第111話 遺跡調査 6

 深夜ーーー


 寝袋に入って就寝していた僕は、不意に目が覚めた。身体を起こすと、隣にはセグリットさんが寝袋に収まっている姿が見られたので、どうやらエイミーさんと見張りを交代したようだった。


(何だろう、嫌な感じがするな・・・)


虫の知らせのような感覚が身体を走り、周囲の気配を探る。それでも、半径500m以内には魔獣の気配がチラホラあるだけで、その他に気になる存在は無かった。


(気のせいか?セグリットさんとあんな話をしてたから、神経質になっているのかな?)


テントを組み立てながら犯罪組織について話していたことを思い出し、それが印象に残って過敏になっているのかと考えた。


(3時か・・・)


懐中時計を確認すると、時刻は陽が昇るにはまだ早過ぎる時間だった。ただ、目が覚めてしまったので、何をしようともなくテントの外に出る。一応何があっても良いように、剣を持って。



「あれ?まだ朝じゃ無いんですけど?」


 テントから出てきた僕の姿を認めたエイミーさんが、不思議そうな表情で僕に話しかけてきた。


「ちょっと目が冴えてしまったので、外の様子を見ようと思ったんです」


「ふ~ん、私なんて二度寝が趣味だから、君みたいに夜明け前に起きてくるのが理解できないんですけど」


そう言うと彼女は大きな欠伸をして、焚き火に視線を戻した。この依頼で顔を合わせてからというもの、最初は緊張した面持ちで僕に接していたエイミーさんだったが、今ではすっかり元の彼女の様子に戻っており、その口調や態度はいつか見た残念騎士そのものだった。


そんな彼女に最初は苦言を呈していたセグリットさんも、階級が上の彼女には強く言えないらしく、僕も気にしていなかったことから、2日目を過ぎる頃には諦めていた。


「エイミーさんって、近衛騎士になって長いんですか?」


僕は焚き火を前に座っている彼女の正面に腰を下ろすと、何となく話題を振ってみた。


「・・・まぁ、これで7年目だから、長くも短くもないって感じですけど?」


「へぇ~。ちなみに、近衛騎士と騎士団って何か違うんですか?」


正直、僕にはどちらも騎士だから違いはないだろう程度の認識しかない。ただ、先の【救済の光】による襲撃事件の折りに、派閥についての話を聞いたことで、色々と複雑な内幕があるのかなと疑問に思っていた。


「君も知っているだろうけど、騎士団は軍務大臣の直轄組織なの。つまりは王子派閥の息が掛かってるってこと。でも、近衛騎士団はそれとは独立した組織で、王女殿下が直接人選を行って集めているから、王女殿下に対する忠誠心が厚い人達が集まってるんですけど」


「なるほど。エイミーさんも王女殿下への忠誠心が厚いんですか?」


「はぁ?当たり前なんですけど!私ほど殿下に忠誠を誓っている騎士はいないんですけど!」


語気を強める彼女の様子に、だとしたら任務の内容をペラペラ喋るのはどうなんだろうと、いつかの彼女の光景を思い出してしまう。


「そ、そうなんですね、すみません!」


「私は殿下に生きる希望を与えてもらったの。だから、この身は全て殿下のために捧げると誓って近衛騎士になったんですけど!」


「さ、さすがですね。・・・ちなみに、今回のこの至れり尽くせりの依頼は、やっぱり僕を王女派閥で囲い込みたいからなんですか?」


「は、はぁ?そ、そんな事あるわけ無いんですけど?」


僕の質問に目が泳ぎまくるエイミーさんの表情を見て、なんだか安心してしまった。


「まぁ、争いに否定的な王女殿下には好感が持てますけど、なんだか貴族といい王族といい、裏に何かありそうで身構えちゃうんですよね・・・」


「王女殿下はそんな事しないんですけど!この国をより良くしようとした結果、何か考えていらっしゃるのであって、そこには裏も表も無いんですけど!」


真剣な眼差しで僕に訴えかけるエイミーさんを見て、彼女の言葉には嘘はないんだろうと思えた。


「すみません、ちょっと穿った見方をしていたようですね。僕も王女殿下の事は良い人なんだろうと思っていますので、特に思うところはないですよ?」


「ふん!それなら良いんですけど!」



 そうして会話が途切れると、僕らは静かに焚き火の炎を見ながら時間を過ごした。依頼の日数はまだまだ長いので、少しずつ王女の為人ひととなりや考えについて探っていけば良いかと考えた。幸いにして、エイミーさんは隠し事ができないので、僕程度の駆け引きしか出来なくても、十分に情報を得ることができそうだ。


(もしかしたらそれが向こうの狙いで、僕の信頼を得ようとエイミーさんを同行させたのかもしれないな)


何にせよ、彼女は本人の意図しないところで有力な情報源になってくれるので、策謀に疎い僕としてはありがたい人材と言えた。例え彼女が偽りの情報を持たされていたとしても、アーメイ先輩やジーアと相談することで、得られた情報の真偽も測れるだろうと考えていた。



 そうしていつの間にか時間は過ぎ去り、辺りがうっすらと白んできた頃、事態は急変した。


(っ!!これは・・・人の気配。こんな早朝に?しかも段々とこちらへ近づいてきてる)


手持ち無沙汰になっていた僕は、周囲を索敵するように気配を探っていた。大抵は遠くにいる魔獣を感知するくらいで危険も何も無かったのだが、空が白んでくると時を同じくして、人の気配を感知した。


「・・・エイミーさん、このぐらいの時間帯から活動するのって普通ですかね?」


「何?急に?」


あまり遠征をしたことがない僕にとっては、こういったことが普通なのか判断に困ったので、エイミーさんに確認をとるが、彼女は突拍子もなくされた僕の質問に、訝しげな視線を向けてきた。


「実は人の気配を感じまして、こんな時間ですからどうしたものかと・・・」


「えっ?・・・・・・どこから?」


僕の言葉にエイミーさんは周囲に視線を向けるが、何も分からなかったようで困惑しながらその場所を聞いてきた。


「街道を挟んで、向こうの林の方からですね。数は・・・26人。ちょっと広がりつつ歩いてきてます」


「に、に、26人?」


僕はある方向を指差しながらそう説明すると、人数に驚いたエイミーさんが目を見開いていた。対して僕は、近づいてくる者達の行動に首をかしげた。


(ん?普通、この規模の人数で魔獣を警戒しながら行動するなら、もっと纏まって行動しないか?)


疑問に思いつつ気配を探り続けていると、その集団から10人近くが離れ、こちらの後方へ回り込むような動きをしている。その動きから、どうやらこちらの存在を相手が把握しているのは間違いなく、ただ通り過ぎるだけでも無さそうだった。


「どうにもキナ臭い動きをしてますね・・・」


「えっ?そ、そうなの?・・・さすがにその人数が盗賊だったら、私の手に余るんですけど・・・」


彼女は傍らに置いていた自らの剣を手に取るが、顔色は青く、明らかに恐怖しているようだった。相手の実力は分からないが、人数が多いことはそれだけで脅威なのだろう。過去のエリスさん達のことを思い浮かべながら、彼女の心情を察した。


「距離はまだ300m位ありますので、大丈夫ですよ?エイミーさんはこの場で警戒していてください」


「はぇ?ま、まさか、君一人で対処しようって言うの?」


「そうですけど・・・ダメですか?」


「ダ、ダメって・・・そんな人数を相手にしようなんて、無謀としか思えないんですけど!?」


驚愕の表情を浮かべる彼女に、僕は何故そんな顔をしているのか理解できなかった。僕の実力については、彼女も学院で見ていて分かっているものだと思ったのだが、そうでもないようだった。


「この気配からはそれほど脅威は感じませんし、問題ないですよ?まぁ、本当に盗賊かどうかは分かりませんので、一応確認してみますが・・・もし盗賊の場合は、どうしたらいいですか?」


「・・・えっ?そ、そうね・・・次の街までは、まだ半日以上掛かるし、この状態で捕縛して連れていくのは困難だし、これ以上の被害を出さないためには首を落とすのが妥当・・・いえ、戦闘不能に出来るならそのようにお願いします。その後は、私とセグリットが責任を持って対処します!」


彼女は言葉の途中で急に雰囲気を変え、真っ直ぐに僕の目を見ながら真剣な表情でそう言ってきた。言いかけたその言葉を考慮して考えると、僕に人間を殺させてはいけないと考え直したような気がした。


(僕も出来れば人は殺したくないからな・・・いくら相手が悪人だったとしても、後味はあまり良いものじゃないし・・・)


今まで街中で襲撃者に襲われたり、学院で騒動に巻き込まれたりしたことはあっても、相手に大怪我を負わすくらいで基本的に人を殺すようなことはしなかった。一度だけ、初めて学院に向かう際に遭遇した盗賊を、エリスさん達を助けるために手に掛けた経験はあるが、何とも言えない感情に押し潰されそうだった。


(あの時はクローディアさんに助けられたっけ・・・僕にはまだ、人の命をどうこうするような決断は出来そうにないな・・・)


あの時、彼女に抱き締められ、掛けられた言葉に肩の力が抜けたことで人を殺したという事実を上手く消化することができたが、常にそう出来るとは思えなかった。だからこそ、エイミーさんの申し出はありがたかった。


「分かりました。もしも盗賊だった場合は、全員戦闘不能にしますので、後のことはお願いします」


「不甲斐ない騎士でごめんなさい。私は命を掛けてもここを死守するので、どうかご武運を・・・」


申し訳なさそうに俯く彼女に、僕は冗談目かした笑顔で返した。


「エイミーさんって、意外と真面目なんですね?」


「は、はぁ?わ、私はいつだって大真面目なんですけど!?」


「ははは!すみません。じゃあ、行ってきます!」


そう言って立ち上がると、僕は剣を腰に携えて、大勢の気配を感知している方へ向かって駆け出した。そんな僕の背中に、心配なのだろう、エイミーさんの視線をずっと感じた。




 僕らの野営地に接近してくる者達の先頭集団の前へ躍り出ると、彼らは驚きも露に一斉に武器を抜き放って構えた。


「な、なんだ!テメェは!!?」


彼らの一人が僕の正体を誰何すいかしてくる。手前に居る人達は剣術師のようだが、その装備は所々にヒビの入った軽鎧に、錆びが付いていたり、刃こぼれもしている。奥に見える魔術師のような人達も、あまり良い装備を身に付けているとは言い難かった。


「すみません!僕は怪しい者ではないのですが、皆さんがこんな早朝に行動されていて気になったので、確認にこさせてもらいました!」


ただの一般人で次の街へ行くために移動しているだけなのか、それとも盗賊のような犯罪者集団なのか分からなかったので、とりあえず友好的に話しかけてみた。


「は、はぁ?おいおいマジかよ!今時のガキは危機管理ってのがなってないようだぞ?」


「ギャハハ!間違いないな!どうやら俺達をただの一般人かなんかだと思ってるようだぜ?」


「ってか、確認に来ましたって、こんな他に誰もいないところで、俺達に何されても文句は言えねぇぞ」


「ガハハ!違いねぇ!」


彼らは嗜虐的な表情で、僕を見下すように口嘲笑し合っている。その様子から、どう贔屓目に見ても一般人では無いのは明らかだったが、一応確認はしておく。


「えっと、つまりあなた達は、盗賊か何かなんですか?」


「ギャハハ!そうだぜぇ!俺たちゃこの辺りを縄張りにしてる【くれないの慈悲】って盗賊様だ!」


「【紅の慈悲】?」


聞いたこともない組織名を、これ見よがしにまるで有名であるかのように主張してくるので、首を傾げて聞き返してしまった。


「ふん!お前のお袋から教えられなかったか?【紅の慈悲】に出会ったら、土下座して命乞いしろってな!」


「は、はぁ・・・?」


そんな教えは聞いたこともないので、再度首を傾げた。


「けっ!まぁいい!潜入班の報告じゃ、この先に従者を引き連れた金持ちの女が、大層な馬車を持ってるらしいからな!準備運動がてら、っとくか?」


どうやら僕の態度が気に入らないようで、目の前の盗賊達は殺気を放ってきていた。それに、男の言葉から街中にいた僕らの事を、こいつらの仲間が目星を付けていたようだと察した。


「そうですか、やっぱり狙いはそれですか・・・」


どこにでもこういった人種は居るもんなんだなと、静かに怒りを滾らせながら僕は剣の柄を握る。


「なんだ、やる気か?悪いがお前には死ぬ未来しかないぜ?男は殺して金を奪い、女はたっぷりと楽しんでから高値で売り捌く!これが無駄の無い盗賊家業ってな!!」


言いながら、剣術師達は先頭の2人が闘氣を身に纏い、言葉が途切れると同時、左右に別れて剣を突き込んで来た。どうやら、僕を殺すのに2人で十分と判断したのだろう。


彼らの脳裏にはきっと、僕が血溜まりに倒れ伏している未来を思い描いているのだろう。微塵もそれを疑っていない、にやけた笑顔をしていた。


「お前達が先輩にそんな事をしようと考えただけでも虫酸が走る!!」


迫り来る2人を前に剣を抜き放ち、闘氣を纏う。そして、彼らに対して宣言する。


「お前らは全員、地に這いつくばっていろ!」

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