第113話 遺跡調査 8

 エイミーさん達が盗賊から聞き出した彼らの拠点は、僕達が野営をしていた場所から1㎞程離れた場所にあるのだという。


何故そんな場所に彼らが拠点を構えているかというと、どうも僕達が野営していたあの場所の付近は、次の街まで行く際に、殆んどの人達が休憩のための野営地として利用するらしく、手前の街で見繕った目標を尾行などして監視しなくても襲える絶好の場所なのだという。



 僕達は今、武装を整えて彼らの拠点付近まで接近している。ちなみに、盗賊達の死体が転がっている場所を避けるように進んでいるので、エイミーさん達は僕と先輩に気を使ってくれているようだった。


今回僕は剣だけでなく魔術杖も腰に差して、どんな状況でも対応できるようにしておいた。先程、盗賊達を無力化している際に感じたのは、あの紫のオーラではまだ実践で使えないという感想だ。


というのも、相手が人間であり、殺すことなく無力化するには精密な動きが必要なのに、倦怠感や頭痛のせいでそういった細かな動きができないのだ。ただ闇雲に突っ込んで弾き飛ばすのはできるが、それではどうしても打ち漏らしがあったり、完全に無力化が出来ていないという欠点もあるので、今後はもう少し運用方法を考えて使用する必要がある。


盗賊の首領はAランクの実力の持ち主だということなのだが、エイミーさん曰く、近衛騎士団長であるエリスさんとランクは一緒ということなので、ドラゴンが相手でもなければ、今まで通りの闘氣と魔術の別々の運用で問題ないだろうと考えた。



 そんなことを考えながら林を進んでいくと、前方から人の気配を感じ取った。そのことを皆に伝えると、より慎重に歩みを進めながら、とうとうログハウス風の建物が見えてきた。


「・・・ここ、ですかね?」


100m程離れた場所で、木の影に隠れながらエイミーさん達に問うと、「おそらく」という返答が返ってきた。既に陽は完全に昇っており、視線の先にはかなり大きめに造られている平屋のログハウス風の建物と、その周りにいくつかの大きめな天幕が設置されている。少し離れた場所には竈や水場のようなものが設置された場所もあるので、ここが何らかの拠点であることは間違いないだろう。


問題は、ここが本当に盗賊達の拠点なのかということだ。認識している気配は30人弱で、見張りらしき男が6人程武器を構えながら歩き回っているのが見える。意外と装備は整っており、その外見から一見して盗賊かどうかは分からない。とはいえ、一目見ただけで盗賊とわかる格好をするはずもないだろうと考え直した。


拐われて捕らえられているという女性達がどこにいるのかは分からないが、早く助けなければならない。セグリットさんから、盗賊に拐われた女性は身体の自由を奪われ、慰みものにされる可能性が高いので、手遅れの場合は心が折れて廃人のようになってしまう人もいるのだという。その為、なるべく早急に助け出して、心のケアをすることが必須だ。


「では、事前に話していたように、僕が今から5分後に正面から陽動を掛けますので、アーメイ先輩とエイミーさんは左から、セグリットさんは右から天幕を確認していって、拐われた人の救出をお願いします」


「危険な役を押し付けるようで申し訳ありません。どうかご武運を」


「君なら大丈夫だと思うけど、無理はしないで欲しいんですけど」


僕の言葉にセグリットさんとエイミーさんはそう言い残して動きだした。


「エイダ君、君の実力は信じているが、決して無茶はしないでくれよ?」


アーメイ先輩は僕の手をぎゅっと両手で包みながら、心配そうな眼差しで覗き込んできた。


「大丈夫ですよ。相手がドラゴンでもない限り、僕は負けませんから」


先輩の不安を払拭するように、笑いながら自分の実力をそう表現すると、先輩も肩の力が抜けたように不安な表情は消え去った。


「ふっ、そうだったな。気を付けるんだぞ?」


「はい。先輩も気を付けてください」


そして先輩も去った後、手元の懐中時計を確認し、皆が散開して配置につけたであろう5分後、僕は動き出した。



「こんにちわ~!!」


 僕は木の影から出て、見張りらしき人達に自分の存在をアピールするため、ニコやかに片手を振りながら大声を出して彼らの拠点に近づいた。


「はっ?えっ?な、何者だ!?」


あまりにもあっけらかんと挨拶し過ぎたのか、僕の姿を認めた男は一瞬虚を突かれたように唖然としたが、すぐに武器を構えて警戒しながら僕の正体を誰何すいかしてきた。見張りをしていた他の5人も同様に、その視線は一斉に僕へと注がれている。


「僕ですか?わざわざこんな人目から隠れるような拠点で生活している場所に来てるんですから、盗賊達を一掃しに来た・・・正義の味方ですかね?」


咄嗟に何者だと聞かれても、何と返して良いか思い付かなかったので、この状況にあって相手を挑発しそうな言葉を選んで投げ掛けてみた。もし彼らが盗賊でなかった場合は、少し怒られる位の笑い話で終わるだろうとも考えた結果だ。


「はぁ?テメェ、頭おかしいんじゃねぇか?お前みたいなガキが俺達をどうこうできるとでも思ってんのか!?」


「えっと、それはつまり、自分達が盗賊なのは否定しないということですか?」


見張りの一人の返答に、確認するように聞き直した。


「バカが!おいっ!全員起こせ!!こんなガキが一人で来るわけねぇ!必ず周囲に仲間がいるはずだ!全員警戒体制を取るように伝達!それと、ボスに報告だ!」


「「「了解っ!!」」」


見張りのまとめ役なのだろう、その男の指示によって3人が一斉に天幕や建物に飛び込んで大声を上げているのが聞こえてきた。漏れ聞こえるその声の内容に、彼らが盗賊の一味であることは間違いないようだった。


(まぁ、そもそもエイミーさん達がさっきの盗賊達を尋問して確認しているらしいから間違いなかったんだろうけど、万が一っていうこともあるしね)


盗賊であるという確認が取れたことに安心して、僕は剣を抜き放って闘氣を纏った。それを見た残った3人の内2人が闘氣を、1人が魔術杖を構えて魔術を発動しようとしていた。


「忠告しておきますけど、この拠点にいる全戦力を集結させて掛かってきてください!でないと、相手になりませんよ?」


僕は剣を正眼に構え、最初から見せているニコやかな表情を崩すことなく彼らにそう言い放った。すると、3人は嘲笑するように笑いだした。


「ははっ!こいつイカれてやがるぜ!」


「バカが!こっちは30人以上居る上に、俺らのボスはAランクだぞ!」


「ふん!お仲間の実力に自信があるのか知らねえが、そいつらが来る前にお前はあの世だっ!」


3人の罵声が終わるやいなや、魔術師から球状になった火魔術が飛んできた。しかし、込められた魔力量も形状変化もお粗末で、僕にとっては目眩ましにもなりはしない。


「・・・シッ!」


僕は“人剣一体”の状態で、闘氣を纏わせた剣で飛来してくる魔術を斬ってみた。以前、父さんが母さんの魔術を斬ったことがあると聞いた事があり、何となく出来そうな気がしたので試してみたのだが、袈裟斬りにした火魔術は、斬ったというよりも、剣速で掻き消えてしまったと表現した方が正しい様子で消滅した。


(う~ん、思ってたのと違うな・・・魔術の威力が弱すぎたからか?)


結果に首を捻っていると、その様子を見ていた3人は大口を開けながら目を見開いていた。特に実際に火魔術を放っていた魔術師は、驚愕の表情で固まっていた。


「なっ?は?ど、どうなって・・・」


「なんだ?いったいどうなってやがるんだ!?」


「・・・ありえねぇ・・・」


男達は目の前の事が理解できなかったようで、しばらく動けないようだったが、ようやく絞り出した言葉は、現状認識も出来ていないような言葉だった。そんな彼らの動揺がこの拠点に広がっていったからか、天幕や建物からゾロゾロと人が外に出てきてこちらの様子を伺っていた。


(あくまでも僕は陽動だから、派手に騒ぎを起こさないと)


注目が集まってきたことを確認して、僕は闘氣を解除・吸収すると、左手に魔術杖を構えて火魔術を発動する。


「火魔術っていうのはこうやるんだよ?」


相手の魔術師を見下すような視線を向けながら、巨大な火の玉を発動し、そのまま目の前の3人に放った。ただ、直撃だと殺してしまうと考え、手前の地面に着弾するように操作する。


『ドゴーーーーン!!』


「「「ぐわぁぁぁ!!!」」」


爆風に絶叫を上げて吹き飛んでいく3人は、地面に跡をつけながら転がっていったが、勢いが無くなって地面に踞りながら痛みに呻く姿を見て、とりあえず死んではいないようだと、小さく息を吐いた。



「あ、あいつノアか?・・・嘘だろ?何だってノアなんかがこんな力持ってんだよ・・・」


 天幕から出てきて事の次第を見ていた一人が、目を丸くしながらそう呟いた。その疑問や驚きは、彼の近くにいた人々にも伝播し、やがて自分達の理解できない存在と認識したのか、僕を見るその視線には畏怖が宿っているようだった。


「掛かってこないの?じゃあ遠慮なく蹂躙させてもらおうかな?」


そう吐き捨てると、闘氣を纏い直して外に出てきている連中に向かって、より注目を向けさせる為に、悠然と歩きだした。魔術で遠距離攻撃を加えても良かったが、誤って捕らわれている人達に被害が及んではいけないと考え、安全性を優先した結果、接近戦を選択した。


「や、野郎共!敵襲だ!!全力で迎撃しろ!!」


僕が動き出すのを見て、彼らの中の一人が声を上げると、剣術師達は僕を取り囲むような動きを、魔術師は動きを牽制するように魔術を放ってくる。ただ、僕に向かって飛んでくる魔術は、火だろうが水であろうが風であろうが、全て右手の剣で掻き消し、僕の間合いの内側に入った盗賊達は容赦なく左の魔術杖で叩き伏せていった。


どうやらこのスタイルが相手に死人を出さずに無力化できる一番いい方法のようだ。それを見越して父さんが魔術杖にミスリルをコーティングしてくれたのだとすれば、両親が僕をどう成長させたかったのか、何となく見えてきた気がした。



 僕が本来、魔術を放つ杖で相手の意識を刈るように殴り飛ばしていると、この拠点にいた盗賊達の大半が、僕をどうにかしようと集まってきていた。ただ、大した実力もない盗賊に僕がどうこうされることもなく、気がつけば足元には戦闘不能になった盗賊達で埋め尽くされるような状態になっていた。


「あぁ?なんだこの有り様は?」


外に出ていた盗賊達も残り数人となった頃、1つの天幕から少しウェーブがかった水色の長髪をした酷薄な顔の男が、魔術杖を片手に出てきた。その身なりや装備は、その辺に転がっている盗賊達と比べると、ずいぶんと高級そうだった。


また、その男が天幕から出てきた際にひるがえった布の奥に、女性らしき人物が見えた気がした。


(この男が盗賊の頭っぽいな。それに、あの天幕に拐われた女の人がいるのかも・・・確認は皆に任せて、僕はこの人の相手をするか!)


僕が陽動で盗賊達の戦力を削っているうちに、先輩達はもぬけの殻になった天幕を順に捜索しているのが見えていたので、救出は向こうに任せる。


「あなたがこの拠点の・・何とかの慈愛のボスとやらですか?」


周囲を見渡しながら不快げに眉を潜め、こちらの様子を窺っている彼に、おどけた口調で話し掛けた。


「あぁ?まったく、ガキ相手だからって油断しやがって。こちとら朝のお楽しみの最中だったってのによぉ!俺の楽しみを邪魔したツケは、テメェの命で支払ってもらうぜ?」


僕の質問には真面目に返答する気がないようで、彼は細い目をこちらに向けて睨み付けてきた。そんな彼に、僕は不敵な笑みを浮かべる。


「まぁいいや、掛かってくる人を全員倒せば問題ない!」


「はっ!俺をその辺の奴らと一緒にしないことだな!!お前らっ!俺があいつを抑えてる内に止めを刺せ!」


彼はまだ残っている盗賊達にそう指示を出すと、高級そうな杖を掲げて魔術を発動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る