第58話 ギルド 13
ポーションが問題なく製作できることを確認してから、数回ギルドへと足を運んだのだが、運悪くポーションの依頼は貼り出されていなかった。依頼を受注するまで手持無沙汰だった為、学院の図書室で書物を読んだりして過ごしていた。
試作したポーションについて、僕自身は聖魔術もあってほとんど使わない為、アッシュ達に2本づつ渡しておいた。最初は遠慮して受け取ろうとはしてくれなかったが、僕が「試作品だから、使用した感想が聞きたい!」と押しきって受け取ってもらった。
ただ、ジーアについてはとびきりの笑顔で、「ありがとうな!」と、まるでこうなる事がわかっていたかのように受け取っていたので、もしかして彼女に上手く誘導されてしまっていたのだろうかと、その時になって気づいた。
(商人・・・恐るべし!)
そうして、ようやくポーションの製作依頼を見つけたのは、それから5日が過ぎた頃だった。ジーアの言う通り依頼書には『ランク不問』という表示がされており、誰でも受注できるようになっていた。とは言っても聖魔術は希少らしいので、その依頼を受注しようとしている人は皆無だった。
掲示板から剥がして詳細を確認すると、納品期日は受注から5日以内、中級ポーションを20本か、下級ポーションを50本の納品で、報酬は6万コルだった。
(中級ポーション20本の売値が10万コルだから、依頼主にとっては差額の4万コルが利益ってことか。まぁ、そんなもんかな)
素早く頭の中で利益率を計算すると、無難な報酬設定だと考えて受注することを決めた。受付に依頼書を提出して受注しようとすると、受付嬢さんからいくつかの確認事項があった。
「・・・エイダ様?確認ですが、この依頼は聖魔術が使用出来なければ受注できません。市販の物を代わりに納入して、不正にギルドランクの昇格を図る目的ではありませんね?」
若干キツイ口調で確認されたが、指摘されたような考えは微塵もなかったし、寧ろそんな方法があったのかと目から鱗の情報だった。
「大丈夫です。僕は聖魔術が使えますし、先日ポーションが実際に製作できるか試していますので」
「そうですか・・・分かりました」
そう言いながら受付嬢さんは、依頼書に受注完了印を押してくれた。
「ポーションを入れる小瓶ですが、依頼主が用意しているということでしたので、この依頼書を持ってお店に行ってください」
受付嬢さんはメモ書きの用紙に何か記入すると、依頼書と一緒に僕に渡してくれた。そこには依頼主の商店名と住所が記載されていた。
「分かりました。さっそくこちらに行ってみます」
そうして僕は初めての知力系の依頼を受注して、先ずは依頼主である商店へと向かうのだった。
商業区画の奥まった場所に、ポツンと佇む一軒のお店の前に僕は立っていた。木造作りの古風な出で立ちは、歴史を感じる風格があった。2階建ての小じんまりとした建物には、可愛らしい丸文字で書かれた『サンドルフ商店』という看板が目を引いていた。
『カランコロン・・・』
「すみませ~ん!」
「・・・は~い!いらっしゃいませ~!!」
ドアベル付きの扉を開けて声を掛けると、奥から女性の声が聞こえてきた。店内は少し薄暗く、見渡す限りに様々な小瓶が棚に陳列している光景が印象的だった。陳列されている商品をよく見ると、一般的なポーションから、解毒ポーション、果ては精力ポーション何て物まで販売されていた。
(このお店は、ポーションの専門店なのかな?)
「お待たせしました!・・・あら?子供?」
現れたのは茶色のロングヘアーを大きな三編みにして、肩から胸へと垂らしている妙齢の女性だった。僕の姿を見て疑問に思ったのか、首を
「すみません、こちらのお店の依頼を受注したエイダ・ファンネルと言います!」
「えっ?君が依頼を受注したの?・・・大丈夫?」
「ははは、不安に思われるのも仕方ないですよね。僕は学院の生徒で、まだ成人もしていませんが、依頼の中級ポーションは問題なく製作できますよ?」
「えええ!?中級ポーションを君がっ!?」
「はい。良ければ僕の製作した試作品がありますので、確認しますか?」
そう言いながら僕は、懐から先日製作していたポーションを取り出した。一応街中でも用心のために持ち歩いていたのが役に立った。
「どれどれ・・・」
店員は僕からポーションを受けとると、蓋を開けて匂いを嗅ぎ、手のひらに少し垂らすと口に含んで確認した。
「どうですか?」
「・・・・・・」
ポーションを確認しているのか、彼女は目を閉じたまま何事か考え込むように、顎に手を添えて固まっていた。
「・・・あの?」
「・・・これ、本当に君が作ったの?」
「はい、間違いありません」
鋭い視線で問いかけられた質問に、臆すること無く答えた。そもそも自分が作った物を隠しだてすることもないので、信頼してもらう為にハキハキと答えた。
「そう・・・間違いなく中級ポーションね。品質は最高ランク・・・君、これをどれだけの数製作できそう?」
僕の返答を聞いて、急に目の色を変えて迫る店員さんに若干引いてしまう。まるで儲け話を聞き付けたジーアような迫力だ。
(あぁ、商人っていうのはこういった人達なんだなぁ・・・)
そこに商売のチャンスがあれば噛りついてでも逃がさない、それ位の気概がなければ商人なんてやっていけないのだろう。そんな事を考えながら店員さんの質問に答える。
「えっと、依頼にあった中級ポーション20本であれば明日にも納品できますが?」
「あ、明日っ!!?嘘でしょ!?」
「いえ、10本分作るのに1時間もあれば出来ましたから、20本でもそれほど時間はーーー」
「い、1時間で作ったですって~!!?」
僕の説明に絶叫する店員さんの顔があまりにも鬼気迫っていたので、無意識に彼女から数歩後退してしまった。
「・・・ふっ、ふふふ・・・有能な人材キター!!とうっ!!!」
軽やかな身のこなしでカウンターを飛び越えてきた店員さんは、瞳を輝かせながら引け腰になっている僕の両手をガシッと掴むと、頭突きせんばかりの勢いで顔を近づけてきた。
「き、君っ!うちの店と専属契約を結ばない!?」
「せ、専属契約ですか?」
「そう!今後の依頼はギルドを通さず、直接君に依頼をするの!その分ギルドの仲介手数料も無くなるから、君への報酬も上乗せできるわよ!?」
興奮しながら捲し立てるように告げてくる内容を少し検討して、いくつか疑問点が浮かんできた。
「あ、あの、学院の生徒でもそんなことが出来るんですか?」
「全然問題ないわっ!むしろ学院からの評価が上がるはずよ!」
「そ、そうなんですか。でも、ずっとポーションの製作に掛かり切りって訳にもいかないんですが・・・」
「大丈夫よっ!週に一度くらい顔を出してくれれば、減った在庫分の補充をお願いする位だもの!君ほどの製作能力があれば、半日で可能なはずよ!」
「な、なるほど・・・まぁ、そのくらいなーーー」
「よしっ!じゃあ商談成立ってことで!今から契約書を作るからちょっと待ってて!!」
そう言い残して店員さんは、残像が見えるほどの素早さで店の奥へと消えていった。店の中に取り残された僕は、その突然の出来事にただただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「商人の人って、本当にパワフルだよな・・・」
誰が聞くわけでもない僕の呟きは、誰も居ない店内に消えていった。
しばらくして店員さんが戻ってくると、カウンターに3枚の書類を並べて僕に確認してきた。
「これが契約書よ!内容を確認して頂戴!」
「はぁ・・・」
書類を確認すると、3枚とも同じ内容が書かれており、それぞれ僕と商店の控えと、学院への提出用だった。内容は、週に一度サンドルフ商店へ在庫の確認を行い、必要に応じて商品の納入を請け負うというものだった。
報酬は、下級ポーション1本1500コル、中級1本3500コル、その他製作可能なポーションについては要相談となっている。一応ギルドを通して受注する場合と比べると、3割増し位の報酬増だ。また、専属契約の解消については、それぞれの事情を鑑みて要相談とあった。
ざっと契約書に目を通して、問題ないことを確認すると、契約書の下の署名欄に名前を記入するように促された。店員さんも同様に名前を記入し、印鑑のようなものを押して僕に学院用と合わせて2枚差し出してきた。
「よっしゃ!これで契約成立ね!私はカーリー・サンドルフ!この商店の店主よ!カーリーでいいわ!よろしくね、エイダ君!!」
ここまで来て相手の名前を聞いていなかったことに気づくと、愛想笑いをしながら差し出された手を握り返した。
「こちらこそよろしくお願いします!」
握手をした瞬間、カーリーさんが妖しい笑顔をしていたことを不思議に感じたが、その時の僕にはその理由が分からなかった。
ひょんなことから商店と専属契約を結び、今回の依頼の小瓶を20本渡されて学院へと戻った。実際に作業を始めるのは午後からで良いだろうと、昼食を摂るために食堂へと向かうと、そこに珍しくジーアが座っていた。
「一緒に食べても良いかな?」
「ん?エイダはんやないか!勿論ええよ!」
日替り定食をトレーに乗せて、ジーアの座るテーブルへと移動すると、彼女に一声掛けてから対面へと座った。
「ジーアがこの時間に食堂にいるなんて珍しいね?」
「昨日で依頼は終わったんよ。今日はその報告書を書かんといかんからね」
「そうなんだ。お疲れさま!」
そうして、僕も対面で食事に手を付けてからしばらくして、先程の出来事についてを商人でもあるジーアに質問してみた。
「ところでジーア、専属契約って知ってる?」
「そりゃ勿論やで!・・・もしかしてエイダはん?」
僕の言葉に、表情を曇らせたジーアが先を促してきた。
「あ、うん。実はポーションの製作依頼があって、成り行きで依頼主の商店と専属契約を結んーーー」
「な、何やてっ!!」
『ガタン!』と席を立ちながら声を上げるジーアに落ち着くように声をかける。
「お、落ち着いて!そ、そんなに悪い内容じゃないと思うんだよ?」
「甘い!甘いで、エイダはん!商人を舐め腐っとる!右も左も分からん学院生にそんな優しい契約を持ちかけるわけありえへんやん!!」
声を荒げながらそう主張してくるジーアに、僕は先程署名したばかりの契約書を見てもらった。
「・・・エイダはん・・・あんた、アホちゃうか?」
静かに怒りを抑えるジーアに汗を流しながら、その契約書の何がいけないのか聞いてみた。
「そ、その・・・何か不味いかな?」
「はぁ・・・、相手も子供相手に悪どいなぁ。報酬は適正だけに、そこに注目がいくような文言で書いとるわ。まんまとエイダはんは相手の術中にハマったいう事やな!」
「え、ええぇ・・・」
呆れたような声を出して僕を責め立ててくるジーアに恐縮しながら、続く言葉を待った。
「ええか?まず、在庫の不足分なんていくらでも相手が決めれるんやで?それこそ上限無しにや!来週までに1000本用意しろ、なんて言われたらどうするん?」
「あっ・・・」
彼女の指摘に、その契約書がいかに自分にとって不利なのかようやく気づいた。契約書には不足した分としかないので、上限がないのだ。それこそ毎日ポーション作りに時間を費やさないといけないくらいの量を請求される可能性だってある。
(カーリーさんの説明じゃあ、そんなに時間は取らさないって事だったのに、契約書ではそんな事書いてない・・・僕の考えが足りなかった・・・)
「それに、この契約の解約は要相談って・・・こんなカモの取引相手を商人が手放すわけないやろ!
「・・・・・・」
彼女の指摘に、段々と冷や汗が止まらなくなってきていた。握手の際のあの怪しげな笑顔はこういう意味だったのかと納得できた気がした。動揺している僕に、ジーアはため息を吐きながら付け加えた。
「これに懲りたら、契約書はもう少し考えてからするんやで?まぁ、取り合えずこの商店の悪い話は聞かんから、そう無茶な事は言わへんと思うけど、有能な人材として上手いこと利用されて、骨までしゃぶり尽くされんよう気を付けなや?」
そう言いながら契約書を僕に返してくるジーアに、自分の浅はかさを痛感した僕は、一言感謝を告げるので精一杯だった。
「色々教えてくれて、ありがとうジーア」
「別にええよ?感謝はちゃんと形で示してくれるんならね?」
「っ!!」
さっきのカーリーさんと同じような妖しい笑顔に、結局僕は例の母さん特性の杖の製作交渉として、最大限尽力することを約束させられたのだった。
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