第15話 前進か死か

「エーリカ、あっちの世界では魔物が群れをなして街を襲うとかあるの?」

「あるわ。大暴走と言って、魔物の中に上位種に進化した統率者が現れると、何故か群れに他種族を取り込んで大きくなるの。そうするとより多くの食糧を求めたり、生活圏を広げようとして街や人を襲う事が稀にあるの。」


エーリカが言う"進化"と、こっち世界で言う"進化"とは定義が異なっていそうだが、より強靭に、より知能が高くなる、という感じだろうか。


だだ、気になるのは統率者の存在だ。エーリカは

ゴブリンキングやウォーリアなど、上位種の存在が不自然だと言っていた。今、満峰神社を襲おうとしている大群にもかなり上位種の統率者がいるはずで、どんな魔物がどれだけいるのかも不明な大群に、どれだけ進化したのかもわからない統率者。どちらも非常に危険だ。さて、どうしたものか。


なんとなく、俺がリーダーのようになってしまっている現状。今も斉藤が、エーリカが、ユーリカが、獣人の子供達が、どうするのだ、と俺を見ている。


確かに、俺は大学で陸軍の短期現役予備士官養成課程を履修している。つまり、俺達の中で唯一リーダーとしての教育を受けているという訳だ。であるならば、逃げる事は出来ない。


俺の決断次第で、ここにいる全員の未来が変わってゆく。


「…進もう。」

「進むのか?」

「そうだ。」

「理由を言え。」


斉藤の目が据わっている。いい加減な事を言ったら許さない、という意思が伝わって来る。


「さっきまで居た支所では魔物の群れに襲われたらひとたまりもない。別荘に戻るのは論外だ。戻るまでのルート上に魔物が出るかもしれない。そんな中を子供達を守りながら移動するのは非常に難しい。仮に戻れたとしても、集団の人数が増えた以上、9人分の食糧を調達するのは困難だ。」


ここで、俺は一旦言葉を切り、皆を見回した。


「確かに満峰神社へ行けば魔物がいるだろう。だが、そこには避難民が居て食糧や物資も有る。何よりも国防軍の守備隊が駐留しているんだ。部隊の規模や装備にもよるが、上手く連携出来れば撃退も可能かもしれないし、最悪、俺達が他に脱出するまでの時間が稼げるかもしれない。」


「…かもしれないばかりか。可能性の話でしかないな。」


相変わらず、辛辣な奴だ。


「あぁ。だが、状況は変わったのだ。ここは可能性に賭けるしかない。それに、」

「「「それに?」」」

斉藤、エーリカ、ユーリカ、3人の声が重なった。サキ達獣人の子供達は、このやり取りを固唾を呑んで見守っている。


「何と言っも、俺達は運が良い。なんか、行ける気がするよ。」


俺がそう言うと、エーリカとユーリカはぷっと吹き出し、斉藤はクックックッと笑いだした。


「それでこそリュウだ。わかった、その判断に従うよ。」

「大丈夫。私だって戦うから。」

「みんなで力を合わせましょう。」

「俺は兄貴を信じる。みんなもそうだろ?」

「「おう!」」「「はい!」」


方向は決まった。俺の責任は重大だ。しかし、ここは進むしかないのだ。前進か、死か。そんな決断を自分の人生でする事があるとは思わなかったな。


「みんな、有難う。それでは車列はこのままで、俺とエーリカがバイクで先行して進路の安全を確保する。タケとユーリカも見張りを巌にして追随してくれ。何かあったら念話で報告しよう。」


そして、俺達は再び乗車し、県道を進んで満峰神社を目指した。



しばらく進むと、進行方向上の路上に、こちらを見ている一頭の大きな犬のような獣が佇んていた。バイクが近づくとともに、その獣から尋常じゃなく強い気が感じられた。気も魔力も同じものだが、その獣から発せられるものは"気"が相応しいと思えたのだ。


"タケ、前方にデカい犬のような獣がいる。こちらを見ても全く動く気配が無い。魔物ではないようだ。一度止まるぞ。"

"了解した。犬の様な獣って、狼じゃないのか?"


それは犬のようではあるが、俺が知っているどの犬種でもない。強いて言えば、シベリアンハスキーとか、そんな感じか。ピンと立った両耳、鋭い両眼、長い鼻面、長くもなく短くもないがっしりとした四本の足、そして、長くてフサフサの尻尾。確かに、狼と言われれば狼かな。


バイクを停車させ、俺とエーリカが下車すると、後方に斉藤のパジェロが停車した。すると、すかさずサキが車窓から顔を出し、その獣を凝視して「あの子狼です、リュータさん。」

と断定した。


狼獣人のサキが言うのだから、間違い無いだろう。だとすると、絶滅したと言われるニホンオオカミという事になるのだろうか?


その狼は、無論何も語らない。それでも、その俺達を見つめる瞳は"付いて来い"と、そう訴えている。


"付いて来いって言ってるな"

"そうだな、多分。"

"リュータ、着付いて来いって言ってるよ。"


「よし、あの狼に付いて行こう。」


俺とエーリカは、狼に着いて行く形で、バイクで先行するように進み始めた。狼は普通に走っているように見えたが、バイクよりも早く、時々立ち止まっては振り返って俺達を待っている。


また、不思議な事に、魔物の気配が、俺達の周囲から消え、ついに俺達は何の障害も無く、満峰神社の駐車場へ到着する事が出来た。



そこで俺達が見たものは、駐車場に着陸し、避難民を機内に収容中の陸軍の大型ヘリにまさに襲いかかろうとしていた魔物の大群だった。


そいつらは、人型の身体に豚の頭部を持つ、オークと呼ばれる魔物だ。


オークの大群は二手に分かれ、一方はヘリを、もう一方は離れて待機していた避難民に襲いかかった。ヘリの周囲には数カ所の土嚢による陣地が構築されており、護衛の部隊が発砲を始めて戦闘が始まった。


避難民と陸軍の守備隊はオークの群れによって分断され、避難民達は我先とばかりに逃げ惑っている状態だ。


そして、今まさに、逃げ遅れた二人の女性が巨大な斧を持った豚頭の魔物に追いつかれて、襲われようとしていた。


「タケ、エーリカ、ユーリカ、援護してくれ。このままじゃ避難民が危ない。俺はあの二人をとりあえず助ける。」


「もう、リュータ!絶対無茶しないでよ。約束したんだからね。」


そう言ってエーリカはバイクから降りて、後着した斉藤達と合流する。


「わかってるよ。自重するから。」


そして、ギアをニュートラルからロウに切り替えて発車させようとしていた俺を斉藤が呼び止めた。


「リュウ、手ぶらじゃ心許ないだろう。」


そう言って、俺に一振りの刀を渡した。


それは、魔物に襲われて破壊された古民家の蔵で見つけて拝借した野太刀。銘は無いものの、斬る事に特化した、ずっしりとした重さがある刀だ。一度魔力を通してからは実にしっくりと馴染むようになり、雷丸と名付けた。


「済まん、恩に着るよ。」


俺は斉藤に軽く礼を言って、雷丸を肩から襷掛けにし、身体強化してバイクを一気に加速させ、オークの群れの中へと突っ込ん行った。





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