へと至れるようにサポートさせてくれないか?」


「あら、じゃあエイダの事はエレインちゃんにお願いするわね!いい?あの子が力を制御できているか良く見てあげてね?失敗したら、あなたの分かる範囲でいいから指摘してあげてね?」


「はい!お任せください!」


エレインの言葉に真っ先に反応したのは母さんだった。母さんはエレインに軽く助言をすると、エレインは笑顔で返事を返していた。そして、「じゃあ、頼んだわよ!」と言って父さんの元に颯爽と行ってしまった。


唖然として固まってしまっていた僕は、エレインに対して申し訳ないながらも、様子を見ていて欲しいとお願いした。すると彼女は微笑みながら、「エイダなら大丈夫。自分を信じるんだ」と声を掛けてくれた。



 魔獣の群れがここまで到達するまでの猶予は、おおよそあと10分も無いといったところだった。そんな状況の中、僕は新たな段階に駆け昇るため、意識を極限まで集中させていた。


その様子を見守りつつ、制御についてエレインと母さんの友人だという教会の聖女、アリアさんが指摘してくれる。シフォンさんには未だ気を失っているイドラさんの容態を見てもらっており、今は斬り飛ばされた彼女の腕が無いか探してもらっているが、残念ながら今のところ見つかっていない。


また、何故母さんと一緒にアリアさん達が同行しているのかという理由も、時間がないため端的にだが教えてもらった。曰く、父さんと母さんは僕が学院に入学してから共和国内に3ヶ所ある封印の遺跡を全て巡っていたらしい。その過程で遺跡の管理を担っている教会の聖女とコンタクトし、情報交換を行っていたそうだ。


そんな中、教会が保有していた遺跡の扉を開く魔道具が盗み出されてしまい、両親達は慌てて全ての遺跡を回り直す事になってしまったようだ。結果、全ての遺跡の封印が解かれてしまっていることを確認した両親は、一旦教会に戻って各種情報等を洗い直し、共和国の第2王女でもあるシフォンさんの情報網も駆使して、組織が”世界の害悪”の復活を戦争の裏で企んでいる事を突き止め、こうしてグレニールド平原に急行したということだった。


その際、”世界の害悪”が復活し、戦場に甚大な被害が発生した場合に備えて、聖魔術の使い手を同行させ、被害を最小限に喰い止めようという安全策の為にアリアさんとシフォンさんを同行させたということだった。ちなみに、教会とは国を越えた組織となっているらしく、所属や身分を問わず手を差し伸べることを信条としているらしい。


ただ、この平原に来るまでに様々な妨害工作もあったようで、“害悪の欠片”を取り込まされた魔獣達と、嫌になるほど戦わされてきたのだという。


そして、僕の【昇華】の方なのだが・・・


「はぁぁぁ・・・」


「っ!ダメだエイダ!オーラが漏れ出てて制御できてない!」


「エイダ君、もっと肩の力を抜いてリラックスして。全体の精密な制御を気負うあまり、細かい部分がおざなりになっているわよ」


【昇華】に至ろうと試行錯誤を初めてから、ずっとこの調子なのである。圧縮までは比較的簡単にできるのだが、その後の爆発的に膨らむ力を完全に掌握して制御するというのが難しすぎて一向に上達の気配が見られず、最初からずっと同じような指摘を受けている。


(くぅぅ、ダメだ!制御すべき力が膨大過ぎて、細部にまで意識が張り巡らせられない!まるで巨大な図書館に乱雑に積み上げられた本を一瞬で頭文字順に整頓しなさいと言われているみたいだ・・・)


試行錯誤を始めて、既に5分が経過しようとしている。魔獣がここに来るまで、猶予はあと5分程度しかない。そんな焦りからか、これほどギリギリになっても【昇華】に至れる気がしないでいた。


(何かコツさえ掴めればと思うんだけど・・・)


エレイン達の指摘が僕に飛んでくる中、何か切っ掛けとなるものはないかと今までの経験を思い返すように記憶を探った。


(父さんも母さんも【昇華】すると、それまでの闘氣や魔力の色が全く別物に変化していた。言うなれば、別次元の力に進化したってことか?となると、圧縮した力が解放されて爆散する力は、闘氣や魔力とはまた別物の力が働いている?つまり、単に闘氣や魔力を制御するだけじゃなく、そういった新たに生まれでた力も意識して制御しなければならないってことか?)


そこまでになると、あと5分程度でどうこうできるような話ではなくなってしまう。まずはその全く別物の力を認識することから始めなければならないが、あと数分でそれを認識し、あまつさえ完璧に制御するなんて途方もなさ過ぎる。


(ぐっ、そうこうしている内に魔獣の群れがもう視界に入ってきた。ここまであと3分もないぞ・・・)


視線を遠くに向けると、既に魔獣の群れが上げている砂煙が見えるような距離まで近づいていた。それをエレイン達も分かっているようで、先程から彼女達の声には恐怖の為か、若干震えているようだ。


(くそっ!何か、何かないか・・・)


僕は頭を抱えながら、何か閃くものでもないかと周囲を見渡した。そんな時、地面に落ちている小さなガラス瓶が視界に入った。


(あれは・・・イドラさんが僕の怪我を治すために使ってくれた、特級ポーションが入っていた小瓶か?)


ふと見つめたその小瓶について、何となく以前作っていたポーションの知識から、特殊な瓶でなければすぐ効果が劣化してしまうということを連鎖的に思い出す。


(特殊な瓶でないと効果が劣化・・・つまり、聖魔術の効果が漏れ出てしまう・・・いっそのこと、自分の身体をあの瓶に見立てて、解放された力を力ずくで押し止めるのはどうだろう?)


かなり無茶な考えかもしれないが、今は少しでも可能性があるなら賭けるしかない。


そしてーーー


(解放された力を一切外に漏らさず、自分の中に押し止める!!)


解放され、爆発的な勢いでもって拡散しようとする力を、歯を喰い縛って押し止めた。その反動の為か、身体は悲鳴を上げ、激痛に叫び声を上げそうになるが、奥歯を噛み締め、必死に力を自分の内に抑え込んだ。


「・・・エ、エイダ?その姿は・・・?」


僕の身体から漏れで出そうとしている力を押さえ込んでいると、エレインが困惑した声で呟いた。

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