ページ55『決戦の再来』

しん 貴族時代 56年

6-11月日ろくのじゅういちがつ 13時24分

魔術神秘教団 第7の導き手 『時間の観望者―未来―』 リナ・キャリソン

腹部損傷、転落死。


___討伐、完了。



予想していた形でなくとも、リナ・キャリソンはこの世から去った。

期待を裏切る形だとしても、リナ・キャリソンはもう居ない。

不本意な形であれど、時間の観望者―未来―の討伐は、既に、終了した。


ナルを追い、駆けつけてきていたハプは、苦虫を噛み潰したような表情で、事の進みを眺めていた。


そしてさらに後ろから、たった今駆けつけてきたケプナスとゆぴは、全員無言の状況に困惑し、2人して周囲を大胆に見回した。


ステージの上からそれを見ていたぺリィは、無表情のままで、グッと拳を胸に当てた。


あまりの急な出来事に、状況を呑み込むことの出来ないセレインは、呆気に取られてペタン、と床に膝をついた。


隣で見ていたエイは、何も理解していない、純粋で悪意のない笑顔で、その場を回ったり、走ったりしていた。


ナルと背を向けて棒立ちしているシアルは、俯き、痛いほどの力で拳を握りしめ、奥歯を噛み締めた。


窓の外、もう動くことの無いリナは、清々しい表情のまま、昼の光に照らされていた。


そして、その状況を作った全ての元凶となったナルは、窓の外に背を向けて、無表情で歩いて戻ろうとしていた。


沈黙が続く。

誰も、話そうとはしない。


完全無知なエイと、ナルを除いて。



「ねぇ、ケプナス。なんでみんな静かになったの。さっきまで、結構お話してたのに。ねぇ」



エイは不思議に思い、キョロキョロした。ハプは感知することが出来ないため、ケプナスに向かって小走りで走って行った。

しかし、ケプナスは無言だった。

周囲の雰囲気のおかげで、ケプナスであろうと、そう簡単には話せなかった。



「ケプナスも……」



エイは悲しそうに言う。



「ケプナスも、静かになるんだね。ケプナスなら、いっぱい話すかと思ってたのに」



ケプナスは、やはり黙っていた。

エイはケプナスと話すのは諦め、見知っている顔がいるかどうかを確かめる。

それから見覚えのあるセレインを見つけ、小走りで近づいてゆく。



「えっと、れんめいちょーさん。なんで、みんな話さないの。なんでなんで? 」



エイは少しでもその場を賑やかにしようと、必死に問いかける。答えが返ってくるまで、セレインの周りを回り続けた。

するとセレインは根負けし、一言だけ、小さな声で呟いた。



「皆様が、お話にならないからです」


「みんなが話さないから、みんな話さないの? なんで? 」



エイはまだまだ興味が湧くようで、周りを回り続けた。

しかし返事は返ってこず、エイは頬を膨らませる。



「……わかった。みんなはみんなが話さないから話さないなら、エイが話す」



そう言ってエイは、ナルの方へ歩いてゆく。

牢屋に閉じ込められるときに、ナルを見た事があるからだ。



「ねぇ、みんなが話さないから、エイが話す。君、桃色の髪の女の子知らない? さっきまで、そこの男の人と戦ってた人。いなくなっちゃった 」



エイはナルに、リナはどこに行ったのかと聞いた。

周囲の人々は耳を疑い、その2人に目を向ける。



「リナなら、もう居ないの 」



無表情で、ナルは答える。ナルもまた、みんなが黙っていることの理由を理解していない。



「ナルは、リナのものなの 」


「うんうん」


「だから、リナもナルのものなの」


「どうして? 」


「ナルが、リナのものだからなの 」



目を合わせようと背伸びしながら話すエイと、目を合わせずに遠くを見つめて話すナル。


2人の会話が、その沈黙の空間の中で、大きく鳴り響いた。



「リナを好きなのは、ナルだけでいいの 」


「うんうん 」


「リナを愛する権利は、ナルだけにあるの 」


「ふむふむ」


「リナを守るのも、リナと過ごすのも、ぜーんぶ、ナルなの 」


「ふーん 」


「シアルに、リナを殺す権利なんてないの。ナルはリナのもので、リナはナルのものなの 」



ナルの目の中に、再び『愛』が渦巻いた。

エイはそナルの言葉を、興味深そうに聞いていた。



「リナを殺す権利は、ナルだけのものなの。だって、ナルはリナのもので、リナはナルのものなの 」


「殺すって何? 」


「人に、無理矢理『死』を授けることなの 」


「死って、何? 」


「人間が、終わることなの。何年も生きてたりしたら、いつか、人は終わってゆくの 」


「何年って、どれくらい? 」


「100年くらいだと、そう思ってるの。吸血鬼とかは、1000年くらい生きることもあるけど 」



それを聞いて、エイは目を見開いて、自分の両手を見つめた。



「なら……なら、変。変だよ。なんでエイは、いちまんねん、よりいっぱい居るのかな 」



周囲に居るほとんどの人は、この言葉に驚いただろう。

エイが1万年以上生きているという、その事実に。

約1万年前といえば、ピグルットマジシャン全盛期。

見るからに子供であるエイが、そんな昔から生きているなんて。



「1万年……!? 」



ナルは思わず口に手を当てた。

他の皆と、同じ理由で。


沈黙が、また続く。エイはまた、辺りを見渡す。

誰も話さず、動かない。

その状況を見計らって、咄嗟に素早いスピードでナルが動いた。

両手にダガーを持ち、その部屋全体を回るようにして、できるだけ多くの人数を切り刻んで行った。



「シアルとハプは、動けない状態にしておいた方がいいと思ったの。

リナが死んだからと言って、ナルまで死んだりするつもりは無いの。

死ぬとしても、ナルにあの決断をさせた原因の、お前達をとっちめてからなの 」



素早い不意打ちに対応出来る人は居なかった。

あの状況下で、急な不意打ちを予想できる人も居なかった。

ナルは、元々強いと分かっているシアルと、1体1で争って押されていたハプを要注意人物として深く切り刻んだ。

その次にぺリィ、セレインとゆぴ。

そして、ケプナスだ。


ナルはエイにも刃先を向けた。しかし、エイの本能で、その一撃は防がれた。エイは一瞬の内にシールドを張り、そのシールドは___刃を打ち折った。



「こいつは、何者なの……! 」


「エイは、エイ。それだけ。

他のみんな、しばらくは休んでて。この子は、エイが……」


「駄目、なのです 」



エイが杖を取り出そうとすると、ケプナスがそれを遮った。



「エイは、沢山お役立ちしてるのです。ケプナスがあれ以上お手手が無くならなかったのもエイが守ってくれたからだし、ケプナスが今ここで居るのも、エイが折を壊したからなのです 」



ケプナスの細い眉毛が、くっと上がった。



「リーダーとおにちゃーまは動いたら血がドバーなのです。セレインとぺリィは作戦を伝えてくれる方がお役立ちなのですし、ゆぴは魔力量が少ないから、休んだ方がいいのです 」


「ケプナス、でも、ケプナスでは……! 」



ハプが震えて起き上がりながら、叫ぶ。

しかしケプナスの目には決意の赤が宿っていた。

ケプナスの口角が、上がる。



「ケプナス、ほとんど攻撃されてないのです。弱いからって、油断したのですから。おにちゃーま、止めないで欲しいのです。ケプナスが行きたいのです。ケプナスがやりたいのです。ケプナスだってお役立ちできるんだって、みんなに知って欲しいのです! ケプナス、お役立ちするのですからね!

覚悟しろ、みちびきて! 」

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