第七章 公爵令嬢襲来

第141話 変化 1


side ジン・ファンネル&サーシャ・ファンネル



 “世界の害悪”が封印されている遺跡を巡り、その状態を確認した2人は、状況の報告のためにレイク・レストの聖女マリアの元を再び訪れていた。


「それで、他の遺跡の封印はどうでしたでしょうか?」


以前と同じ教会の一室に案内されると、そこには聖女マリアと聖女見習いのシフォンが待っていた。応接用のテーブルに着くと、マリアは来客用の口調で早速本題を切り出した。


「マリアの言っていた通り、聖杖と聖剣を使用した遺跡の封印は少し心配な状況だったわ」


「そうですか、やっぱりジン様が造られた剣でなければ難しいですか・・・」


「いや、実はそうとも言いきれない状況なんだ」


サーシャの言葉に落胆した様子を見せるマリアに対して、ジンは追い討ちをかけるように遺跡の状況について口を開いた。


「・・・それはどう言うことでしょうか?」


「俺の剣で封印されていた遺跡なんだが、確かに世界の害悪の存在自体は問題なく封じているようだった。ただ、サーシャの見立てでは瘴気と言うべきか、“世界の害悪”の悪意の様なものが漏れ出ているようなんだ。おかげで、これから俺達も少し忙しくなりそうだ」


「悪意・・・ですか?サーシャ様、それは現実において何か悪影響を及ぼすものなのですか?」


マリアの問いかけにサーシャは重々しく口を開く。


「推測かもしれないけど、害悪の欠片の力を更に高めるような気がするわ」


「力を更に高める、それって・・・」


サーシャの言葉にマリアは、青い顔をしつつ、何かに気づいたような視線を2人に送った。その視線に頷くように、ジンが口を開く。


「あぁ、俺達は例の遺跡にて害悪の欠片を使用したと思われる2体の魔獣に遭遇した。以前討伐した個体よりも更に強力になっていてな、エイダの協力がなかったらヤバかったかもしれん」


「お2人がそれほどまでに言う魔獣ですか・・・それは驚異ですね。しかしエイダ様・・・お2人のご子息様ですね?では、ご子息の実力はそれほどまでに力を付けてきているという事なのですか?」


「そうね、ようやく魔力と闘氣の力の制御が出来てきたといった感じね。あとは更に精度を高める必要があるけど、私達が教えるよりも自分で色々な経験をした方が良いと思うわ」


マリアは希望を見つけたような表情をしながら2人の息子の実力について確認すると、サーシャは自分の子供の力を信じているような口調だった。


「ですが、それほどまでに力を付けているということは、各国の為政者達が黙っていないのではないですか?特に制約があるわけでも、どこかに所属しているわけでもない彼を巡って、争いが起きても不思議ではありません」


マリアは2人の話から、起こりうる未来を指摘するが、ジンもサーシャもマリアの言葉に特に心配した考えはなかったようだった。


「確かにそうかもしれんが、自分の人生は自分で決めるべきだからな。俺達がかつて剣神や魔神なんて言われてた事ももう伝えたし、息子にちょっかいを掛けてくる奴らに対して俺達が動く事は今のところ無い」


「まぁ、どうしても困った状況に陥れば、親として手助けはしてあげるけどね!」


どうやらジンは教育に関して放任主義なようだが、サーシャは過保護気味なようだった。そんな彼らの会話に、ずっと聞き役に徹していたシフォンが口を開いてきた。


「あの、それではジン様もサーシャ様も、仮にエイダ様が貴族になろうとも介入するつもりは無いのですか?」


「まぁ、そうだな。各国との協定は、子供には及んでないしな。それに、あいつの想い人の家柄を考えると、貴族になりたいと考えるかもしれんしな・・・」


ジンは腕を組ながら、遠くを見るような様子で、ある情景を思い浮かべているようだった。そしてそれは、サーシャも同様だった。


「確かにそうね。でも、貴族としてやっていくなら、知識の面ではまだ不安が残るけど、きっとあの子なら大丈夫よね・・・私の息子だし!」


「・・・なんかその言い方だと、俺はあんまり頭が良くないようにも聞こえるんだが・・・」


サーシャの最後の言葉に敏感に反応したジンが、頬を引き攣らせながら確認するように訴えていた。


「え?もしかしてあなた、自分は頭脳明晰だとでも思っているの?あのお金使いが荒くて、計画性ゼロで、借金まで背負っていたあなたが?」


サーシャはジンの言葉に対して、目を丸くして大袈裟に驚いて見せていた。


「うぐっ!そ、それと頭の出来は違うんじゃないか?」


「自分の今の行動の結果が、未来にどう影響するのか、という先が見えていないのよ?そんな人の頭が良いって思うの?」


「・・・すみませんでした!」


2人のいつものやり取りにマリアは呆れた表情で見守り、話題を振ったシフォンは申し訳なさそうな表情をしながらも、エイダが貴族になろうとも構わないと言う部分を、しっかりと心に留めていた。




side オーラリアル公国


 ここは魔術を国是とするオーラリアル公国の王城の一室。この部屋は公国の最高権力者である大公が、重要な施策を決めるために使う部屋である。


「それで、シヴァの息子の実力については確認がとれまして?」


テーブルの最奥にて、扇で口元を隠すように鎮座する女性が、この部屋に集った5人の面々に視線を流しながら口を開いた。彼女こそ、この国の大公たるマグリア・フォン・ベルクス・オーラリアルその人である。


「はっ!共和国に潜り込ませている諜報員の報告によりますと、彼は単独でドラゴンを圧倒する程の力を有しているということです」


大公の質問に答えたのは、この国における情報部門の長だった。職業柄、顔を晒すことはなく、常に外套のフードを目深に被っていて、その正体は謎に包まれている。


「やはり魔神の息子も、また魔神足りうる力を有していたということですか・・・」


情報部門の長の言葉に反応したのは、この国での政策実務を務めている内務卿だ。よわい既に60を越えるも、眼光鋭い紳士然とした男性だ。


「聞いた話では、彼は魔力も闘氣も扱えるため、共和国ではノアと称されて侮蔑される存在のようです。それならば、上手く我が国に取り入れられませんか?」


エイダの力を取り入れたいと主張するのは、この国の軍務を司っている軍務卿だ。40過ぎの彼ではあるが、未だ若々しい外見を保っており、女性との噂に事欠かない人物でもある。


「しかし、闘氣も扱えるとなると、我が国の国是に反しますし、何より国民感情が許しますまい」


軍務卿の発言に否定的な意見を述べたのは、この国の財務を担当する財務卿だ。記憶力や計算の素早さが求められる部署であることからか、彼はまだ30代と若い。


「皆さん、彼の年齢等を考えますと、我らが動くということはシヴァ様も動くということになりましょう?リスクを考えれば、ここは静観した方が得策ではないでしょうか?」


積極的に動くべきでないという提案をしたのは、外交を司る外務卿だ。各国の貴族や王族との交渉も担う彼は50代で、その雰囲気は歴戦の猛者のような佇まいがあった。


「ふむ、外務卿の言葉も一理あるな。シヴァは我が姪であったとはいえ、大人しくこちらの言う事を聞くことはありえん。ならば、軍事バランスの面で注意すべきは、彼に対する共和国と王国の軍の動きとなろう?」


大公は扇を勢い良く閉じると、注意すべき点を周知した。魔神と謳われた存在が、大公の姪だったことは周知の事実で、その繋がりから、彼に交渉を持ち掛けられないかと考える者もいたが、その発言がされる前に大公は先手を打って指摘した。


「大公陛下の懸念は最もでしょう。彼が各国との争いに対してどのような考え方を持っているのか、また、グルドリア王国の動きについても、我が情報局の方で早急に確認いたします」


「頼みますよ?」


「お任せを」



 こうしてオーラリアル公国は動きだし、彼を巡る争いが水面下で始まろうとしていた。そしてそれは、グルドリア王国も同様だった。




side グルドリア王国



 ここは剣武術を国是とする、グルドリア王国国王の執務室。ここに2人の人物が密談を交わしていた。


1人はこの部屋の主であり、この国の国王、インドラ・ガージュ・グルドリアだ。60を超えた国王は白髪混じりの茶髪で、老紳士といった出で立ちをしているが、未だに服の上からも分かるほどの筋肉の膨らみが見てとれる。


国王が座る執務机に対峙しているのは、この国の宰相だ。国王と同年代に見える彼は、金髪をオールバックにし、神経質そうな顔をしている。


「それで、共和国に居るトールの息子の実力は本物なのだな?」


机に肘をつきながら、口元を隠すように手を組む国王は、対面する宰相に確認するように口を開いた。


「はい。共和国に忍ばせている情報員からの報告では、彼はドラゴンをも個人の力で圧倒したということです」


国王の問いかけに、宰相は神妙な面持ちで頷いていた。


「・・・トールには昔、闘氣の扱いについて直接指導したことがある間柄だかなら、上手いことあいつの息子との仲を取り持って欲しいところだが・・・」


国王は自らの考えを呟くように発すると、宰相はその言葉に敏感に反応した。


「ですが陛下、彼は魔術も扱えてしまいます。いくら実力があると入っても、我が国に取り込もうとなれば、国是に反する存在を国民は認めますまい」


「むぅ・・・しかし、トールとあやつの嫁との協定は息子には及んでおらん。力関係を考えれば、共和国に差をつけられるわけにはいかん。それこそ、公国があやつの息子を取り込むような事になれば、動かなかったことに対する非難が上がるかもしれんぞ?」


国王は眉間に皺を寄せながら、難しい表情をして、各国とのパワーバランスについての懸念を口にした。


「陛下の心配も理解できますが、我が国の事情と同じく、さすがに公国が彼を取り込むのは難しいでしょう」


宰相は国王の言葉に理解を示しつつも、公国の国是の事を指摘して、杞憂ではないかと国王を諌めた。


「それは分かっておるが、調べぬ訳にもいかんだろう?」


「では、共和国に滞在している情報員に、早急指示を送りましょう。公国の情報員の動きに注視せよと。併せて、彼の国や戦争に対する考え方にも探りを入れてみましょう」


「そうだな。くれぐれも強引な手法は使わせるなよ?下手に動いて、トールが出張ってくると厄介だからな」


「重々承知しております。確か今は名前を変えて、ジンと名乗っているようですから、その人物の怒りを買わないように周知徹底いたしましょう」


「うむ、頼んだぞ」


宰相の言葉に国王は満足げに頷くと、宰相は雰囲気を変えて別の話題を切り出した。


「ところで陛下、例の遺跡近くの国境付近で、少しばかり騒動があったという情報が届いたのですが」


「騒動だと?何だ?共和国の者共が資源採取に気を取られて越境でもしたか?」


宰相の話に、国王は思い付く事態を口にしたが、宰相はゆっくりと首を振って否定した。


「いえ、それが見たこともない魔獣が現れたらしいのです」


「魔獣だと?」


「はい。情報によれば、不可思議な闘氣に酷似するオーラのようなものを纏っていたということで、どのような攻撃も効かず、周辺住民は蹂躙されたと記されておりました」


「なに?それで、その危険な魔獣はどうなったのだ?」


宰相からもたらされた情報に危機感を露にした国王は、その魔獣の行方についての報告を求めた。


「申し訳ありません。報告では見失ったとなっておりまして、目下その魔獣の行方を全力で捜索するように指示しているところです」


「そうか・・・では、続報が入り次第すぐに報告せよ!」


「はっ!畏まりました」


「しかし、そのような魔獣が何故急に・・・」


国王は共和国との国境付近に突如として現れた魔獣について考え込んだ。そんな国王の様子に、宰相は「未確定の情報」という前置きをしながらも、推測を述べた。


「共和国が害悪の欠片を研究して、人為的にそのような強力な魔獣を造り出しているのではないかと懸念する情報がございます」


「なんとっ!あれは各国との取り決めで、全て破棄と決まったはずだが!?」


宰相の言葉に、国王は怒りに打ち震えながら怒声をあげた。


「まだ確証はありませんが、共和国の研究施設のような建物に、救済の光とおぼしき人物の出入りがあったようなのです」


「あの破滅主義者の考え無しどもか!!そんな者達と共和国は協力関係にあるというのか!?」


次第に興奮して顔が真っ赤になる国王を宥めるように、宰相は両手を開いて胸の辺りで前後に動かした。


「お、落ち着き下さい陛下!最初に言ったように、まだ未確定の情報なのです!今後は更に精度を上げた調査を予定しております!」


「はぁはぁはぁ・・・ならばそちらは最優先で調査させろ!大至急だ!」


「はっ!畏まりました陛下!」


国王の命令に恭しく頭を下げる宰相の口元は、三日月の様に歪んでいた。

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