閑話 泣けど喚けど人のもの


◆ さっちゃん


 二宮と結婚したのは、もう他に選択肢がなかったからだ。

 彼の細胞の一つ一つにまで海の匂いが染み付き、彼が海の話しかしなくなったから、彼をこの陸の上に繋ぎ止めるには結婚するしかなかった。だからプロポーズしたのだ。

 彼は私の申し出に一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに爆笑した。

「いーね、さっちゃん男前ー、アハッ」

 それで彼は戸籍上私の家族になった。でも彼に夫の役割なんて私は求めていない。そんなことできるはずがないから。

 そんなやつよりいいやつはいる、と言われたらその通りだと思う。

 でもそのいいやつが私のことを選んでくれる保証もないし、そのいいやつを私がすきになれる保証もない。なにより私はこの海の匂いに抱かれるのがすきで、それから彼のオレンジ色の頭がすきで、彼が笑うところがすきだ。だからこれでいい。

「ねえ、さっちゃん、結婚ってなんなんだろ。なんか俺が結婚したからってニィノが冷たいんだよなー早く帰れとかさー、……なんか厳しくなった気がするー」

「……結婚は結婚よ。私はあんたの奥さんであんたは私の夫なの」

「そんだけだろ?」

「そうね」

 たしかに彼にとっては『そんだけ』のこと。

「でもあんたは私の夫で、要するに私のものなのよ」

 彼はよくわからなかったのか首をかしげた。その無防備さが面白くて私はケラケラ笑った。ひどい話だ。なんてかわいそうな一くん。

 それでも私は彼を手放すつもりは少しもない。これまでも、この先も、絶対に。

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