12/9 ペタペタ こねこね ケーキ屋さん
のそりと体を起こし、あたりを見回す。
「ダメか……」
元の世界に戻ってきていることを、ちょっと期待していたけど、残念ながらそんなことはなかった。
相変わらず、知らない厨房に「僕」は居る。
あのふざけたメッセージを読んだあと、なぜだかひどく眠たくなって、厨房の端にあった長椅子に腰掛けたことは覚えている。どうやら、そのまま椅子をベッドに眠りこけていたらしい。
やっぱり、やるしかないのか?
ポケットに手を伸ばし、もう一度例の紙を引っ張り出して眺める。
クリスマス・プディング……
クリスマスまでに……ってことは25日までか。
ちらと、カレンダーに目をうつすと12月9日部分にハートが書き加えられていた。
「えっ……?」
この紙をみたときは、確か8日だったはず。
まさか、丸一日寝ていた……?
パティシエである僕は、12月つまり洋菓子店の最繁忙期に入ってからは、ほぼ不眠不休で働いていた。だから恐ろしく疲れていたことは間違いない。でも、それにしたって寝過ぎじゃないか。
信じられない思いで立ち上がり、カレンダーに近づく。と、やはりというか何というか、新たなハートの中にはあの特徴的な文字が踊っていた。
『外の散歩は、いかが♡』
はあ。謎の丸文字の言う通りに動くのは癪だけど、何にも分からない以上、そうするしかない。
そもそも外には、どうやっていったらいいんだ?
ドアなんて、この場所には————あった!
カレンダーの隣、元々はただの壁だったはずのところに、ドアがあった。さっきまでは絶対に無かったはずなのに。
真鍮製のノブに手をかけると、想像していたよりも軽い感触でドアは開いていった。
◆
「うわっ……!!!」
目の前の光景に、思わずのけぞる。
黒々とした迫力満点な森が、見渡す限り広がっている。枝にモコモコと葉をつけた大小さまざまな木がひしめくように生え、それがずーっと奥まで続いていて、果ては見えない。ゴウゴウと木々の間を渡ってきた風が、コックコートを大きくはためかせた。
こ、ここを散歩しろって?
おずおずと二、三歩すすみ、やっぱり不安で、出てきた建物を振り返る。
僕がいたのは茶色が基調の、どこもかしこもぷっくりとした、まるでパンか焼き菓子のような建物だった
屋根の上には、大きな看板が掲げられている。
『ペタペタ こねこね ケーキ屋さん』
恥ずかしくなるほど、可愛い謳い文句。まるで子供用の絵本か、童謡のタイトルだ。
ん?……童謡?
そういえば、あの自称サンタクロースからのメッセージには「マザーグースの森へようこそ」って書いてあった。あまり詳しくはないけれど、マザーグースって確かアメリカやらイギリスの、昔からある童謡みたいなやつだよな……?
もしかしたら、これもマザーグースのタイトルだったりして……。
そこまで考えて再び森に目を戻すと、奥で何かがピカッ。光ったのが見えた。
「なんだ、あれ?」
不可思議な場所への恐怖よりも好奇心がまさった僕は、そこに近づいてみることにした。
*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*
以下、登場したマザーグースの紹介
『Pat-a-cake, pat-a-cake, baker's man』
(ペタペタ こねこね ケーキ屋さん)
Pat-a-cake, pat-a-cake, baker's man,
Bake me a cake as fast as you can;
Pat it and prick it, and mark it with B,
Put it in the oven for baby and me.
ペタペタ こねこね ケーキ屋さん、
ひとつ焼いてよ おおいそぎ。
こねて 穴あけて Bの字 書いて、
オーブンにさあ アタシと坊やのために。
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