第10話 それでも

ヒカリは見渡す限り土と岩しかない地域を、また西へと歩き続けていた。

ルフラを出る時にヒッチハイクした車に途中の少数部族の村まで乗せてもらったが、ここ数日はまた徒歩での移動になっていた。

牛にさえ出会わない状況が何日も続き、さすがのヒカリも精神的に疲れてきていた。

『食料もほぼ底をついたし、そろそろ着かなきゃここで干乾びちゃう。』

そう思いなら空を見上げた。

『空は、どこへ行っても変わんないんだな。』


干乾びかけたヒカリがやっと次の国を視界に捉えたのはそれから二日後のことだった。

砂漠の中のオアシスのようなその国に入った時には、ヒカリは自分のお腹と背中が完全にくっついていると確信していた。

ヒカリはふらふらの足で一番最初に発見したなんだかオシャレなカフェに入っていった。

「…なんでもいいから食べる物と飲み物ください…」

オシャレなカフェにまったくふさわしくないいでたちと、前代未聞の注文の仕方を聞いた店員は目を丸くしていたが、すぐに事情を察知して労うように微笑んだ。

「すぐにお持ちしますので、どうぞおかけになってください。」

ヒカリはまたふらふらと近くの椅子に向かって歩いた。

椅子までが異常に長く感じられた。

他の客がめずらしそうにヒカリを見ていたが、ただ好奇心で観察しているだけのような純粋な目だった。

店員が持ってきたオシャレに盛られたサンドイッチに飛びついたヒカリは一瞬でたいらげた。

そして周りの人達が興味深々の目で自分を見ていることに気づいたのは、三杯目の水を一気に飲み干した後だった。

「…あ、どうも。」

一番近くのおじいさんが楽しげにヒカリを温かい眼差しで見ていた。

その視線に捕らわれてしまったヒカリはおずおずとそう言った。

「やぁ、君は東から来たのかい?」

「はい。」

他の客も皆ヒカリに注目していた。

なんだか居心地悪い感じを覚えながらも、周りを見回してなんとなく会釈した。

「いやいや東から人が来るなんて何年ぶりかね~歓迎するよ、ゆっくりしていっておくれ。」

おじいさんはそう言いながらゆっくり立ち上がってヒカリの前に来た。

「そうだ、良かったらうちに泊まっていってはくれんか?普段はばあさんと二人だが皆を呼んで歓迎のパーティーをしよう!」

ヒカリはおじいさんのこの言葉の意味を理解するのに少し時間がかかっているようだった。そして、今自分が初対面の人間の家に泊まり、さらにパーティーまで開かれるような非常事態に陥っていると気づいた頃には、おじいさんはもうその場にいた周りの人達を巻き込んでパーティーの打ち合わせをしていた。

「えっと、あの…ちょっと…えぇー…」

なぜか異常に盛り上がるパーティーの打ち合わせ。

ヒカリはそのテンションにまったく入っていけず、「もう一杯水ください」と店員に声をかけた。


「じゃあ六時に行きます!」

そう言って中年の男の人が立ち上がった。

どうやらパーティーは六時開始になったらしい。

打ち合わせが長々と続く中、何度かヒカリに「名前は?」「出身は?」「好きな食べ物は?」「食べられない物は?」など質問がきたが、それ以外はヒカリは蚊帳の外で打ち合わせは進んでいった。

今解散になったようで皆一斉に立ち上がり、それぞれの行動に移っていった。

中年の男の人がヒカリに近づいてきて、いきなりガっと両肩を掴んだ。

『いや、距離感っ。』

ヒカリは心の中でそうツッコんだが、声に出す勇気は無かった。

中年男のどアップにのけ反ったヒカリを気にもせず、大声で話しかけてきた。

「ヒカリ!イライザからここまで来るのは大変だっただろう、しかしよく来てくれた!ここが人間の最終地点と言われるカソリの東だ!ここには全てがある。君も絶対にここを気に入るよ!」

そう爽やかな笑顔で言った後、無理矢理ヒカリの手を取って握手して去っていった。

「えぇー…」


ヒカリは少し複雑な気持ちになっていた。

それはこれから予想だにしなかった自分を歓迎するパーティーが開かれるからではなかった。

『今の男の人が言った言葉、人間の最終地点、ここに全てがある…か。』

ヒカリはルフラで会ったカソリ出身の品のない男のことを思い出していた。

『彼は東の人間も、知らないうちに何かを排他していると言っていた。』

ヒカリは今の中年の男性のセリフで、その言葉のニュアンスを少し理解した気がした。

『人間の最終地点なんてこの世にはない。もし本気でここの人達がカソリの東を人間の最終地点だと思っているのだとしたら、もしここの人達が自分達が全てがある人間だと思っているのだとしたら。』

『彼の言葉は正しいのかもしれない。ここの人達は何かを見ないようにするために、何かを排他しているのか…』

ヒカリはおじいさんに話しかけられるまでずっと、そのことについて考えていた。


そして六時からおじいさんの家でパーティーが始まった。

パーティーという言葉さえ耳慣れないヒカリにとって、その異空間にいる自分が果てしなく場違いに思えた。

集まった人達は入れ替わり立ち替わりヒカリの元へやってきては、過去世でヒカリと友人だったとかご近所さんだったとかという話しを、ものすごい熱量で語ってくれた。

ある八十過ぎのおばあちゃんにいたっては、昔ヒカリと恋人同士だった!と言ったかと思えば、急におんおんとヒカリにすがって泣き出した。

そんな記憶もないしどうしたらいいかわからないヒカリは、呆気に取られたまま目をしばたかせて固まってしまった。

その後もヒカリの耳に入ってくる話題の八割が過去世の話しだった。

皆昔を懐かしむような調子で当たり前のように過去世のことを語っていた。

しかしヒカリは、皆の過去世に対するその熱量にどうしてもついていけなかった。


一時間もしないうちに埴輪のように魂の抜けた表情になっていたヒカリの横に、おじいさんが若い女性を連れてやってきた。

「ヒカリ!楽しんでるかい?」

「…はい、おかげさまで。」

ヒカリは愛想よくそう言ったつもりだったが、不覚にも右の口角がまったく上がらなかった。

「この子はわしの孫のお嫁さんだ。」

そう言って連れてきた女性をヒカリに紹介した。

「この子は君と一緒で元々はカソリの子じゃない。ルフラ出身の子でな、数年前にここに来たんだ。」

これには少し興味を引かれたヒカリは女性を見た。

その女性はヒカリと同じ歳ぐらいに見えた。

「ルフラ出身なんですね、なんでまたここに来ようと思ったんですか?」

ヒカリのこの質問は女性には意外だったようで。

「なんでって?それはあなたと同じで、ここに来る以外選択がなかったからよ!」

女性は驚いた!という表情でヒカリを見てそう言った。

「選択がなかった?」

「えぇ、私は抑圧しかないルフラで二十年生きて、心も体もボロボロになった。どうしようもない苦しみの中で、私はこのカソリのような世界で生きることを強く望んだ。強く祈った。だからもう、ここに来るしかなかったのよ。ここに来ることは最初から決めてきた運命だったのよ。そしてここには救いの全てがあった。温かい人達、人生の意味、苦しかった過去を理解してくれる仲間、そして最愛の人。」

ヒカリは偽りのないこの女性の言葉を静かに聞いていた。

この女性が言っていることは全て本当だと思った。

『この人もまた、苦しみの中で必死に幸せを願ってきたんだ。そしてここで、その願いが叶った。』

ヒカリは女性の目を見て微笑んだ。

「そうなんですね。」

ヒカリのこの深い共感に、女性は理解してもらえたと思って安心した顔をした。

ヒカリはその顔を見て質問した。

「ここで生きて、幸せですか?」

「もちろん、私は今すごく幸せ!ここには私が望んだ全てがあるし、それに、百年の時を越えて運命の人に再会できたんだから、こんな幸せなことってないわ!」

女性は心の底から幸せだという満面の笑顔を浮かべた。

二人の会話を聞いていた周りの数名も、その様子を微笑ましく見ていた。

ヒカリはその場の全てを見て、うつむいて静かに微笑んだ…


その日の夜、おじいさんの家の客間で眠りに就く前に、ヒカリは一人考え事をしていた。

『さっきの彼女の言っていることは正しい。何度も共に生きたパートナーと再会し、また幸せに暮らせたらそれは確かに無上の幸せだろう。』

ヒカリは女性の弾けるような幸せそうな笑顔を思い出した。

ヒカリはめずらしく、少し人を羨ましく思った。

『確かにここには全てがあるのかもしれない。温かい人の輪、心を満たす料理、苦しみも分かり合える仲間、魂のパートナー。…でも…』

その続きを考える前に、ヒカリは眠りに落ちた。


数日後、すっかりヨボヨボの状態から回復したヒカリは、また西に向かって進もうとしていた。

たくさんの人がどこからともなくやってきて、ヒカリが西へ向かうと聞いて驚いたり声を掛けたりしてくれた。

「悪いことは言わんから、ずっとここに居ていいんだよ?わざわざカソリの西へ行くなんて。」

優しく世話をし、数日泊めてくれたおじいさんが心配そうにヒカリにそう言った。

「ありがとうございます。でも西へ行くことは最初から決めていたことなので。」

ヒカリはすっかり打ち解けたおじいさんに優しい口調でそう答えた。

「そうか、まぁヒカリが納得できるようにしたらいい。でもいつでも帰ってきていいんだよ?私達はずっとここにいるから。」

ヒカリは離れ難い気持ちが出てくる前に行こうと思った。

その時、おじいさんの孫のお嫁さん、例の女性が走ってやってきた。

「ヒカリ?西へ行くって本当!?向こうには過去世のネガティブな感情のループと最悪な治安しかないわよ?」

女性は心底ヒカリを心配しているようだった。

「うん、知ってる。でも行きたいんだ。」

「どうして?あなたもここに居たら、絶対に運命の人と再会できる、そしたら絶対に幸せになれるのに!」

ヒカリは優しく微笑んだ。

「そうだね、でも僕は行くよ。」

女性の顔が曇った。

どうやらヒカリがまだその幸せの素晴らしさを完全に理解できていないと思ったようだった。

「ここの幸せは僕にとってもとても魅力的だよ?」

「だったら…」

少しすがるような目をした女性を真っ直ぐ見つめた。

「でも僕は…今は共に生きる人を見つけるために生きているわけではないんだ。そりゃ自分の決めた道を行く過程で、共に高め合い支え合う人ができたらそれにこしたことはないけど、でもそれが今の僕の人生の目的ではないし。僕は西へ、先へ行かなきゃ。」

ヒカリのこの言葉に周りがしんっとなった。

女性はハッとしたかと思うと少し寂しげな複雑な顔をした。

「そうね…ヒカリの幸せは、私が決めるものではない。でも…」

「ありがとう。ずっと幸せにね。」

ヒカリはそう言って皆にお礼を言って深く頭を下げた。

そしてそのまま皆の顔を見ずに振り返り、西へと歩き始めた。


しかし残されたカソリの東のほぼ全員が、ヒカリがまたここに帰ってくると思っていた。

『だって、ここが最終地点。』


ヒカリも皆のその思いをわかっていた。

『皆は僕がまたここに帰ってくると信じて疑っていない。…でも。』

背中に感じる皆の視線が重かった。

しかし真っ直ぐに前を見た。

『行こう!』




その頃ツバキも新たな旅立ちの時を迎えていた。

結局三週間近く湖のほとりの大きな樹の下で過ごし、「人間てこんなに泣けるものなんだな」と思う程泣き尽くした。

顔は二倍に腫れ、完全に目を開けることができなくなった日もあった。

しかし一週間、二週間と過ごすうちに、だんだんと涙の質が変わっていくことに気づいていた。

最初は嘆きでしかなかった涙が、途中から癒しの涙に変わった。

そしてここ数日は、こんな自分を受け入れてくれた自然への感謝の涙も混ざった、今までに体感したことがない涙だった。

そしてその感謝の涙も流し尽くした今、やっとまた立ち上がれる気がしていた。


ツバキは樹と湖の全体を眺められる位置に立っていた。

『優しく美しいあなた達を忘れない。きっとずっと、私の中であなた達は存在し続ける。』

「ありがとう。」

そう呟いて、歩き出した。


風が後ろから、背中を押すように強く吹き抜けた。

ツバキはその風の優しさを感じ、涙を滲ませ微笑んだ。

でも振り返らなかった。

『行こう。』




カソリの西は想像以上だった。

ヒカリは東と西とを分ける広大な砂漠をひたすら歩き続け、なんとかまた干乾びる前に西に辿り着けそうだった。

しかし今は西に辿り着く数キロ手前のはずだが、ヒカリはすでに異変を感じ取っていた。

遠くに見える西の街は、砂嵐に襲われているのかと思う程重いもやがかかっていた。

そして数時間後西に入った途端、そんなもやどころの騒ぎではないことを悟った。

鼻が曲がるような悪臭がたちこめ、辺り一面にあらゆる種類のゴミが散乱していた。

しかし一番ヒカリの心を萎えさせたのは、生ゴミや何かが燃えた焦げた臭いに混ざって、以前嗅いだことのある、あの吐き気がする臭いがしてくることだった。

『まただ…この臭い、サキが死んだ時の、スラムの臭いと同じ…』

ヒカリは目頭を押さえた。

『耐えられない。』

ヒカリは極力臭いを吸わないように足早に(はたから見れば完全なダッシュで)進んだ。


東の人達に教えてもらったように、街の中心地に行くと少し臭いも治安もましになったような気がした。

その時。

後ろから「わーっ!」と泣き叫ぶ子供の声がしたかと思えば、十歳にもならない小さな子供が必死で何かから逃げるようにこっちに走ってくるのが見えた。

その顔はすでにボロボロで、口元の殴られた痕と紫に変色した左目が痛々しかった。

子供は中年の小太りの男に追いかけられていた。

小太り男の形相は凄まじく、何かに取り憑かれたかのような狂気を帯びていた。

「待ちやがれ!コラー!」

次の瞬間子供は小太り男に捕まってしまった。

そして小太り男は腕を子供めがけて振りかぶった。

子供が反射的に手で頭を覆った瞬間…

「あぁーっ!」

ヒカリはほとんど無意識に大声で叫んでいた。

相当大きい声だったのか、建物の中にいた人まで何事だ?と顔を出した。

小太り男も驚いて、腕を振りかぶったまま固まってヒカリを見た。

「あ、すみません。お財布をどこかに落としちゃったみたいで…」

嘘だった。

そもそも財布さえ持っていなかった。

ヒカリは「大声出してすみません」と恐縮しているフリをしながら、チラッと小太り男の様子を見た。

小太り男はふと正気に戻ったのか、突然たくさんの人が建物から顔を出したことにバツが悪そうな顔をしていた。

振りかぶった腕を下げた。

しかしその手で子供の襟首を掴んで立たせ、苦しそうにする子供を見もせず引きずっていった。

窒息しかけながら絶望的な表情をした子供と、ふいに目が合ってしまった。

子供はヒカリに助けを求めるような、何かを訴えるような強烈な目をした。

その視線に、全てのエネルギーを集中させ、ヒカリにすがるような目。

ヒカリはその目に胸を掻き毟られた。

無意識に足が一歩進んだ。

でもどうすることもできなかった。

ただその目から逃げずに、ずっと見つめ続けることしか出来なかった。

子供は建物の中に引きずり込まれた。

「ぎゃー!」という悲痛な声が聞こえてきた。

ヒカリはうつむいた。

しかしすぐにまた振り返って歩き始めた。

雑に腕で顔を拭ってから…




そして同じ頃、ツバキも山を降りた後カソリの西へと向かっていた。

しかしツバキはそれよりも気になっていることがあり、心はそのことに奪われていた。

それは自分が今、これまでに味わったことのない不思議な感覚を体感しているということだった。

その感覚は、まるで自分の周りの壁が一枚剥がれたような感覚であり、突然目に見える世界が鮮明に見えるようになったような。

『世界ってこんなんだったっけ?』

ツバキは山とカソリの西の間の砂漠に差し掛かりながら、空を仰いだ。

地上の雑音に耳を貸すことのない、やわらかい雲が流れていった。

『呼吸をするのがこんなにも気持ちのいいことだと思うなんて。』

ツバキは自分の感覚の変化と、この世界の本当の質感を確かめるように何度もゆっくりと呼吸した。

ツバキの中の何かが、この三週間で確実に変わっていた。


ツバキがカソリの西に辿り着いたのは、預言の日の三日前だった。

『カソリの西は噂以上の状態だ…こんな現実がこの世にあるなんて。』

西の街に入った瞬間、ついさっきまで感じていた不思議ででもどこか心地良い感覚が、急速にしぼんでいくのを感じた。

不安と恐怖で足がガクガクした。

しかし足を止めたら何かに飲み込まれてしまう気がして、できるだけ早く歩いた。

道に座り込む人が、今まで見たこともないような目でツバキを見ていた。

ツバキは顔を隠し絶対に目を合わせないようにして進んだが、何かが口から出そうな程緊張していた。

息が切れても足を止めることは出来ず、結局街の中心地、比較的治安が良いところまで一気に進んだ。

そこでやっと少し歩を緩めたツバキは、まだ顔は隠しつつも辺りの様子を伺った。

中心街だというのに人通りは少なく、やはりところどころにボロボロの格好をした人が何をするでもなく座り込んでいた。

皆痩せた顔に虚ろな目をたたえて、完全に生気の抜けた体を気だるく壁にもたせ掛けていた。

ツバキはやっと少し冷静に周りを見ることができるようになったところで、改めてこの西の街の状態に激しいカルチャーショックを受けていた。

ほぼ城の中でしか生活したことのないツバキにとって、ここの現実は理解の範疇を超えていた。

『何がどうなったらこんな現実が作りあげられるの?』

その時、虚ろな目をして座り込んでいる人の中に、小さな子供もいることに気づいた。

しばらくわからなかったが、中には女の子もいて、ガリガリに痩せているだけでなく顔の半分がひどく火傷でただれ変形していた。

ツバキはその子を見るのも辛かった。

その時ふとその子が顔を上げ、ツバキを虚ろな目で見つめた。

その瞬間ツバキは雷に打たれたような衝撃を受けた。

『…なんて目をするの…この子は…子供にこんな目をさせるこの社会っていったい…』

ツバキの目に涙が滲んだ。

それは同情や悲しみの涙ではなかった。

悔しさと自分の不甲斐なさ。

『この現実に、私に責任がないとは言いきれない。私達の世代は、次の世代のこの子達の為に健全な社会を作る義務があるのに。』

ツバキはこの子達が健全に生きることができる社会になるためにはどうすればいいのか考えを巡らせた。

しかし、次の瞬間ハッとして固まった。

『でも…』

ツバキは預言のことを思い出した。

忘れていたわけではないが、ここにきてその預言の意味を痛感し血の気が引いた。

『この子達は健全な未来を生きる権利がある。それが叶わなくて、このままの現実の延長線の未来だったとしても、その未来を生きる権利がある。…でも、三日後、その全てが、奪われるんだ。』

ツバキはその現実に愕然とした。

『子供達のあらゆる未来の可能性を奪うこと…それは…』

ツバキは女の子を見た。

女の子は虚ろな目でツバキの涙が滲んだ目を見ていたが、まったく何も感じていないようだった。

表情一つ変えずに、ついに涙が溢れたツバキをただ見ていた。

ツバキはわかっていた。

この女の子の視界に入ったとしても、その目に自分が映ることはないのだと。

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