第40話 実地訓練 11

「・・・・・・」


 短剣を持ったまま地面に仰向けに倒れているアッシュのお兄さんを見ながら、僕は攻撃の残心を取っていた。


決着の一撃は、僕の右腕を斬り飛ばそうとするお兄さんの水平斬りを、右腕の肘で力を上に逸らしてから、無防備になったところで父さん直伝のデコピンを左手で額に喰らわせたのだった。思ったより凄い音がしたので心配になったが、一応気を失っているだけで、ちゃんと生きているようだった。


さすがに第四階層の闘氣量を纏っているだけあって防御力は高く、父さんのように相手の頭が吹き飛ぶということはなかった。しかし、無手で剣を捌くために多めに闘氣量を纏ってしまったので、想定以上のダメージを与えてしまったようだった。


「えっと、審判?判定は?」


決着は明らかな状況なのだが、誰も何も言えないような雰囲気だったので、未だ決着の宣言をしていないアーメイ先輩を見ながら模擬戦の勝敗を確認する。


「うっ、あっ、えっと・・・しょ、勝者!エイダ・ファンネル!」


先輩の勝利者宣言で、僕は未だに気絶しているお兄さんにペコリと頭を下げた。今までの言動から思うところはあるが、一応模擬戦での礼儀としての行動だ。



「ス、スゲーなエイダ!本当にあっさり兄貴に勝つなんて!しかも最後は素手って、本当にお前は俺の想像の斜め上を行ってるよな!でも、スカッとしたぜ!!」


模擬戦が終わると、少し離れて見守っていた皆が駆け寄ってきた。


「勝敗なんて分かりきってたけど、こうして実際に見ると爽快ね!私達を置き去りにした報いだわ!」


「ホンマに凄すぎやで!エイダはんが居てくれれば、ウチらみたいなノアに対する世間からの評判も変わるかもしれへんな!」


模擬戦の結果が嬉しかったのだろう、みんな一様に爽やかな笑顔だった。特にお兄さんは僕らを見捨てていった張本人だったので、こうして不様に大の字になって気を失っているさまに、みんなご満悦だった。


「これでお兄さんも僕の実力は分かってくれたと思うし、ノアに対する偏見も少しは無くなるといいいな」


僕は皆の言葉に笑顔を返しながら地面に突き立てていた杖を回収すると、アーメイ先輩が話掛けてきた。


「素晴らしい模擬戦だった!いや、素晴らしいのは君の実力で、模擬戦自体は一方的だったがな」


「ありがとうございます」


感心した表情で話していた先輩は、一転して真剣な表情になった。


「それで、良ければ君の魔術杖を見せてはくれないか?」


「杖をですか?良いですよ!」


僕は腰に戻そうとしていた杖を先輩に差し出した。


「ふむ、やはり珍しい形状の魔術杖だな。杖の部分はミスリルでコーティングしているのか。魔石は・・・六面体の魔石それぞれに記述しているのか?んっ!?これだと・・・まさか!いや、そんな・・・」


先輩は僕の杖をしげしげと撫で回すように観察すると、やはりというか魔石の構造が気になっているようで、ブツブツと呟きながら目を輝かせていた。


「せ、先輩?何か気になりましたか?」


しばらくしても杖の観察が終わらなかったので、どうしたものかと声を掛けると、先輩は目を見開きながら興奮した様子で僕の肩を掴んで詰め寄ってきた。


「エ、エイダ君!いったいこの杖をどこで手に入れたのだ!?この杖は素晴らしいぞ!6つの魔石を高度な技術で一つに纏め上げ、魔石の交換をすることなく5属性魔術の発動が可能ではないか!」


唾を飛ばす勢いで杖についての素晴らしさを語ってくる先輩の勢いに驚いた僕は、少し距離をとろうと後ずさりしようとしたのだが、僕の肩を掴む先輩の手がそうさせてくれなかった。およそ女性とは思えない力で、ガッチリと掴まれているのだ。


「あ、あのですね、これは僕の母さんの作品なんです」


「な、なんとっ!これを君の母君ははぎみが!?わ、私にも作っていただくことは可能か?」


「えっ?先輩のをですか?そ、それはですねーーー」


「アーメイ先輩!ちょっと待ったってや!」


僕が杖について伝えようとすると、ジーアが鼻息荒く会話に入り込んできた。


「エイダはんの持つ杖については、まずウチがお母様に交渉できるように取り計らってもらうことになってんねん!先輩の話はその後にしたってや!」


「む?そうなのか?」


ジーアの言葉に困惑した表情で確認してくる先輩に向かって、僕は首を縦に振る。


「はい。ジーアからこの杖を販売したいと言われたのですが、母さんはこの杖については、大変過ぎてもう作りたくないと言っていたので、仲介はするけど交渉は自分でするということになっています」


「そ、そうなのか。これほどの魔石の加工はかなり高度な技術だというのは分かるが、もう作りたくないと言わせるほどか・・・」


先輩は僕の言葉を聞いて、肩を掴んでいた手を離すと、力なく俯いてしまった。その姿はしょんぼりという擬音が聞こえてくるのでは、と思うほどハッキリと落ち込んでいた。


(先輩ってもっと真面目で冷静な人だと思っていたけど、意外と感情表現豊かだよな)


コカトリスの群れに囲まれたときや、騎士を連れだって助けに来てくれたときなど、怒りや驚き、喜びなどの感情表現が豊富で、年上の人に使う言葉ではないのだろうが、その様子はとても可愛らしいものだと思った。


「そういうことで、アーメイ先輩がお母様に交渉するのはウチの後やからね!間違っても抜け駆けせんといてや?」


「ああ、分かった。そう言えば君はフレメン商会の・・・」


「せや!ウチは将来、フレメン商会を背負って立つんや!この商機は決して逃さへんで!」


「ふっ!なら、君の交渉が上手くいったあかつきには、その杖の購入者第一号になることを予約しておこう」


「おおきに!せやけどかなりの高額になるで?」


「見くびっては困るな!私はこれでも次期伯爵だ!」


「ほうほう。金は持っとるゆうことやな?」


「もちろんだ!今日からおこずかいを節約して、ギルドの依頼も受けていけば、君の望む額は払えるだろう!」


「なら、契約成立やで!杖の製作依頼が叶ったなら、最初のお客様はアーメイ先輩や!」


「よろしく頼む!」


いつのまにか杖の購入予約をしたことで、ガシッと握手をしながら笑顔を交わす2人を見て、母さんがどう対応するか不安を覚えた。


(これで母さんが作らないって言ったら、どうなるんだろ?)


その時は僕の責任ではなく、母さんを説得出来なかったジーアの責任になるはずだと考えて、一先ず杖について考えるのは止めておいた。




 そんな話をしていると、気絶していたお兄さんの意識が戻ったようだ。


「痛てててて・・・ん?いったい何が・・・?」


お兄さんはデコピンで腫れ上がった額を押さえながら上体を起こすと、直前の記憶が混濁しているのか、周囲を見渡して今の自分の状況を確認しようと呟いていた。


「たしか俺様は模擬戦をしていて、最後の一撃を・・・っ!!」


そこまで呟き、ハッとした表情で近くにいる皆から素早く僕の存在を見つけ出すと、飛び起きるようにしてこちらに近づいてきた。


その表情は激怒しており、これから録でもないことを言うのだろうと容易に想像がついた。


「おいっ!貴様!よくもこの俺様に対して不正をーーー」


「待て、ジョシュ!」


掴み掛からんとしてきたお兄さんの気勢を制するように、アーメイ先輩が僕とお兄さんの間に割って入ってきた。


「おいっ!エレイン!よもや汚い手を使って俺様を愚弄したこの小僧の肩を持つのか!?」


アーメイ先輩は僕を背後に庇うような立ち位置をしている為か、その状況がお兄さんの怒りを更に助長しているようで、浮かび上がった血管は今にもはち切れそうになった。


「ジョシュこそ何を言っている!汚い手もなにも、先程の模擬戦は正当なものだった!素直に敗北を認めるべきだ!」


「正当だと!?エレインこそ何を言っている!ノアである小僧に俺様が負けるわけないだろう!俺様は第四階層に至っている真の実力者なんだぞ!」


「ジョシュ、落ち着け!なればこそ、自分が何故負けたのか冷静に分析することも出来るだろう?今回の敗北を次回に活かせば良いだけだ!」


「負けてなどいないと言っているだろう!奴が不正な魔道具を使ったせいだ!イカサマだ!」


お兄さんは怒声を上げながら僕の腰の杖を指差してきた。


「ジョシュ、あの杖は私も見させてもらったが、ただの魔導杖だ。勝敗を左右するような機能など無い」


「エレイン!何故あの小僧を庇うのだ!?奴はノアだぞ!?人間の出来損ないなのだぞ!?」


「冷静になれ!だいたい、第二階層の剣術師が、二段階上の剣術師も凌駕する事をも可能とする魔道具など聞いたことがない!お前だってそうだろう?」


「・・・・・・」


先輩の指摘に、お兄さんはギリギリと歯噛みして、血の涙でも溢れそうなほど充血した、怒りの瞳を僕に向けている。僕はただ、何とも言えないような表情をするしかなかった。


(そんな目で見られても困るんだけどなぁ。アーメイ先輩が対応してくれているし、余計な事は言わないようにしよう)


下手なことを言えば、火に油を注ぐ結果になるのは目に見えている。もはや僕が何を言ってもお兄さんの怒りが静まることはなさそうだ。


だとすれば、ここは同じ学院の首席で、模擬戦の審判をしていた先輩に任すのが最善だろうと判断した。



 僕は達観したように事態の推移を見守ることにした。アッシュ達も何も言うつもりはないようだが、みんな軽蔑したような眼差しをお兄さんに送っていた。


しかし、怒りで視野が狭まっているお兄さんは、周りの視線には気付いていなかった。



「まぁまぁ、君達、喧嘩はそこまでにしようよ」


お兄さんとアーメイ先輩が模擬戦について言い争いを続けていると、今まで遠目に見ているだけだったフレック先生が割り込んできた。


「っ!先生!あなたなら俺様の言う魔道具について思い当たる事があるだろう!?」


「う~ん、相手の力を著しく削ぐ、もしくは、使用者の力を著しく上昇させるですか・・・もしそんな魔道具があれば、どれ程の価値が付くのでしょうね~?」


2人の争いを止めようとしているとは思えない間の抜けた声で、先生は有りもしない魔道具の価値について、顎に手を当てながらボソッと口を開いた。


「・・・・・・」


「そ、それは・・・もしそんなものがあれば、数億コルは下らないでしょうね」


呟きのような問いかけに答えたのは、アーメイ先輩だった。


「そうですね。アーメイ君の言う通り、そんなにお手軽に強者になれるのなら、私なら10億でも100億でも出しますね。何せ私はノアですから」


「・・・フレック先生、何が言いたいのだ?」


先生の持って回ったような話し方に、お兄さんは苛つきを隠さず睨み付けていた。


「はてさて、私は可能性の話をしただけです。しかし、いったいロイド君は何を怒っているのですか?」


「っ!何だとっ!?」


先生の言葉に怒りの表情を浮かべたお兄さんは、続く話に息を呑むような表情を浮かべた。


「君はこの模擬戦で下級生の生徒に自信を付けさせるために、負けてくださいと私が指示したではありませんか?」


「っ!!」


「彼がノアらしからぬ動きをして驚いたのでしょうが、それは彼の今までの努力の成果でしょう!今回は先輩として、手加減をようですが、もし次回があるならば、今度は先輩の偉大さを教えねばなりませんね?」


「・・・そ、そうだな。し、しかしフレック先生、それは言わない方が良かったのでは?俺様はただ、後輩が天狗にならぬようにと、気を遣って騒いだだけだからな」


お兄さんのその言葉に、僕はこの騒動の解決の糸口を察して、間髪入れずに口を挟んだ。


「そうだったのですか!さすがロイド先輩ですね!危うく自分の実力を誤認するところでした。また機会がありましたら、よろしくご指導ご鞭撻をお願いします!」


「・・・あぁ、機会があればな」


そう言うお兄さんの表情はどこか引き攣っていたが、この話はこれで終わりにしたかったようで、僕達から離れていった。



「良いの?エイダ?あんなこと言わせておいて?先生も先生よ!いくら相手が侯爵家の跡取りだからって甘やかせ過ぎじゃない?」


お兄さんが離れていくと、カリンが憤慨やるせなしといった表情で話しかけてきた。


「はは。まぁ、あのままじゃいつまで経っても終わらなそうだったし、変に恨みを買うよりは無難な着地点だったよ」


「皆は彼に思うところはあるかもしれないが、今はこれで我慢してくれ。俺は教師と言っても、所詮はノアだ。出来る事と言えば、年の功で言いくるめるくらいさ」


先生は緊張から解放されたといった様子で、大きく息を吐いて僕らを宥めてきた。正直、先生のおかげで変なことにはならなかったので一応感謝しておく。


「先生、ありがとうございました。でも、出来れば模擬戦をする前に止めて欲しかったですね」


「ははは、無茶言わんでくれ。あの状況じゃ、俺が制止しても彼は止めなかったさ」


「まぁ、そうでしょうね・・・」


確かに、あの時のお兄さんの様子では無理もないだろう。何せ想い人であるはずの先輩にまで怒気を向けていたのだ。とりあえず、無難な形で事態が収まった事で良しとしようと考えた。


皆もお兄さんに対しては、それぞれ思うところがあるといった表情だったが、無理矢理納得したといった感じでこの話しは終わった。


そうして僕達は、設置していた拠点を片付けて、学院へと戻ったのだった。

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