12/12 オレンジとレモン
「レディ」
「なぁに?」
「なんなの、僕たちのこの格好」
「あら、わかんない?『
僕たちは、目の部分だけが空いた、肩口までを覆う真っ赤な頭巾をかぶっている。さらに、手には指先だけが出た真っ黒なグローブ。これには、ギラギラした金属のスタッズが幾つもついている。
そのうえ、レディの手にはマサカリが、僕の背中には大きな製菓用ボールが、それぞれ装備されていた。
「な、なんで、そんな物騒なものにならなきゃいけないんだよ! しかもさ、グローブに、こんな飾り必要なくない?」
「そりゃ、チョップするために決まってるじゃない。あと、スタッズはアタシの趣味。なんか文句あるぅ?」
ストライプ柄のドレスに代わり、ぴったりした黒のレザージャケットにパンツ、それにピカピカした赤の編み上げブーツというファッションに身を包んだレディは、ぎろりと睨んでくる。
文句は……あるよ、普通に。
……僕の格好、完全に変態じゃないか……。
でも、こんなところで臍を曲げられたら困る。だから、黙って後をついていくことにした。
しばらく森を進み、辿り着いたのはポッカリとあいた広場だった。木や草はそこだけ生えておらず、かわりにチョコレート色をした煉瓦が敷き詰められている。
ズンズンと広場の真ん中に歩いていって、レディは嬉しそうに言った。
「ああ、鐘の音がよく聞こえるわ」
鐘の音……? 僕には何にも聞こえない。聞こえるのは木の葉や草が風にそよぐ、サヤサヤという音だけ。
「コータ、こっちに来てみなさいよ!」
不審に思いながらも手招きされるがまま、進む。たどり着いた時で、僕はその言葉の意味を理解した。
ガランゴロンガランゴロン
ガランガランガランガラントルンカリン
いくつもの鐘がたしかに鳴っている。鐘の姿は影も形も見えないのに、音だけは煩いほどはっきり聞こえてきた。
「ここはね、鐘の広場っていうの。聞こえるでしょ? 6つの鐘が鳴っているのが。ここで『オレンジとレモン』って鳴いてる鐘がひとつあるから、その音だけを、このマサカリでチョップするわけ」
「チョップ……?」
「そうよ」と、レディは手を上から下に振り落とす仕草をする。
「そしたら、どうなるの?」
「そりゃ、木っ端微塵になったオレンジとレモンが出てくるわ。なによ、その顔。必要なんでしょ?」
「う、うん。そうだけど……」
たしかに僕は、紙に『オレンジ レモン 細かくして』って書いていた。書いていたけども。
音をチョップするだって?
でも、昨日「髪」が「紙」になったんだから、オレンジとレモンって聞こえるという鐘の音が、実物になってもおかしくない。いや、本当はおかしいけど、ここではおかしくないのかもしれない。
「お手本をみせてあげるわ」
そういうと赤頭巾を翻したレディは、マサカリを大きく振り上げて構える。昨日一生懸命に僕が研いだマサカリの歯がギラリ。獰猛に光った。
「気をつ……」
「しっ、静かに!」
口元に指を当てたあと、レディは目を閉じて、意識を集中させる。鳴り響く鐘の音は、煽るように一層騒がしさを増した。
しばらく音を聞いていたレディは、突如「やっ!」という掛け声とともに、マサカリを素早く振り下ろした。ビュオンという刃物が空を切る音がし、直後、オレンジとレモンの破片が、切られた空間からブワッと吹き出してくる。
うわぁ…………!!
辺りに広がる柑橘系のさわやかな香り。
返り血のように果汁を浴びたレディが、妖しく微笑む。
「ね、簡単でしょ?」
怖い。僕は少し泣きそうになりながら、コクコクとうなづいた。
◇
——案の定、僕は大苦戦した。
ともかく鐘の音は、好き勝手に鳴っている。連続したり、ひたすら沈黙したり、はたまたフリージャズよろしく不規則に鳴ったりして、もうメチャクチャだ。加えて、そのメチャクチャな鐘が6つもあるわけで、それはもう混乱を極めた。
さらに『言っとくけど、間違った鐘の音を24回チョップしちゃった場合、自分がチョップされちゃうからね』と、レディに恐ろしいルールを知らされたせいで、僕は思い切った動きができずにいる。
「ちょっとぉ、もう帰りたいんですけどぉ」
退屈そうにレディが、広場の端でお茶——どこから取り出したのかは不明——をズズズとすすりながら急かす。
くっそーーーー!
もういっそレディがやってくれれば……いやいや、これは僕がやらなきゃいけないことだ。勘違いしちゃいけない。レディはこんな右も左もわからない僕を、一口のクリスマス・プディングという報酬だけで手伝ってくれている、優しい女の子なのだ。多くを求めてはいけない。そう自分をいなす。
徐々に太陽が傾き、広場を照らす光が赤みを増していく。比例するように、焦りはどんどん大きくなっていった。
ただ——幸いなことに。
日没が近づけば近づくほど、風は止み、それとともに音が聞き取りやすくなってきた。
だんだん耳が慣れてくる。
少しずつ、それぞれの鐘の音の区別がつきはじめた。
カァァシィイィタァ カァアンネェカエセェェン
イィィィツゥウゥ ハァラァウゥン
カネェェェェデェキィ タラアァアァン
ィイイッツッ ヤネェェン
シィラァアァン ワァアァ
あれ? この鐘たち、お金の話してないか? 鐘、だけに。
気のせい?
意識すれば、その中で一つだけ空気を読まずに『オォレェェエェンジトォ レェモォォン』と叫んでいる鐘の音が、途端に目立って聞こえてくる。
わかる、わかるぞ!
オ…
いまだっ!
音の始まりをめがけ、マサカリを思い切り振りおろす。
ズバァアアァッツッ!!!
腕に伝わる、何かを斬った確かな感触。
パラパラパラパラッ
雨のように、赤頭巾を香しい破片が掠める。
「だいせいこぉーー♡」レディの興奮した声。
僕はグッ! と拳を突き上げた。
なんとなくコツを掴んだ僕は、そのあと続けざまにチョップに成功して、大量の『オレンジ』と『レモン』の細切れを得ることに成功した。
そして、ほくほく顔で帰路についたのだ。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
以下、登場したマザーグースの紹介
『Oranges and Lemons 』
(オレンジとレモン)
Oranges and lemons, Say the bells of St. Clement's.
You owe me five farthings, Say the bells of St. Martin's.
When will you pay me? Say the bells of Old Bailey.
When I grow rich, Say the bells of Shoreditch.
When will that be? Say the bells of Stepney.
I'm sure I don't know, Says the great bell at Bow.
Here comes a candle to light you to bed,
Here comes a chopper to chop off your head.
「オレンジとレモン」セント・クレメントの鐘が鳴る。
「5ファージングの貸しがある」セント・マーチンの鐘が鳴る。
「いつ払うんだい」オールド・ベイリーの鐘が鳴る。
「お金持ちになったらね」ショーディッチの鐘が鳴る。
「いつなるのさ」ステプニィの鐘が鳴る。
「知らないねぇ」ボウの大きな鐘が鳴る。
さあ、ローソクがきた お前をベッドに連れていくために。
さあ、首切り役人がきた お前の首をチョン切りに。
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