第4話 幼少期 3

 僕の両親の職業は、父さんが鍛冶師で母さんが細工師をしている。


父さんの作る刃物や武具には、全てに魔獣から採取される魔石を粉状に挽いたものを加えている。魔石は魔獣から採取されるもので、ランクの高い魔獣ほど大きくて純度の高い魔石が採れる。良い魔石を武具に混ぜ込むほど、より強力なものが出来上がるらしい。父さんの鍛冶師の腕は結構評判らしく、しばしば注文を受け数日間ハンマーを叩きつける日々が続くこともある。それでも必ず僕の鍛練の時間は作ってくれるので、ありがたいやら残念やらだ。


父さん曰く、玉鋼に魔石を均一に混ぜ込むにはかなりの技術が必要で、品質もただの玉鋼とは比べ物にならないのだと言っていたが、父さんの武具しか見たことがない僕にとっては比べようがない。確かに父さんの作った包丁は切れ味抜群で使いやすい、と普段父さんを誉めない母さんが言っていたので、本当に凄いのだろう。


この技術については今は亡き僕の祖父、つまり父さんの父親から教わったのだという。しかも、鍛冶を学んだ理由は、「しっくりくる武器が無いから自分で作る」という単純なものだったらしい。ただ、父さんがその気になれば、ただの木剣で魔獣を綺麗に切断していたのを見たことがあるので、本当に必要だったのだろうかと首を傾げる。



 母さんの細工師とは、魔石に呪文を刻み込むことで魔導媒体を作る仕事だ。本来魔術の発動には詠唱による呪文が必要なのだが、その呪文を魔石に刻み込むことで詠唱を省略することが出来るし、魔術の発動もサポートしてくれるらしい。ランクの高い魔獣のものほど高威力の魔術を発動できるらしく、大抵の魔術師は、加工された魔石を杖の先端に取り付けて使用するらしい。


らしいというのは、僕は一度も使わせてもらったことが無いからだ。母さん曰く、「若い内から楽を覚えるな!」というありがたい言葉の元、基礎を叩き込まれる毎日なのだ。母さんも細工師として結構な腕前らしく注文が度々あるのだが、やっぱり僕の鍛練に割く時間はしっかり確保してくれるのは、涙が出るほど嬉しいと一度本当に泣きながら言ったことがあった。残念ながら僕の気持ちを別の意味で察してくれない母さんは、満開の笑顔で更に厳しい鍛練を僕に課してくれたものだ。


 つまり、両親の仕事には大量の魔石が必要なため、ただでさえ森の奥深くに住んでいるというのに、月に一度は住んでいる森の最奥へと家族総出で遠征をしている。最奥にはAランク魔獣のフェンリルやベヒモス等がゴロゴロ居て、格好の狩り場なのだという。ちなみに僕の仕事は両親の戦闘の見とり稽古と、討伐後の魔獣を解体して魔石を取り出す作業だ。


ただ、父さんも母さんも一切の容赦無く次々と魔獣を討伐していくものだから、解体が全く追い付かない。最後は3人で魔獣を一ヶ所に集めて解体祭りになるのがいつものことだ。そして、その後はしばらく肉料理の日々となる。



 そして今日は、その月に一度の森の最奥への魔石採取の遠征の日だった。


「さて、エイダももう10歳だ。今日は実際に魔獣討伐をさせようと思う」


遠征の準備の為に家の外で荷物チェックをしていると、不意に父さんが僕の肩に手を置きながらそんなことを言ってきた。


「えっ?本当!?」


今まで基礎の鍛練しか許されておらず、魔獣との戦闘はずっと父さんと母さんの見とり稽古だったので、急なその言葉に嬉しさ半分、緊張半分の思いだった。


「まぁ、基礎的な実力は付いてきたし、一度自分の実力を確かめてみるのも鍛練の一つだからな」


魔獣との実戦もあくまで鍛練と言いきる父さんに、僕は苦笑いを浮かべてしまう。とはいえ初の魔獣との戦闘なので、浮き足だって無様を晒すわけにはいかない。そんなことになれば、過保護な両親は鍛練の厳しさを今の数倍に引き上げ、もっと力を付けてからでないと実戦を許さないだろう。そんな両親の納得できる水準に到達するのに何年掛かるか、考えるだけでも恐ろしい。


「武器は?さすがに木剣だと倒せないと思うんだけど?それとも魔術で?」


「ちゃんと用意してある。今回は剣術を主とした鍛練だからな。これは父さんが子供の頃に使っていたものだが、お前用に打ち直したものだ」


そう言って父さんは、漆黒の鞘に収まっている剣を差し出してきた。ずっしりとした重さが手に伝わる剣を鞘から引き抜くと、赤みがかった色をした刀身が露になった。長さはいつも鍛練で使っている木剣と同じだ。しかし、本来対象を斬るはずの刃は無く、先端が鋭いだけの刃を潰した模造刀のように見える。


「・・・父さんこれの刃は?」


「ふむ、今までお前に教えてきた事は覚えているな?」


「って言っても、ずっと父さんの攻撃を防御することしか出来なかったんだけど・・・」


「それでいい。今後お前が敵と相対する際には、防御に徹して相手の体勢を崩し、僅かな隙を作り出して敵を仕留める方法が最適だろう」


「つまり返し技?」


「そうだ。今回の遠征で父さんがその技を見せる。それを習得するんだ」


「いきなり実戦でっ?」


「何を言ってる、魔獣相手などただの鍛練だ。それに、父さんがお前相手に見本を見せるとなると・・・死ぬかもしれんぞ?」


冗談の一切無い本気の表情で、そう僕に父さんは告げてくる。


「いや、寸止めして・・・は無理だよね」


「返し技だからな、仕方ないだろう」


父さんが剣を教えるときにはいつだって全力だ。特に僕に動きを覚えさせる際には、手加減の結果本来の動きとは微妙に異なる動きを見せて、僕が間違った動きを覚えてしまうことを懸念している。今までは、ただ一連の動作を見せれば良かったが、返し技には相手が必要だ。それを見せるために僕に攻め込ませた結果、手加減のない父さんの返し技を受けたら、跡形もなく消滅しそうな未来が容易に想像出来る。


「うん、仕方ないね・・・」


 そんなやり取りをしていると、荷物を持った母さんが出てきた。手に持っている篭からは良い匂いがしてくるので、あれは今日の昼食だろう。背中に背負っている荷物は調味料と調理器具だ。ちなみに、二泊三日を森の中で野営するのだが、今まで一食分の食事以外の食料を持って行ったことがない。森の中は山菜や木の実が豊富だし、何より魔獣の討伐を行えば食料に困ることはない。持っていくだけ邪魔になるということだが、もし僕が両親以外と野営に行く際にはちゃんと食料を準備するんだぞ、と教えられている。


「忘れ物は大丈夫だった?そろそろ行くわよ?」


「「はーい!」」



 家を出て半日が過ぎた頃、日が暮れる前にようやく目的の狩り場近くの野営に適した場所に到着した。ちなみにここまで昼食で休憩をとる以外はずっと走りっぱなしだった。僕と父さんは鍛練も兼ねて、闘氣を身体に纏わせながら走りにくい森の中をかなりの速度で移動する。また、僕達と違って母さんは、風魔術を使用して地面スレスレを飛行しながら移動する。正直去年までは2人に付いていけず、父さんにおんぶしてもらっていたのだが、最近はようやく付いていくことが出来るようになってきた。ただ、疲労で満身創痍の僕と比べると、二人の顔に疲れは見えなかった。


「はぁはぁ・・・ようやく、着いた・・・」


「う~ん、エイダはもう少し体力を付けないといかんな。この程度で息を切らすようじゃ、まだまだだぞ!」


「体力は有るに越したことはないわよ?疲弊して動きが鈍ってそのまま・・・何て話はよくあることよ?」


大の字で地面に横たわり、乱れた息を一生懸命整えようとしている僕を覗き込みながら両親は僕の体力の無さを指摘してきた。去年より体力は付いてきているし、2人と比べられてはたまらないので、その言葉にちょっと口を挟んだ。


「母さんは後衛の魔術師なんだし、体力の事なんて分かるの?」


「あら?私の魔術で逃げ惑った剣士が、結局逃げる体力が尽きて悲惨な死を迎える話を聞かせた方がいいかしら?」


「・・・ちゃんと体力付けるよ」


「よろしい!」


ちょっと減らず口を叩こうものなら、倍になって母さんから返ってくる。特に母さんの実体験からなる話は、臨場感があり過ぎて怖いのだ。相手の肉の焦げる音から匂いに至るまで、狂気に満ちたような笑顔でリアルに語る母さんの話は聞いたが最後、一人で寝れなくなってしまう。


「エイダは魔力も闘氣も扱えるからな、両方の長所を最大限活かせるように教えていくつもりだ。が、今はそれぞれを単体で学ぶ方が効率が良い」


「そうね。もう少ししたら次の段階に上げるわよ?」


「・・・はぁ」


つまり、この先更に鍛練が厳しくなるのだという無慈悲な両親の宣言に、僕は力無く肩を落としたのだった。

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