第143話 変化 3

 2年生となった新学期、僕達は教室に集められて、今後の授業内容についてフレック先生から説明を受けていた。


この学院の3年間における大まかな授業の流れは入学当初に聞いているので、今日の説明はその確認の意味合いも濃い。


「分かっていると思うが、2年生からは能力だけではなく、将来の職業を見据えてのコース選択だ!自分の将来進む分野を考えて、騎士コースか文官コースを選ぶことになる!」


教壇に立つ先生は、僕らを見回しながら説明を始めた。


「どちらのコースを選んでも、目指すべきところは一緒だ。騎士コースなら進級までにギルドの武力ランクをDにすること、文官コースも知力ランクをDにすることだ!そして、卒業までにはCランクを目指してもらうってのが本来なんだが・・・」


先生はそこまで言うと、おもむろに僕の顔を見ながら困った表情でため息をついてきた。


「・・・あの、先生?既にランクが目標を越えている場合はどうしましょうか?」


僕は先生が困っている原因について、確認するように手を上げて聞いてみた。


「・・・学院長曰く、本人に任せるとのことだ」


「それはまた、随分と投げやりな・・・」


先生の返答に、僕は苦笑いを返した。


「まぁ、前代未聞の事だからな。在学中にBBランクなんて、もう学院として教えることは無いんじゃないかと頭を抱えてたよ・・・」


「確かに!エイダが騎士コースを希望したところで、いったい誰が教えられるんだって話だよな!」


「ほんと!ほんと!それに、先生の中にはエイダを見下すような対応をしてた人も居るし、背後に居る王族に怯えて、学院を去った先生も居るんじゃない?」


先生の言葉に納得するようにアッシュが大きく頷きながら口を開くと、それに同調するようにカリンも結構辛辣なことを言っていた。


「カリンはんは良い勘しとるで!実際、去年の魔術コースの担任の先生が、新学期前に急に辞表を提出したらしいで?」


情報通のジーアが、カリンの推測にしたり顔で話してきた。


「えっ!?それって本当なの?」


僕は始めて聞く話しに、目を丸くしながらジーアに聞き返した。


「直接の理由までは分からんかったけど、辞めたのはホンマやで!あの先生、去年の対校試合の予選でエイダはんにやらかしとったからなぁ。それに年明け以降、エイダはんを取り込もうと王子殿下と王女殿下が水面下で激しく動いとるっちゅうのは、貴族の間では周知の事実や!本人もヤバイと思ったんちゃう?」


ジーアの推測に、なるほどと納得してしまうが、それも併せていつの間にか貴族の間では、僕に関する情報がそれほどまでに広まり、そのせいで先生が辞めてしまうということにも驚きだ。


「なんだか、僕に凄い影響力があるような感じで戸惑うなぁ・・・」


僕を取り巻く環境の変化について、正直な気持ちを吐露すると、アッシュは苦笑いを浮かべて、肩を窄めながら口を開いた。


「実際エイダはこの国だけじゃなく、他国からも注目の的になってると思うぞ?各国が狙う人材が、影響力無いわけないだろ?」


「いや、他の国にまで僕の話が広がってるなんて、そんな事ーーー」


大袈裟なアッシュの話しに否定しようとすると、ジーアが僕の言葉を遮ってきた。


「いやいや、アッシュはんの言う通りやで?争っとる他国の内情を知るために、諜報員を送り込むなんてどこの国でもしとることや!国内でこれだけ話題になっとる存在に、注目せん訳がない!」


断定するように指摘してくるジーアに、僕は頭が痛くなってきた。いつの間にか僕も両親同様に、大陸中から注目を集める存在になってしまったようだ。


「なるほどね。じゃあエイダに粗相なんてしようものなら、そんな事した人物は、どこの組織にとってもつま弾きに合うって訳ね」


みんなの話を聞いていたカリンは、納得げな表情で頷いていた。そんなカリンの言葉に同意するようにアッシュが言葉を重ねる。


「そういうことだ!是が非でも引き込みたい人物が嫌うような奴を、置いてはおけないからな。それが代わりの効く人材なら尚更だ!」


「・・・な、なるほどね」


正直この国の王公貴族だけでも持て余すような状況に頭を抱えていたのに、それに加えて、大陸中の国々にも意識を向けなければならいない現実を突きつけられ、僕は天を仰ぎたい気持ちだった。


(あ~、何となく父さんと母さんが、あんな人里離れたところで生活してた理由が分かった気がする・・・)


僕は遠い目をしながら現実逃避的な事を考えていると、忘れ去られたように黙っていた先生が『パン!パン!』と手を叩いて皆の意識を自分に向けさせた。


「はいはい、お前ら!雑談はそこまでにして、こっちの話しに戻ってくれ!!」


先生の声に、みんなバツの悪い顔をしながら壇上の先生へと視線を戻した。


「とりあえず、コースの選択に関しては明日までに希望を記入して提出してくれ!」


そう言いながら先生は、みんなの席を回って記入用紙を配ってくれた。ただ、僕に渡された用紙には希望欄のようなものは無く、短めの文章が記載されていた。


「・・・あの、先生?僕に渡されたこの用紙には、『特別コースです』って記載されているんですけど、これって・・・」


今までの説明とは違った内容が記載されている用紙に、僕は首を傾げながら先生に確認した。


「まぁ、自由とは言っても色々とお前さんの扱いは難しくてな。騎士コースを選択されても教えることはないし、文官コースだと、何故あれ程の実力者がってことで外野がうるさくなる懸念があったからな・・・間を取って、どっちの授業にも出席しても良い特別コースを創ったって訳だ!」


僕の質問に、先生は困ったような笑みを浮かべながら内情を教えてくれた。僕としても、選択肢が広がる提案に否はなかった。なので僕は申し訳ない表情をしながら感謝を伝えた。


「色々気遣ってもらっているようで、ありがとうございます」


「そう思ってるなら、ほどほどに活躍してくれ!正直、他のクラスを受け持ってる同僚から、お前さんとの仲を取り持ってくれって五月蝿いんだ!断る俺の身にもなってくれ・・・」


先生はげんなりした表情でそう言うと、隠すことなく大きなため息を吐いていた。どうやら、いつの間にか先生も巻き込んでしまっているようだった。


「それはまぁ、色々とご心労をお掛けします・・・」


先生の様子から、申し訳なく思って謝ると、カリンが口を開いた。


「でも、エイダのお陰でノアである私達に変に絡んでくる人が居なくなったのも事実だし、この際、もっと活躍してもらいたいところね!」


そんなカリンの言葉に、ジーアも同調した。


「ホンマやで!エイダはんのお陰で、ウチの実家における地位は磐石になりつつあるし、ほどほどなんて言わず、ガッツリ活躍したってや!」


2人の盛り上がりに、更にアッシュまで乗っかってきた。


「もう行けるとこまで行って、俺達みたいなノアに対する考え方を覆してやってくれ!!」


3人は満面の笑みを浮かべて、僕の活躍に期待しているようだ。そんな皆の表情からは、どこか晴れ晴れとしたような雰囲気が感じられる。


おそらくは、今までノアとして生活してきた中で溜め込んできた周囲への鬱憤が相当あったのだろう。さっきの魔術コースの先生が学院を辞めた話といい、自分達に対する周囲の対応が変わった話といい、一年前と比べると、明らかにみんなの表情は生き生きと明るくなっていた。


そんな僕達の様子に、壇上の先生は苦笑いを浮かべながらポツリと呟いていた。


「ほどほどにな?ほどほどに・・・」



 今日の授業は午前中で終了だった。基本的に2年生で行う授業の方針と目的の確認で、騎士コースにしても文官コースにしても、今までよりも専門的な授業を行いつつ、ギルドの依頼をこなしていって、一人前として力を認められるDランクを目指すということだ。


ちなみに僕については、月に一回ギルドの依頼を達成すれば良いという事になり、そんなに簡単で良いのかと首を傾げたが、先生は苦笑いを浮かべながら、僕には指名依頼が入る可能性があるので、依頼を探さなくても良いかもしれないぞと、何か知っているような口ぶりで教室をあとにした。



 そうして授業が終わって寮へと戻り、4人で食堂に集まって昼食を食べた後、ジーアが口を開いた。


「そう言えば、今年からこの学院に公爵家の令嬢が通うことになったって知っとる?」


「あぁ、聞いてるぜ。確か国王陛下の弟の娘さんだよな?」


ジーアの話しに、アッシュはその人物の事を知っているようで、国王との関係性まで口にしていた。さすがに侯爵家だ。


「そうや。何でも本来は、家庭教師を付けることで学院には通わへんハズだったのに、急に学院に通いたい言うて、学院長も大変だったらしいで?」


「ふ~ん、何がそんなに大変だったの?別に学院に通うだけでしょ?」


ジーアの内情の話しに、カリンは良く分からないといった表情をしながら疑問を口にしていた。その疑問は僕も思うところで、相手が公爵令嬢といえども、別に生徒が一人増えるだけで何をそんなに大変なことがあるのだろうか想像がつかなかった。


「問題は警備体制や言うてたなぁ。何せアッシュはんの言うように、相手は国王の弟の娘で、かなり王族に近しい立場やし、そんな人物にもしもの事があってみい?責任問題になるやろ?」


「なるほどね~。じゃあ常に護衛の騎士を側に置くように手配しているとか?」


ジーアの話しに僕は、あり得そうな解決策を口にしてみた。


「学院はそうしようとしてたらしいで?女性騎士を手配して護衛に置くように進言したらしいんやけど、当の公爵令嬢はんが、そこに注文をつけたらしいわ」


「へ~、どんな注文だったの?」


カリンが興味深げに先を促すと、ジーアはバツの悪そうな表情を浮かべながら口を開いた。


「う~ん、残念ながらそこまでは分からんかったんよ。ただ、その注文が無茶難題だったのか、学院長が頭悩ませとるいう話や」


公爵令嬢なんていう人種とは縁はないが、学院長をそこまで悩ませる注文をする人物なので、よほど我が儘な人なのかと勝手に想像してしまった。


「俺は直接の面識はないけど、聞いた話じゃ、あんまり自己主張のない大人しい人物だって噂なのに、いったいどんな無茶を言ったんだろうな?」


「そうなの?何て名前の人なの?」


アッシュの言葉に、カリンは公爵令嬢の名前が気になったようだった。


「確か、キャンベル公爵家のミレアって名前だったはずだ」


「へ~・・・んっ?」


アッシュの言葉に、どこかで聞いたことがある名前だと思って、僕は記憶の糸を辿った。


(・・・侯爵家・・・ミレア・・・あれ?もしかして・・・)


僕はまさかとは思いつつも、同時にそんなわけ無いだろうと頭を振って、その考えを思考から消し去った。

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