受付嬢に告白したくてギルドに通いつめたら英雄になってた

《 第50話 鍛冶見習い 》

　翌日。

　僕たちは朝から買い物に出かけていた。

　まずは防具屋を訪れる。

「こういうのがいいとかある？」

「マリンとお揃いの盾がいいのだ！」

「ミスリルの盾だね。見つかるといいんだけど……」

　店内を見てまわると、店の一番目立つところに展示されていた。

　価格は『時価』とのこと。

「これって、いくらくらいなのだ？」

「どうだろ。店のひとに確認しないとわからないけど……」

「価格、変わってないといいのだ……」

　ちなみに前回と同じなら５００万ゴルになる。

　だけどドラミとマリンちゃんは、５０００ゴルだと思ってる。

　本当の価格を知ったら買うのを遠慮しちゃうかもだし、なにより傷つくのを怖れて盾で防ぐのをためらうかも。

　それだと本末転倒だ。今回もこっそり買おうかな。

「価格を確認してくるから、ドラミはここで待ってなよ」

「わかったのだ。なるべく価格が変わってないように祈ってるのだ！」

　ドラミに送り出され、ミスリルの盾を手に店主のもとへ。

　ドラミの願い通り、価格は変わってなかった。

　５００万ゴルを支払い、ドラミのもとへ戻る。

「どうだったのだ？」

「変わってなかったよ」

「よかったのだ……」

　はいこれ、とミスリルの盾を渡す。

　するとドラミはうっとりとした顔で、

「これがドラミの盾……」

「頑丈だから、攻撃されたらちゃんと盾で防ぐんだよ」

「もちろんなのだっ！　今日からお世話になりますのだ！」

　そう言って、ぴかぴかの盾を撫で撫でする。

　さっそく盾を腕につけると、きりっとした顔つきになる。

「似合ってるね」

「ありがとなのだ！　なんだか冒険したくなってきたのだ……！」

「だったら武器を見つけないとね」

「うむ！　最高の武器を手に入れてみせるのだ！」

　勢いよく店を飛び出すドラミ。

　それを追いかけ、一緒に武器屋へ向かう。

「どんなのが欲しいの？」

「ドラミソードが欲しいのだ！」

「それって初代？　２代目？」

「２代目なのだ！」

　木の棒じゃなくて、キーホルダーのほうか。

　あれが欲しいなら行くべき場所は武器屋じゃなくてオモチャ屋だけど……

　そもそもあれは武器にならないんじゃないかなぁ。

　スライムならなんとか倒せるかもだけど、そのためには至近距離まで近づかなきゃいけないし、ちょっと危ない。

「もうちょっと大きい武器のほうがいいんじゃない？」

「もちろんそのつもりなのだ。ドラミソードの大きいやつが欲しいのだ！」

　うきうきと声を弾ませ、店内を見てまわるドラミ。

　だけど当然ドラミソード（大）は見つからない。

「売り切れちゃったのだ……？」

「というか、仕入れてないんだと思うよ」

「ど、どうしてなのだ？　かっこいいのに……」

「かっこよくても武器としては使い勝手がよくないからね。なにせ刀身にドラゴンが巻きついてるんだから」

「た、たしかに……！　盲点だったのだ……」

　ドラミはがっくりする。

　ほかの武器を探し始めたけど、いまいちテンションが上がらない。

　さっきまでうきうきしてたのに……この落差はかわいそうだ。

　だったら――

「ちょっと時間かかっちゃうけど、作ってもらう？」

「そ、そんなことができるのだ！？」

「うん。鍛冶屋で特注の武器を作ってもらう冒険者もいるよ。ただ、作ってくれるかどうかは職人しだいだけどね」

「行きたいのだ！　作ってくださいって心からお願いするのだ！」

　ドラミは明るさを取り戻した。

　ぐいぐいと手を引っ張られ、僕たちは鍛冶屋へと向かう。

　しばらく歩くと、レンガ造りの工房が見えてきた。入口から、そっとなかの様子を覗いてみる。

「こ、ここが……」

　ムキムキのおじさんたちがハンマーを手に闊歩している姿を見て、ドラミは尻込みしちゃったみたい。

　だけど、ここに入らなきゃ理想の武器は手に入らないんだ。

　ぺちぺちと頬を叩き、きりっとした顔で工房に踏みこんだ。

　そのときだ。

「こら！　子どもは来ちゃいかんと言っとるだろうが！」

「ひぃい！？　ご、ごめんなさいなのだ……！」

　さっと僕のうしろに隠れるドラミ。

　小さな声で「で、でも１２歳は大人と言ってもいいかもなのだ……」と意見する。

「ドラミのことを言ってるわけじゃないみたいだよ」

「そ、そうなのだ？」

「うん。ほら」

　僕は工房の奥を指さしてみせる。

　そこでは、女の子が叱られているところだった。

　ドラミと同い年くらいの、赤毛で色黒の女の子だ。

「でもパパ、あたしもお仕事手伝えるよ！」

「子どもが大口叩くんじゃない！」

「で、でもこれ見てよ！　あたしが作ったんだよ？」

　父親に剣を見せる女の子。

　ここから見た感じだと、立派な剣に見える。

「またパパがいない間に作ったのか！　今度は誰に手引きされた！　あいつか！？　あいつか！？」

「それは言えない！　パパには内緒にするって約束だし！　あたし約束は守るし！」

「約束を守るのは立派だ！」

　わしゃわしゃと娘さんの髪を撫でる。

「だが、パパがこの場にいる限り、カジミナに武器は作らせん！」

「でもパパ怪我してるじゃん！　あたしもう１２歳だし！　お手伝いできるし！」

「お手伝いをするのは立派だ！」

　わしゃわしゃと娘さんの髪を撫でる。

「だが、パパのお手伝いはしなくていい！　ママのお手伝いをしてあげなさい！」

「でも、パパのことが大好きだし……あたしもパパみたいになりたいし……」

「……よく聞こえなかったからもう一度言いなさい！」

「パパのことが大好きだし！　パパみたいな立派な職人になりたいし！」

「そうか！　パパのことが大好きか！」

　わしゃわしゃと娘さんの髪を撫でる。

　厳しい口調だけど、娘さんのことが大好きなんだろうな。

「だが、カジミナに武器を作らせるわけにはいかん！」

「ど、どうして？　ちゃんと武器作れたのに……」

「たしかに１２歳にしては立派な武器だ！　立派すぎると言ってもいいくらいだ！　お前たちもそう思うだろう！？」

　思います！　と職人たちが声を揃える。

「だったらパパのお手伝い――」

「だとしても、冒険者の命を預かる大事な武器を、半人前のカジミナに作らせるわけにはいかん！」

　ぴしゃりと告げ、のっしのっしと工房の奥へ歩いていく。

　なにか言いたげにおじさんの背中を見ていたカジミナちゃんは、やがてとぼとぼと出口へ向かってきた。

　そして、僕たちと鉢合わせる。

「あ、いらっしゃ――うわあジェイド様だ！？」

「ジェイド様！？」

「ジェイド様だって！？」

「ほんとだジェイド様だ！」

　鍛冶職人たちが一斉にこっちへ駆け寄ってきた。

「こらー！　お前たち、持ち場を離れるんじゃなーい！」

　おじさんの一喝で、鍛冶職人たちが速やかに持ち場へ戻っていく。

　どうやらカジミナちゃんのお父さんが、この工房の親方みたいだ。

　親方はこちらへ歩み寄り、ぺこっと頭を下げてくる。

「まさかジェイド様が来てくださるとは夢にも思いませんでした」

「もしかして、国宝に代わる剣を依頼しに来たんですかっ！？」

「こら！　子どもが大人の会話に口を挟むんじゃない！」

「ああいえ、僕は気にしませんから。それに――」

「ドラミは子どもなのだ！　だからカジミナも会話に参加していいのだ！」

　ドラミが大きな声で言った。

　怒鳴られるカジミナちゃんを見て、一言言いたくなったのだろう。

「ほう。この娘さんが、あのドラミちゃんですか」

「ドラミを知ってるのだ？」

「王都でドラミちゃんを知らないひとはいませんぜ。ジェイド様の旅に同伴している凜々しい娘がいるとか。噂に聞いてた以上に凜々しいお顔立ちですな」

「い、いいひとだったのだ……」

　怒鳴っちゃってごめんなさい、みたいな顔をするドラミ。

　それから気を取りなおすように頭を振り、

「依頼主はドラミなのだ。そして依頼はカジミナにするのだ！」

「あ、あたしにですか！？」

「本当にいいんですか？　そりゃ普通の１２歳に比べると神がかった技術を持ってはいますし、将来的にはまず間違いなく国に名を轟かせる鍛冶職人になるに決まってはいますが、カジミナはまだ半人前ですぜ……？」

「ドラミはカジミナが立派な武器を作ってくれるって信じてるのだ！」

　親方が泣いた。

「あのカジミナが……こないだまでおむつを穿いていたカジミナが……こんなふうに期待される鍛冶職人になるなんて……」

「おむつは１０年以上前に卒業してるし！」

「わかりましたッ！　ドラミちゃんがそこまで仰るんでしたら、カジミナに作らせてやってくだせえ！」

「い、いいの！？」

「ああ。ただし、ドラミちゃんの命を預かってるって覚悟を持ってやるんだぞ！」

「う、うん！　わかった！　ありがとパパっ！　あたし、パパの名前に泥を塗らないように頑張るから！」

　親方は「立派になったなぁ……」と泣きながら工房の奥へ去っていく。

「とりあえず別室へ案内します」

　カジミナちゃんに案内され、僕たちは小部屋へ移動する。

　テーブルには設計図らしきものが広げられていた。

　それを片づけ、大きな紙を広げる。

「それで、ドラミさんはどういった武器をお求めですか？　剣ですか？　斧ですか？　槍ですか？」

「剣なのだ！」

「なるほど！　両手剣ですか！？　片手剣ですか！？　短剣ですか！？」

　はじめての依頼だからか、カジミナちゃんはぐいぐい来る。

　だけど――

「ドラミソードが欲しいのだ！」

　ドラミの一言に、きょとんとした。

「それはどういった剣でしょうか……？」

　ドラミは身振り手振りを交え、ドラミソードのイメージを伝える。

　イメージが伝われば伝わるほど、カジミナちゃんはほうけていく。

「な、なるほど……刀身にドラゴンを巻きつけ、瞳に綺麗な小石をはめこみ、かっこよく戦いたい、ですか……」

「まさにその通りなのだ！」

「なるほど、なるほど……」

　チラッとカジミナちゃんが僕を見る。

　助けてほしいみたいだ。

「ドラミの言う『かっこよく戦いたい』っていうのは、ドラミでも振りまわせるサイズってことだよ」

「なるほど！　でしたら片手剣か短剣ですね！　ドラミちゃんの体格ですと、短剣が安心かもしれませんね！　ドラゴンの飾りで重量が増しますので！」

「うん。問題は、刀身にドラゴンを巻きつけちゃったら武器としての性能を失うことだけど……ドラミはぜったいにドラゴンを入れたいんだよね？」

「そこだけは外せないのだ」

「そうですかー……。でしたら……たとえばですけど、ドラゴンさえ入っていれば、巻きつけなくてもいいということですか？」

「というと？」

「こう、たとえばですけど――」

　カジミナちゃんは設計図にドラミソード（仮）を描く。

　短剣で、ドラゴンはツバに配置するみたい。

　ツバをドラゴンの翼にして、両翼の中央にドラゴンの顔を配置するデザインだ。

「か、かっこいいのだ……！」

「だね。これならサヤに収められるし、安全に持ち運べるよ」

「これ！　これを作ってほしいのだ！」

　目をキラキラ輝かせるドラミ。

　そんな瞳を向けられて、カジミナちゃんが顔を暗くする。

「……これ、パパに作ってもらったほうがいいかもしれません」

「どうしてなのだ？　だってカジミナ、あんなに作りたがってたのだ……」

「ドラゴンの意匠が細かいですから……。パパならドラミさんのイメージ通りに作れますけど、あたしだとブサイクになっちゃうかもです……」

　自信なさげにそう言って、カジミナちゃんはうつむいてしまう。

　だけど――

「そんなの作ってみないとわからないのだっ！　ドラミはカジミナを信じるのだ！　だからカジミナもカジミナを信じるといいのだ！」

　ドラミの一言に、カジミナちゃんは顔を上げた。

「そ、そうですよね。やる前から諦めてたら、なにもできませんよね」

「その通りなのだ！　ドラミはスライムと戦う前からスライムをぼこぼこにする気でいるのだ！　だからカジミナも自信を持つといいのだ！」

「は、はい！　ありがとうございます！　あたし、頑張って作ります！」

「かっこいいのを期待してるのだ！」

　思いきり期待されてプレッシャーになったみたいだけど、カジミナちゃんは依頼を断ろうとはしなかった。

　完成したら家に届けてくれることになり、僕たちは鍛冶屋をあとにしたのだった。