第31話 実地訓練 2

「護衛をしてやる剣武コース3年首席、ジョシュ・ロイドだ!」


「同じく3年のエレイン・アーメイ。魔術師よ」


 午後の授業、教室の壇上に2人の人物が僕達に自己紹介をしている。先生から話のあった実地訓練の際の護衛だ。この状況に、さっきの先生の言葉の意味はこういうことだったのか、と考えながら隣に座るアッシュの顔色を伺うと、苦虫を噛み潰したような表情で壇上に立つ自身のお兄さんを見ていた。


護衛の2人は、入学式の際に生徒代表で挨拶をしていたそれぞれのコースの首席だ。わざわざそんな人が僕らの護衛などしなくても良いのだと思うのだが、先生曰くこれは昔からの慣例らしい。1年生に複合コースの新入生が入った場合は、その実力を鑑みて、学院より最も優秀な実力者を付けて護衛に当たらせて、万が一の事故を防ぐという取り組みだ。


 実地訓練は森のごく表層で行われるため、低ランクの魔獣しか生息していない。しかし、稀にはぐれの高ランク魔獣が出没しないとも限らないので、安全を期してということらしい。では複合コース以外はというと、生徒の数も十分ということに加え、それなりの実力の先生も同行して監督するため、この様な上級生の護衛は、複合コースならではのものと言える。


(まぁ、実力者に付いてきてもらえるなら安心感はあるよな。アッシュは複雑かもしれないけど、あのアーメイ先輩は個人で鍛練しているところを結構見るし、実力もそこそこありそうだ。でも、アッシュのお兄さんはどうなんだろ?見掛ける時はアーメイ先輩に声を掛けているくらいで、鍛練しているところを見たことないし・・・)


壇上の2人を見ながらぼんやりとそんなことを考えていた。アーメイ先輩は努力しているところをよく見かけるし、入学式での挨拶の内容からも自分にも他人にも厳しい人という印象だ。変わってアッシュのお兄さんは、何となく権力を傘に着た嫌らしい貴族という印象で、そこそこ腕は立ちそうなのだが、僕にとっては信頼の置けない人物のような気がする。それはこの話口調も影響しているだろう。


「いいか?お前達ノアの実力は、僕ら単一の能力を持つ者達と比べると大いに劣る。実地訓練では決して自分達で判断などせず、俺様の指示に従うことだ。そうすれば皆無傷で森から帰ってこれると約束しよう!」


自然とこちらを見下す口調に加えて、自分こそが正しいのだという絶対の自信の籠った話の内容だった。しかも、その視線の先に僕達は居ない。彼は僕らに話しながらも、チラチラと自分の隣にいるアーメイ先輩に視線を飛ばしていたのだ。どうやら彼は隣に佇むアーメイ先輩にご執心のようだ。


(自分は出来る男アピールが凄いな・・・まぁ、当の本人は無視してるけど。実地訓練中にこれが変な方向に向いて騒動が起きなきゃ良いんだけどなぁ・・・)


皆も目の前の様子に何か思うところがあるのだろう、教室内は微妙な空気がしばらく支配することとなった。



 それから、実際の実地訓練へ向けての話し合いが行われた。まずは戦力の確認だ。僕らは順々に得意とする能力と、魔術の階悌や剣武術の階層を護衛の2人に伝えていった。アッシュのお兄さんは目を閉じて腕を組みながらウンウンと頷くだけで、本当に聞いているのだろうかと疑うほどだ。逆に、アーメイ先輩は僕らの話を聞いて、しっかりとメモをとっている。


ただ、皆の言葉にあまり反応を示さなかった2人だが、僕の言葉に顔を上げ、訝しげな表情を向けられた後に、お兄さんから盛大に笑われた。


「ふははは!お前、能力の優劣がないのか!?それでいて平民か!なるほどなるほど!そりゃあ首席である俺様が呼ばれるわけだ!」


「・・・・・・」


僕の得意能力について伝えると、アッシュのお兄さんはあからさまに侮蔑の籠った笑い声を上げ、アーメイ先輩も可愛そうなものを見るような視線を投げ掛けてくる。そんな様子にアッシュが立ち上がって反論しようとした。


「兄上!エイダは能力の優劣がないからと言って、決してーーー」


「あ?誰がお前に発言を許可した?」


「っ!!」


「ちっ!我が侯爵家の恥さらしが、なに平民ごときと仲良くなってるんだ!?お前は昔からそうだったな。小さい頃からそこのカリンとよく遊んでた。叔父上の妾の子供だからって同情したのかと思ったが、なるほどなるほど、自分が将来平民に落ちることを見越しての下準備だったか?」


「・・・・・・」


お兄さんから蔑んだ嫌らしい目を向けられたアッシュは、何も言い返すことができずに沈黙してしまう。僕の為を思って反論しようとしてくれた彼をこのままにすることはできないし、何よりも自分の弟であるはずのアッシュをここまで蔑ろにした発言に憤りを感じた僕が立ち上がって反論しようとすると、その気勢を制するようにアッシュが僕を止めた。


「(すまんエイダ、押さえてくれ。兄上は侯爵家の嫡男・・・次期侯爵だ。目を付けられたらこの学院に居られないどころか、君のご両親にも迷惑が掛かるかもしれん。ここは耐えてくれ)」


小声で僕に話しかけるアッシュの悲壮な表情から、おそらく壇上に立つこの男はそういったことを今まで平然とやって来ているのだろう。そう思わせるだけの説得力が、アッシュの言葉からは感じ取れた。


(父さん母さんから聞いていた貴族という存在の嫌な部分を濃縮したような奴だな。こんなのが次期侯爵って、アッシュの実家はどうなってるんだ?いや、これが貴族の普通なのか?だとしたら、こんな貴族の家で奉仕職なんてこっちから願い下げだね!)


言いたいことは色々あるが、アッシュからの言葉もあり、なるだけ表情にも出さないようにして浮かせていた腰をそのまま下ろした。微妙な空気となった教室で、アーメイ先輩が口を開いた。


「とりあえず、訓練当日のフォーメーションを確認したいのだけど、いいかしら?」


空気を読んでか読まないでか、先輩は黒板に僕らを模した人の絵と、その下にそれぞれの能力をメモを見ながら書き記していく。淡々と進めていく先輩に、教室の空気は実地訓練の話し合いのものへと戻っていった。


「前衛には剣術師であるジョシュとアッシュ君。中衛に支援担当のカリンさんとジーアさん。後方に全体的な支援を行う私と・・・エイダ君でいいかしら?」


 フォーメーション等を黒板に書き終わった先輩は、こちらを振り向きながらそう確認してきた。残念ながら、先輩の話す内容よりも黒板に描かれた絵に注意が向いてしまい、話が頭の中に入ってこなかった。その事を最初に指摘したのは、アッシュのお兄さんだった。


「ふっ、エレインよ!お前は相変わらず絵が下手だな。それでは何が描かれているか通じないのではないか?」


「・・・最低限理解できれば問題ないわ!ジーアさん、この絵は理解できますか?」


「えっ!ウ、ウチですか?そ、そら何となく理解できますけど・・・」


「そう。なら大丈夫ね!」


先輩はそう言って、絵の完成度は無視して説明を続ける。そんな先輩にアッシュのお兄さんは、ニヤニヤと嫌らしい視線を向けていた。



 先輩の作戦は実に単純だ。前衛に経験と実力のあるジョシュ先輩を置き、未熟なアッシュを支援しつつ、何かあった際のサポートをさせる。まだ実力の心許ない魔術師である中衛の2人には、中距離から魔獣を撹乱するための魔術を放たせ、全体的に問題が生じそうになれば先輩が最後方から攻撃魔術もしくは支援魔術を適宜使用するため、全体が俯瞰できる位置につくと同時に、殿しんがりを勤めるということだ。


ちなみにこのフォーメーションでの僕の期待役割は、何もしないことだった。怪我をしない、魔術も打たない、剣も振るわない、出来れば見学していた方がいいと、わりと本気でアーメイ先輩から言われてしまった。この訓練は全員行わなければならないので、フォーメーションから外れて一人で見学ということはできないので、隊列の中で皆の邪魔になら無いようにと注意を受けた。その悪気の無い物言いに、僕は苦笑いを浮かべながら頷いておいた。反発したところで、先程のような状況になるかもしれないと考えたので大人しくしようと思ったのだ。


(僕ってどんだけ弱いって見られてるんだろう?そんなに両方の能力に優劣がないって事は同情されることなのだろうか・・・逆に、こんなに心配してもらって申し訳なく思ってくるよ・・・)


僕を置き去りにどんどんと説明は続くが、たまに皆は僕の方を見ながら、何とも言えないような視線を飛ばしてくる。僕の実力を知っている皆にとってみれば、先輩に言いたいことがあるのだろうが、アッシュとお兄さんのやり取りを見て、何も言えなくなってしまったのだろう。そんな皆の心遣いがありがたかったので、気にしないでと笑顔を返しておいた。


 やがてアーメイ先輩の説明は、当日の持ち物や装備、森までのルートと訓練の予想時間、心構えなどになっていき、小一時間ほどで終了した。お兄さんはというと、先輩の説明の最中は終始笑みを浮かべながらアーメイ先輩の横顔を眺めていた。そして、最後の心構えの段階になって、また上から目線のありがたいお言葉を聞くハメになった。



最後に訓練当日の集合時刻を確認して、2人は教室を去っていった。顔合わせで印象に残ったのは、終始無表情のアーメイ先輩と、その先輩に恋慕しているお兄さんという構図だった。


「悪かったなエイダ・・・嫌な思いしただろ?」


「ん?いや、別にアッシュが謝ることじゃないだろ?まぁ、世間一般でノアがどう見られているのかってのは理解してきたし、僕のような優劣がない場合は、それが更に顕著なんだろ」


「いや、お前の実力はハッキリ言って俺の兄貴以上だし、もっと言えば既に騎士団の部隊長レベルだろ?よくそんなに落ち着いていられるな?悔しくないのか?」


「う~ん、悔しくないわけじゃないけど、だからと言って貴族相手に面倒を起こしたいわけじゃないから、その内分かってくれればいいよ」


「ま、まぁ、エイダがそう言うなら俺は良いが・・・」


僕の心情を心配してくれたのだろう、あの伝え聞く貴族の嫌な部分を濃縮したお兄さんの弟とは思えぬほど、アッシュは出来た人間だ。


「それにしてもあの人、露骨にアーメイ先輩にアピールしてたわね。まったく相手にされてなかったけど!」


カリンがお兄さんを若干、いや、かなりバカにしたような口調で笑いながら話してきた。カリンの出生についても知っていたようだし、嫌悪感を込めて「あの人」と言っていることから、幼い頃からの顔見知りなのだろう。


「いくら侯爵家の人間と言っても、ウチはああいう男性は遠慮したいわぁ」


利に聡い商人のジーアをもってしても、本来良縁と思える侯爵家の跡取りであるお兄さんとは、生理的に無理のようだ。


「まぁ、アーメイ先輩は綺麗な人だけど、自分にも他人にも厳しそうだし、半端な人間じゃあ相手にされなさそうだったね」


「なんでも、家柄も顔も申し分ない猛者達が交際を申し込んで、全員撃沈したらしいで!その数は、この学院に入学して三桁になるとか!噂だと、既に王族と婚約してるとか、実家の当主が溺愛し過ぎて婚姻の申し込みを全て断ってるとか色々あるなぁ」


どうやらあの先輩はこの学園でもかなりの有名人のようだ。学年の首席ということだし、将来を期待されているのだろう。そういった人物に人は集まってくると母さんは言っていた。


「へぇ~。悪い人ではなさそうだし、なんにせよ、実地訓練中は何事もないことを祈るよ」


森の表層なんて何か起こることも無いだろうと考え、僕は楽観的に実地訓練当日を迎えるのだった。

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