第29話 入学 18


side エイミー・ハワード


 近衛騎士団所属、エイミー・ハワードは混乱していた。先日団長から言い渡された新たな任務のためにこの都市へ赴任して早々、信じられないものを目にしたからだ。


「はぁ?嘘でしょ?何よあの子!化け物なんですけど!」


任務は単純だった。要注意人物の監視とその背後関係を探ること、それだけだ。直接戦闘の指示はなく、しかも身の危険を感じれば即離脱も許されるというギルドランクがBである自分でもこなすことが出来そうな簡単な任務のはずだった。唯一の注意点は、監視対象に気取られないというごく当たり前のことだ。そんな中、自分が未だかつて無い混乱に陥っているのは、間違いなく今も遠見筒で見ている監視対象の彼のせいだ。


確かに団長からは、事前に対象の危険性を聞いてはいたが、年齢を聞いていた私は、学院生の水準から考えての事だと勘違いしてしまった。


「あんなヤバイ奴が学生って、冗談でしょ!?だいたいあいつ、魔術をどうやって相殺したのよ?何あれ?魔術なの!?剣術も高いレベルで習得してるの?あり得ないんですけど!誰よ、両方の能力持ちはゴミ以下の実力しかないってほら吹き始めた奴は!!」


私は誰が聞いているでもなく、監視をしながら一人愚痴を溢し続けていた。そうして自分の口に出すことで、問題点を整理していくのだ。


「しかも、剣術と魔術の行使にタイムラグが無いじゃない!あいつの身体はどうなってんのよ!だいたい、闘氣が安定し過ぎなんですけど!その上闘氣を解除したとき身体に吸収されてなかった?何なのよあれは!闘氣を吸収できるなんて、聞いたこと無いんですけど!」


とりあえず私は思い付く限りの愚痴を並べて、少し落ち着いた。彼の実力は少なく見積もってもAランクを下ることはないだろう。Bランクの私でも、Cランク6人に包囲されて一斉にこられたらひとたまりもない。にもかかわらず、彼は事も無げに襲撃者達を圧倒していた。まさに規格外。いや、彼がノアだと考えればもはや人外の存在だ。


「彼の背後には誰が・・・他国の存在?といっても、彼はノア・・・どちらの国にも受け入れがたいはず。となれば、神殿勢力?有力貴族?あぁ、もう!とにかく今はもっと多くの情報が必要ね」


あれ程強大な戦力なのだ、ただの学生という訳ではないだろう。団長の危惧する通り、どこかの勢力の者が学生に紛れて情報収集をしている、もしくは尖兵として潜り込んでいると考えた方が自然だ。私に課せられた任務を達成するためには、彼の背後に誰がいるかを注意深く見極める必要がある。


「はぁ、貧乏くじ引いたなぁ・・・こんなのBランク任務じゃなくで、Aランク任務なんですけど!でも、ここで結果を出せば出世の道が開けそうだしなぁ・・・頑張ろ!」


大きなため息を吐き出してから、私は決意を新たに拳を握りしめた。自分の実力ではこれ以上の出世は望めないだろうと諦めていたが、今回の任務は稀にみる高難度のようだ。その事をきちんと報告して、その上ちゃんと達成できれば、の直属になることも夢ではないだろう。



 そんな事を考えながら、状況の推移を見守っていると、どうやら彼は襲撃者達を騎士に引き渡しているようだ。これにて今回の騒動は終了だろう。他の子達の状況を見るに、この後は真っ直ぐ学院へ戻るだろうと考え、私は肩の力を抜いていた。


その油断がいけなかったのか、監視していた対象から一瞬目を離した隙に、私は彼を見失っていた。


「えっ?うそ?そんな一瞬で?いったいどこに?」


遠見筒でいくら探しても見当たらない。焦ってはいたが、この公園を離れる際には友人と合流するはずだと考え、対象を見失った事をそこまで致命的な事だとは考えなかった。その考えが最悪の状況を招いてしまった。


『ぽん!ぽん!』


「お姉さんは、何者ですか?」


「っ!!」


優しく肩を叩かれて声を掛けられた私は、一瞬心臓が止まったかのような錯覚に陥った。何せ監視対象に自分の存在がバレていたどころか、接近にも気付かずに声を掛けられているのだ。実力においても彼の方が数段上となると、既に私の未来は詰んでしまった。


(あぁ、最後にこの都市で有名なミシュランのケーキが食べたかった・・・きっとこのまま組織に連行されて、私は拷問を受けるんだ・・・しかも女ということをいいことに、情報を聞き終えたら汚い男達の慰み者にされるんだ・・・)


監視対象に声をかけられた瞬間、自分の待ち受ける未来がはっきりと脳内で想像できてしまった。例え身体は屈しようとも心まで屈することはないと、せめて騎士として誇り高く死んでやるという決意を胸に、相手に一言噛みついてやろうと考えた。


そうして、相手に言い放つ最も適切な言葉を選んで、彼を睨み付けながら私は声を上げた。


「この変態っ!!」




 監視者の正体を探るため、相手の視線が途切れた瞬間を狙って僕は行動を起こした。瞬間的に闘氣を使用して、一気に相手の後ろをとる。僕を見失った監視者は、立木に隠れながら筒のような物を覗いて慌てていた。


(僕を見失って焦っているということは、本命はアッシュではなく僕だったか・・・)


どうやらかなり焦っているようで、背後への注意が疎かになっている。その隙にゆっくりと接近しながら、まずは外見から監視者の情報を探る。高級そうなフード付きの黒いコートを被る監視者は何やらブツブツと喚いているが、その声から女性のようだった。


(身長は僕より低い位か。帯剣してるから剣術師かな?っ!?コートに紋章が刻印されてるな・・・どこかの組織に所属しているのか?)


外見から読み取れる情報は少ないが、コートに刻印された剣と杖が交差した紋章から、組織だった行動なのだろうと考えた。ここで更に騒ぎを起こして相手の組織が大々的な行動に出てくるとすれば、僕の周りに居る人達にも迷惑が掛かるため、慎重に対応しようと決めた。なのでまずは、なるべく驚かさないように優しい声で肩を叩いた。


「お姉さんは何者ですか?」


「っ!!」


彼女はビクッと肩をすぼめて、錆び付いたドアのような動きでこちらに振り向いた。その表情は驚きと絶望がない交ぜになったようで蒼白だったが、急に睨みを効かせて言い放ってきた。


「この変態!!」


「・・・へっ?」


 想像もしていなかった言葉に僕の思考は停止してしまい、どう対応していいかわからなくなってしまった。なにせ肩に手を置いただけで変態と称されてしまったのだ。そうすると、見ず知らずの女性に声を掛けることすらも一般常識ではタブーなのかと混乱してしまったのだ。


彼女は肩に置いていた僕の手を振りほどいて少し距離をとると、続く言葉に更に僕は混乱してしまう。


「わ、私の身体をいくら辱しめても、騎士として、心まであなた達に屈することはない!」


「は・・・はい?」


力説する彼女は被っていたフードが外れ、その顔が露になった。焦げ茶色のショートカットで、そばかすが残る女性だ。年齢は20歳位だろうか、気丈な表情で僕を見据えてくるが、震える手足を見ると何かに恐怖しているようだ。


(あっ!僕に恐怖してるのか?いや、あなた達って言ってたな・・・え?僕とアッシュってこと?というか辱しめって・・・なんだ?)


頭の中を疑問符が飛び回るが、この変な雰囲気を何とかするために会話を試みる。ありがたいことに彼女は自分の事を騎士と言っていたので、犯罪組織ではないのかもしれない。


「な、何か誤解があるような気もしますが、そちらの組織が僕を監視していたんじゃないんですか?」


「なっ!?何故私が組織の人間だと分かった!!?」


僕の問いかけに、何故か彼女は驚愕の表情をしていた。自分で騎士と名乗ったことを忘れているようだ。


「い、いや、さっき自分で騎士って言ったじゃないですか!」


「な、何?この私を巧みに誘導して正体を吐かせるなんて・・・子供とは思えないんですけど!」


真面目くさった表情でそう言う彼女を見ながら、ふと思った。きっと彼女は残念な性格をしているのだろうと。


「と、とにかく、そちらが騎士というなら国の組織なんですよね?僕が監視されている理由が分からないんだけど?」


「ふっ、ぬけぬけと口が回るわね!君がどこぞの組織に雇われた要注意人物だからに決まっているんですけど!」


「・・・・・・へっ?」


予想の斜め上をいく彼女の言葉に、再度思考が停止してしまう。いつのまにか僕はこの国にとっての要注意人物に指定されていたらしい。騎士と接触したのは、この都市に来る前のエリスさん達の一件が初めてだ。となると・・・


「これはエリスさんの指示ですか?」


どや顔をしている彼女に向かって、僕の推論をぶつけてみる。


「なっ!既に団長の名前も調査済みなんて・・・いったいどこの組織の者なのっ!?」


いまいち会話が噛み合わない彼女とのやり取りに段々と疲れてきたので、早く終わらせる為にこちらの潔白を伝えようと試みる。彼女の様子から悪い人ではないようだったので、早く納得してお引き取り願いたかったのだ。


それに、自分の実力が世間一般からは、かなり高い位置にあることが最近ようやく分かってきたので、彼女の言葉を合わせると、監視された理由も何となく想像がついた。


「僕はただの田舎からの出身者で、どこぞの組織なんかに所属していませんよ!」


「ふっ!子供でありながらそんな実力を身に付けておいて、そんな訳ないんですけど!」


まったくと言っていいほどこちらの話を信じてくれない相手に、どうしたものかと考え込む。


(も~!エリスさんっ!困ったら力になってくれるって言ったのにっ!!今、まさにあなたの部下のせいで困ってますよ!!・・・そうだっ!)


そこで僕は一つの可能性を思い付いた。おそらくエリスさんは僕の実力の高さに驚き、どんな人物なのかを探るためにこの人を監視に付けたはずだ。エリスさんの護衛していた馬車の人物がこの国でも高い地位にいる人なら、正体不明の実力者というのは不気味に映るからだろう。


となれば、監視しているということを僕に知られたくはないはずだ。200万コルもするような宝石を渡して友好関係を作ろうとしたのに、早々にその関係を反故にするとは考え難い。


「ところで監視者さん。こうして僕に監視が気づかれて会話をしているという状況は、任務として大丈夫なんですか?」


僕がそう聞くと、途端に彼女の顔色は青を通り越して白くなったが、すぐに開き直ったのか唇を尖らせて反論してきた。


「そんなこと言って、どうせ私を拘束して尋問するんでしょ!?もう任務は失敗したんだから今更なんですけど!あんただって年頃の男の子だもんね!どうせ私のこの豊満な身体を自由に出来るとか考えて、鼻の下を伸ばしてるんでしょ!」


そう言いながら、彼女は自分の胸を腕で隠すようにしてこちらを睨んできた。正直言って彼女が豊満かどうかは疑問だ。なにせ、ジーアの方が女性としての全体的な魅力は高いし、なんなら胸の大きさはカリンにも負けているのだ。加えてこの残念な性格に、大人の女性でありながら僕は何一つ魅力を感じられなかった。そんな思いが表情に現れてしまったのか、彼女は地団駄を踏みながら憤慨したように言い募ってきた。


「な、何よその顔はっ!!私に女性としての魅力が無いって言うわけ!?けっ!やっぱりまだ子供なんですけど!大人の女性の魅力に気づかないなんてね!」


「は、はぁ・・・」


既に最初の緊迫したような空気はなく、彼女からは脅威を感じないし、国からの任務となれば僕の潔白が分かれば勝手に居なくなるだろうと考えて放置することにした。単に彼女との会話が面倒になったとも言うが、僕の中ではどうでもよくなってしまっていた。


「まぁ、監視したいならお好きにしてください。この国と敵対したいわけでもないですから、あなたを拘束もしないのでご自由にどうぞ?」


「はっ?えっ?何よそれ?意味が分かんないんですけど?」


「じゃあ、ありのままエリスさんに報告しといてね!では、失礼します!」


「ちょ、ちょっと!何なのよ!も~!!ワケ分かんないですけど~!!」


 彼女の叫びを聞きながら、僕は目の前から立ち去ってアッシュ達と合流した。


僕の姿を認めた皆は安心した表情を見せていた。やはり、あの騒ぎが後を引きずっているのだろう。しばらくは皆の精神状態を気に掛けた方が良いと考えながら、皆で学院へと戻ったのだった。


(はぁ、面倒な事にならないと良いなぁ・・・まったく今度エリスさんに会ったら、一言文句言って・・・ん?そう言えば、エリスさんの名前ってたしか・・・)

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