第138話 舞踏会 8
国王との謁見を終えると、僕はしばらくの間、待合室で待たされていた。3人ものメイドさんが紅茶を入れたりお菓子を出してくれたりと対応してくれるのだが、正直終わったのなら帰りたいなと思い始めていた。
『コンコン!』
すると、待合室の扉がノックされた。誰が来たのだろうとそちらに視線を向けると、メイドさんが素早く来客者の対応をしてくれた。
「ファンネル様、フレッド第一王子殿下が面会を求めておいでですが、いかがいたしましょうか?」
対応してくれたメイドさんが、僕の承諾を確認しようと駆け寄ってきた。さすがに相手が相手だけに断るわけにはいかないだろうと、面会を了承することにした。
「分かりました。お会い致しますので、お願います」
「畏まりました」
メイドさんは僕の言葉に恭しく頭を下げると、扉の方へと戻っていった。その後ろ姿を見ながら、僕がここで待たされていた理由が分かった気がした。
「失礼する!」
大きな声と共に謁見の間で顔を見た、耳まで掛かる銀髪に、男性にしてはかなり整った顔立ちの王子が入ってきた。その後ろからは護衛なのだろう、2人の近衛騎士も続いて入室してきている。僕は紅茶を飲んでいたテーブルから立ち上がると、王子に向かって深々と腰を折って挨拶をした。
「お初にお目にかかります王子殿下。私はエイダ・ファンネルと申します」
先程の謁見の間で顔を合わせてはいるが、言葉を交わすのはこれが始めてなので、初対面の挨拶を行った。
「うむ!私はクルニア共和国第一王子、フレッド・バーランド・クルニアだ!気軽にフレッドと呼んで欲しい!」
笑顔と共に右手を差し出され握手を求められるが、本来貴族の間で握手とは、対等な者同士の間で行われるものであると学んでいたので、王子の手を取ろうか躊躇ってしまった。そんな僕の葛藤を察してか、王子は躊躇う僕の手を奪うように取ると、更に左手を上から重ねられてしまった。
「よろしくな!エイダ君!!」
「よ、よろしくお願いします、フレッド殿下」
遠慮気味に返答を返す僕に、王子は白い歯を見せながら笑顔で応えていた。
挨拶を交わしてからテーブルにつくと、王子の席の背後に2人の近衛騎士が直立不動の姿勢で待機し、メイドさん達が即座に紅茶とお菓子を準備しつつ、僕の紅茶も入れ直してくれた。
「エイダ君、君の噂はかねがね聞いていたが、先程の謁見の間での出来事を見て確信したよ」
王子は紅茶で口を湿らすと、そんなことを言ってきた。おそらくはルドルフさんとの立会いについての事だろう。そして、それを話題にするということは・・・
「殿下は、何を確信されたのでしょうか?」
「むろん、君の力はこの国の更なる発展の為に必要だと言うことだ!」
予想していた返答に、僕も予め用意していた問いを返す。
「それは、戦いによって得る発展でしょうか?」
「ふむ、確か君は妹と既に面識があったのだったな。であれば、私の考え方も妹から伝わっているだろうが、正しく伝わってはいないようだ」
僕の質問に王子は一瞬眉を潜めたものの、すぐに口角を上げながら王女の言葉を否定してきた。
「・・・では、フレッド殿下の考えとはどのようなものなのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「勿論だ!」
僕の言葉に笑顔で王子は頷くと、再び紅茶で喉を潤してから口を開いた。
「そもそも私は、積極的に戦争を仕掛けようなどとは思っていない。それはあくまで手段の一つであって、目的ではないのだからな!」
「それは確かにそうでしょうね。目的はお二方とも、今よりもこの国を豊かにすることでしょうから」
「そうだ。しかし、我が国の置かれている現状は、綺麗事だけでは済まない部分も抱えているのだ」
残念そうな表情を浮かべる王子に、僕は理解したというように頷いて見せた。綺麗事だけで国の運営が成せるのなら、最初から他国と戦争なんて起こらないからだ。
「現状、我が国が諸外国と抱えている争いは、大きく纏めると3つある。思想・資源・技術だ!」
王子は僕の目の前に指を3つ立てて、この国が抱えている問題点を挙げてきた。正直、部外者と言っても差し支えない僕が、国の重要と思われる情報を聞いてもいいのか躊躇うところだが、王子は気にすることなく話を続けた。
「思想の話は君も知っているだろうが、この大陸における3つの国は、それぞれに違った思想を掲げているのだ。剣武術を是とするグルドリア王国、魔術を是とするオーラリアル公国、そして両方を受け入れるべきとする我がクルニア共和国だ」
「はい。その話は聞いたことがあります。その思想の違いもあって、国同士の争いが絶えないという事も」
思想については幼い頃から両親に聞いているし、最近もティナから借りた書物に書いてあったものだ。
「そうか。では、資源については知っているか?」
王子の質問に、ティナから学んだ事を必死に思い出す。
「確か、3つの国をそれぞれ分断するように聳える2つの山脈からは、貴重な鉱石が産出されるのだと聞いています。その貴重な鉱石を巡っての争いもあるのだとか・・・」
「そうだ!この大陸にあるダグル山脈とサザビーク山脈は、山頂を基準として国境を別けているのだが、大陸中央に位置する我がクルニア共和国は、2つの山脈の資源の恩恵を受けられる場所に位置しているのだ。他国はそれが気に入らないようで、それぞれの国からは、採掘した鉱石の2割を差し出して平等を図るようにという打診が、昔から再三に渡り来るのだよ」
「な、なるほど、それは頭の痛い問題ですね」
王子の話に思わず苦笑いを浮かべてしまう。地理的な関係上、この国は他国と比べて資源が豊富な現状に、他の2か国は懸念を抱いているのだろう。
とはいえ、クルニア共和国としてもわざわざ採掘した資源を寄越せと言われ、はい分かりましたと差し出しては国家の威信に関わってしまう。そんなことをしてしまえば、最悪この国は他国よりも下に見られ、従属関係を強いてくる可能性すらあるかもしれない。
「最後に技術だが、エイダ君は我が国の技術についてどれだけの事を知っている?」
「すみません、正直に言って技術の事に関しては、ほとんど知識がありません」
王子の質問に僕が正直に答えると、彼は納得げに頷きながら口を開いた。
「まぁ、技術については国の重要な情報だからな、それが普通だろう。私でもそれほど深く知らされてはいないのだが、我が国は魔力を扱える人材、闘氣を扱える人材、そして豊富な資源を有している。結果、他2か国と比べ、魔道具等を作り出す技術が頭一つは抜きん出ている状況だ」
「な、なるほど、他国はこの国の技術をも狙っていると?」
「うむ、そうだ。豊富な資源と、先進的な技術を手っ取り早く手に入れるには、エイダ君はどうすることが一番だと思う?」
王子は僕の事を試すような視線を向けながら、そんな質問をしてきた。
「・・・手っ取り早くという条件を付けるならば、奪い取る・・・でしょうか?」
「まさにその通りだ!その為の戦争を事ある毎に我が国は仕掛けられている、というのがこの国の現状なのだ」
「な、なるほど・・・」
王子の力説に、納得気味に頷く僕を見たからか、彼は更に言葉を重ねてくる。
「私とて、好き好んで戦争を推進しようと考えているのではない!基本的に我が国は、他国から戦争を吹っ掛けられる側なのだ。しかし、いつまでも受け身の姿勢を続ける訳にはいかぬ!逆に我が国からも攻勢を仕掛けることで周辺国を威圧し、戦争を仕掛けられる可能性を減少させられると考えている!」
「・・・・・・」
王子の言葉に、僕はしばらく黙考した。以前、王女から聞いていた話よりも更に深い事情まで話しを聞いた事から、色々とその言葉の意味を読み解いて考える必要があったからだ。
確かに王子の考え方も一理ある。資源はどの国にとっても重要で、それを場所柄、潤沢に有するこの国は、他国にとってみれば目障りで妬ましいのだろう。平和的に考えれば、貿易等をすることで資源を金銭に変えて売却すればいいと思うのだが、おそらくはそこに思想の違いが絡んできて上手くいかないのだろう。
(たぶん思想の違いから、それぞれの国はお互いに相手を見下し合っているんだろうな・・・だから交渉するにも下手に出ることはなく、結果、争いで決着を着けようとしているってとこかな?)
そうすると、王子のこちらから争いを仕掛けて相手を威圧するという手段も理解できないことはない。結局争うことになるならば、力を示して相手が攻め込んでこないように威嚇しておく、それはまさに規模が違うだけで、今僕がしようとしている事と同じような考えだ方だろう。
(共感できる部分も確かにあるが、王女の言うような平和的解決策があるなら、やはり僕はそちらを選びたいな・・・)
今の自分の行動と矛盾しているようだが、理想と現実は必ずしも一致してはくれない。ただ、だからといって理想を追い求めることを止めてしまうのも違う気がする。
(父さんと母さんは2人で平穏に暮らしたいという理想を実現するために、およそ平穏とはほど遠い道のりだったらしいけど、結局最後は理想を押し通したんだもんな・・・)
平穏を求めた結果、各国の暗殺者や騎士団を返り討ちにしたと言っていたが、両親は理想を押し通すだけの実力があった。そして、もしかしたらそれは僕も同じかもしれない。自分の持つ力をもってすれば、理想を押し通すことは可能だろう。
しかし押し通した結果、周囲から疎まれるのは僕だけではないかもしれない。せっかく出来た友人であるアッシュやカリン、ジーア、そして大切に想うアーメイ先輩にまでその影響が及ぶ可能性も十分ある。だからこそ僕は、もっとよく考え、もっと色々な事を知った上で決断する必要がある。
しばらく考え込んでいた僕を、王子はじっと見つめながら待ってくれていた。そして僕が王子と視線を合わせると、僕の思考が終わったと察したのだろう、彼は口を開いた。
「それで、私の話を聞いてエイダ君はどう思ったかな?」
「・・・王子殿下の考えは、確かに理解できます。降り掛かる火の粉を払い除けるだけでなく、そもそも火の粉が降ってこないようにする。とても合理的な考え方です」
「ありがとうと言っておこう。・・・しかし、エイダ君は私の考えには完全に共感できない、ということかな?」
僕の言葉に王子は、鋭い視線を向けながら確認してきた。
「そうですね・・・僕はまだ、平和的にという理想を捨てるには知らないことが多過ぎると考えています。そして、結論を出すのはそれからでも良い、とも思っています」
「しかしそれでは争いが続いてしまうぞ!一刻も早く安定した平和をこの国にもたらすには、エイダ君、君の力が私には必要なんだ!!」
王子はテーブルから立ち上がると、興奮した面持ちで、僕に面会を求めてきた目的を声高に言い放ってきた。
「王子殿下にまったく協力しないということは無いですよ?僕も自分の平穏が脅かされるなら、有事の際にはお力になろうと考えています。ただ、今すぐに自分の立場を明確にするだけの判断材料が足りないのです」
僕が王子に向かってキッパリと言い放つと、後ろで控えていた近衛騎士の2人が、怒気も露に腰に提げている剣の柄を握っていた。どうやら僕の物言いが不敬と取られたようだ。
「よせっ!!」
その事を敏感に感じ取ってか、王子は片手を挙げて後ろの近衛騎士達の動きを制した。
「し、しかし殿下、こ奴の不遜な態度といい言葉といい、この国を憂う殿下に対して、あまりにも失礼極まりないかと存じます!」
「そうです!即刻捕縛し、然るべき処分を与えるのが良いかと!」
近衛騎士は僕に睨みを利かせながら、王子にそう助言していたが、彼は表情を変えることなく騎士達に冷たい声で言い放った。
「私は止せと言った。次はないぞ?」
「「っ!!」」
王子の気迫に騎士達は怒気を収め、剣の柄から手を離した。
「失礼したエイダ君。彼らはこの国を思うあまり、感情が昂ってしまったのだ。許して欲しい」
近衛騎士の言動に、王子が代わりに頭を下げてきた。その様子に顔を青くしたのは騎士達だった。
「で、殿下!なりません!頭をお上げください!!」
「我らの言動が引き起こしたことであれば、我らが謝罪するのが道理!殿下が頭を下げてはなりません!!」
必死に王子の頭を上げさせようとする騎士達を無視するように、彼は頭を下げたままだった。
「・・・殿下、謝罪を受け入れますので、頭をお上げ下さい」
真摯な王子の様子に、僕はテーブルを立ち上がって彼に近づくと、ゆっくりと上体を起こさせた。それに対して騎士達は何とも言えぬ表情をしていたが、王子の手前、動くことはなかった。
「そうか、感謝する。ルドルフとの立ち会いを見て、君と敵対しようなどと馬鹿げた事は考えていない。もし君がこの国の事、世界の事を知り、私の考えに賛同してくれるというのなら、いつでも歓迎しよう!」
王子はそう言うと、再び笑顔で握手を求めてきた。
「分かりました。先ずは色々な事を知りたいと思っていますので、結論を出すのはそれからということでお願いします」
そう言いながら、王子の手を握り返した。
「ではそれまでに、私の考えこそがこの国を繁栄に導くと知ってもらえるよう努力しよう!」
そうして王子は、連れてきた近衛騎士達と共にこの部屋を去っていった。
(はぁ・・・何だか段々、考えなきゃならない事が増えていってるような気がするなぁ)
こうしてまた一つ、僕の心労の種が増えたのだった。
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