見えないほうがいいこともある
くわばらクワバラ
俺の失敗は誰かの成功
なんてこったよ。義務教育と三年、それと大学受験が終わりすべてから解放された気分になる暇さえも与えないこの世界はどうかしている。いや世界がどうにかしているわけではない。俺はこの世界が大好きだ。結果が分かりきった物事だけをやらされる学校と言う名の刑務所に入り約十年。あそこでは受刑者は生徒と呼ばれ四十人程度のいくつかの牢屋に分けられ囚人番号をつけられる。そして毎日毎日同じようなことを学校の「正義」、「先生」にやらされる。そりゃ腐る。皆同じようなことをやっていれば考え方も似たり寄ったりで「普通」を身につけさせられ退屈を極める。そして「普通」から離れれば離れるほど馬鹿にされ「普通」に取り込まれる。まったくよくできていやがるよ。少し間違えてしまった。俺は世界は好きだが社会は嫌いも嫌い、大っ嫌いだ。俺はいつもこんなひねくれたようなことを考えているわけではない。むしろ普段はこんなことなど頭に微塵もない。むしろこんなこと考えている奴は生理的に無理だ。それなのになぜこんなことを考え始めたかそれは簡単、大学を全落ちしたからである。そうだな、一瞬そうほんの一瞬、確かに学校に行って良かったこともあっ……
「ブーーブーー」
再開しかけた現実逃避をライン電話が邪魔をする。クソ迷惑。名前を確認するとそこには「
「もしもし」
ただ今の時刻、十二時二十分。
「暇だろ? カラオケいこ」
平常運転。まあ、部活も同じで仲がいい友達なんてこんなもんだろと思いながらも全落ちした奴に遠慮なく遊びの誘いをするのもどうかと思いながらも頭のどこかで「なんだこいつ」とか考えがよぎったようなよぎっていないような。
「じゃんけんで決めるか」
もちろんすぐに了解はしない。眞貴人の言っていることは正解、俺はものすごく暇。今もネットで動画を見たりうつぶせになってみたりしながら現実逃避をしているだけの奴を暇人と呼ばずなんと呼ぼうか。
「おっけい。三十分後に駅前のコンビニで」
いつもより対応が雑。俺のボケも拾わず用件だけ言ってなんなんだこいつは。まあ最後の大学に落ちたときはこいつも慰めてくれたんだけどな。指さして笑うラインスタンプでな。最低。
家にいたところでゴロゴロしているだけだし別に普通にいくけど。専門学校とか就職先とか考えろと言われそうだがまあ遊ぶことも大切ってことで。そうだ大切なのだ。今年は忙しすぎて様々な事情が重なり卒業式もやっていないしこのくらいは許してくれ。
スマホの電源を落としてベッドから起き上がり体を伸ばす。なぜ背伸びをした後にめまいがするのだろうか。中学校の頃から気になっていたどうでもいい疑問を高校卒業まで持ち越してしまった。ネットで検索すればいいというのは大学全落ちの俺の頭でも分かっているのだがその気にはなれない。こういう自分では調べないけど気になることを校長先生の講話で話せば少しは寝ている生徒も減ると思う。どうでもいいのだが。カーテンは中途半端に開けられ部屋の半分以上が教科書や参考書に占領されてしまっている現状。片付ける気にもなれない。パソコンやスマホゲームをするときは机でプレイするのでもはや俺の知ったこっちゃない空間だから掃除はしない。自分でも思った、だらしない奴……。
パーカーを身に着け家の鍵を閉め、自転車にまたがり家を出たすぐの坂を全力で駆け上がる。これを中学校から高校までの六年間続けた結果自転車を漕ぐ速さは確実に学年ベストスリーに入るレベルにまで成長した。少し謙遜した。間違えなくママチャリ使いの中では俺がナンバーワンの速さを誇るであろう。おかげで通学路でクラスの奴なんかを追い越すときは少し引かれる。だがその程度のことで速度を遅めることはない……何を考えているのか分からなくなってきた。それと同時にこの道の光景を見るのもあと少ししかないと考えると少し寂しい気持ちに襲われる。やっぱりどうでもいいことでも別れというものはなぜこんなにも寂しさを生むのだろうか。とても興味深い。まあ、宅浪なんてことになればまだまだこの道を嫌になるほど見ることになるのだが……。やめよう。
信号に引っかかることなく猛スピードで自転車を飛ばせば三分で着く。驚異の記録。誰か俺を超す者は現れぬのか? やば。今気づいたが早く出過ぎた。これじゃあ店前で待たされることになる。そして駅の目の前だから知り合いと会う確率が高まってしまう。非常にまずい。なぜ休日に知り合いと会うと逃げたくなるのか。人生最大の謎と言っても過言ではない。どれほどしょうもない人生歩んできたんだよ。まずい。全落ちしてから明らかに俺の様子がおかしい。このまま進化してしまいそうなのだがまあいい。とりあえず考え事をするのをいったんやめよう。
こんなくだらないことを考えているうちにいつもの風景が見えてきた。ポケットからスマホを取り出すと眞貴人の電話から十五分しかたっていないことに気が付く。あいつは電車だから早く着くこともないしな。コンビニで暇をつぶすか。自動ドアを通り抜け左に抜けると雑誌コーナーがある。にしてもなぜだ。なぜこんなにもこの時期になると大学生がなんちゃらとか新しい生活がなんちゃらとかそういう雑誌が多くなるのだ。大学に落ちた人間のことを考えていないだろこいつら。しかも六校受けて一つも受からず。別に特別ボーダーラインが高い大学というわけでもない。むしろ世間からの評価が良くはない大学も何個か含まれているのにどうしてだ。理由は明白。小学生の頃に中学受験をして成功した。そして怠けに怠けそれからまともに勉強したのは大学受験のためにやり始めた高校三年生の秋頃である。冷静に考えればこれで受かる方が凄いか。自慢ではないが高三の夏まで数列もわからなかったからな。もはや誇れるな……。なんでそんなに勉強しなかったというと正直どっかには受かるとは思っていたからである。そしてその結果がこれである。なんてこったパンナコッタ。
コンビニで暇つぶしというのも無理があるな。どうするかな。飲み物だけ買って外で待つか。
水とコーラを手に取りレジで会計を済ませ店を後にする。水を一口含ませゴクリと腹の中に落とすと自然とため息が出る。
まあ、なるようになるさとプラス思考が働こうとしたとき後ろから声が聞こえた。
「すみません、そこのお兄さん」
こんな田舎に積極的に声をかける度胸がある人間がいたとは。財布でも落としたか?
「はい?」
振り返ると何も持たずに眼鏡とスーツを身にまとった直感、二十歳後半ぐらいの男が立っていた。
「お兄さん。君を探していました。僕だよ僕」
は? 誰だよ。オレオレ詐欺って顔が見えてたら意味ないだろ? もしかして大学全落ちだからちょろいとか思われてる? さすがに引っかからねぇだろ……。しかも全落ちは俺の超重要秘密事項である。こんな見知らぬ男にばれている訳もない。
「たぶん人違いです」
見知らぬ人に声をかけられたら逃げろと幼稚園の頃から言われているので早くこの場から去るために適当に返事をすると眼鏡の男は笑みを浮かべ「はっはっは」と声に出す。
「人違いじゃないと思うんだけどな。台桜雪彦だいざくらゆきひこ君。平成十三年生まれ誕生日は九月二十三日。同性の友達は困らない程度にはいるが十八年の人生で一度も彼女ができたこともない。このままじゃ生涯童貞魔法使いルートをたどり大学も行けず人生の負け組となり……」
「ちょっちょっと!」
なんなんだこいつ。とりあえず遮ったがなんで俺の個人情報知ってんだよ。同級生の兄ちゃんか?誰かのいたずらか。確実にそうだよな。眞貴人がこんないたずらするために俺のことを呼んだのか?
「なんなんですか。眞貴人の友達ですか」
男は変わらない笑顔のまま。
「確かに眞貴人君のことも知っているけどそれは君の関係者だから知っているだけであって直接的な関係はないよ、この時間は。そう言っておこう。ほんとに君に用事があるんだ。ちょっとついてきて」
唐突ド直球不審者。思いつく言葉が頭の中を渦巻くくらいこの男おかしい。近くにグラサンかけた男たちがスタンバっているのか。その場合、人気のないところに行けば確実に俺の寿命は一年を切るということを示している。つまりは王手をかけられている。これは駆け引きなのだ。ここでの俺の言動、行動で俺のこれからの人生が決まってしまう。すでに終わっているような人生をもっと悲惨なことにさせるわけにはいかない。
「無理です。俺この後遊ぶ約束してあるし」
考えに考え抜いた結果小学生でも思いつきそうなことを知ってしまった。もしこいつがやばい連中ならばこんな言い訳通用するわけがない。それにこの男、またしても「はっはっは」と笑っている。自然と冷や汗が頬を伝う。
「大丈夫大丈夫。今君が後悔していることもすべてやり直せるよ」
マジでこいつなんなんだ。怖すぎる。夏場に放送されるホラー特集とは違う恐怖。あれは突然来る驚きが強すぎるせいで幽霊に対する恐怖が全くない。幽霊自体いるとは思っているのだがあんな驚かしてくるとは思わない。あいつら驚かすことしかできないのかよ。だめだ。また現実逃避してしまっている。現実逃避したくなるくらいにこの目の前に立つ男は変だ。何が変なのかと言われると答えられないが俺の十八年の人生で一度も会ったことがない種類の男であることは間違いない。そう、まるで本当に幽霊を目の前にしているような気分だ。
「あ、そろったかな。他の人もいなくなったね」
反射的に体がビクッとする。考えることに意識が行き過ぎだ。現実を見ろ。冷静になれ。俺の野生の勘が外れているだけだ。こいつはただの不審者だ。訳が分からないことを言っているだけの不審者なのだ。相手にする必要もないしすぐにチャリに乗ってこの場を後にすればいいのだ。それだけの話なのだ。しかし現実はどうもおかしい。言われてみれば周りに人も車もなく静寂がこの場所を包み込んでいた。
「なんなんだよ……」
俺は自然と身構えていた。
「ありがとうね。君は仕事だけはちゃんとしてくれるから助かるよ」
どうやらこの言葉は俺に言われているわけではないようだ。重くなった首を動かして道路を挟んだ隣の歩道を見るとまたもや見知らぬスーツに身を包んだ男がこちらを見ていた。男の容姿を見るとどうやらこの連中は俺の想像しているようなやばい奴らではないようだ。だがそんなことは俺には関係なかった。一度は疑った自分の野生の勘だがどうやら俺は勘が鋭いようだ。
「俺を拉致して何か意味でもあるんですか?」
自分でもダサいと思うくらいには怯えている。発した声はこんなにもかと思うくらい震えていた。どちらかというと緊張しないタイプだと思っていたのだが違ったようだ。だが眼鏡の男はきょとんとした表情を見せる。
「なにか勘違いしていないかい? そんな拉致なんてそんな野蛮なことしないよ。けど……」
目の前の男は腕を組んで考える仕草をみせてもう一度口を開く。
「ちょっとだけ怖いかもね」
そう言うと眼鏡の男は左手をこちらに向ける。指が反り返るほど力が入っているようだ。さっきから冷や汗が止まらない。これまでに味わったことのないこの感じ。
「なんだこれ……」
街には誰もいなくなっちゃうし変人に絡まれるし大学落ちるし。前世で俺は一体何をやらかしてしまったのだ。けど記憶もないのに前世の罪を来世で償わせるなんて酷くないか。なんでそんなこ……⁉
「きたようだね。それじゃあ、これが最後になるように頑張って」
本能的な恐怖。教師に怒られるとか部活で怒鳴られるとかそういうのじゃない、体の芯から伝わってくる人間が考えるまでもなく理解している恐怖。それと同時に視界がぼやけ始めていることも。貧血のような感覚。まず。ほんとにマズ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます