《 第44話 一つ花クラス 》
翌日の昼過ぎ。
僕たちは湖畔の町にやってきた。
高台の駅からは、美しい湖や緑豊かな街並みが一望できる。
さっきまで帰省を目前にして緊張してたけど、のどかで牧歌的な風景を見ていると心が落ち着いてきた。
「ここが私の生まれ育った町よ」
「綺麗なところなのだ~!」
「空気が美味しいですね!」
「味がついてるのだ!? ぱくぱく、もぐもぐ……こ、これは何味なのだ……?」
「味付けされてるわけじゃないよ。空気が澄んでるって意味だよ」
「なるほど! よくわかんないけど空気が美味しいのだ! これだけ空気が美味しいなら、ご飯も美味しいに違いないのだ……!」
「山菜料理と魚料理が名物よ。美味しい料理を作ってあげるわ」
「うおおおお! 待ち遠しいのだあああああああ!」
ドラミはハイテンションで階段を駆け下りていく。
それを追いかけ、僕たちも眼下に広がる町へ向かった。
高台からもわかってたけど、街中に緑が溢れていた。
至るところに木々が茂り、家の壁にはツタが生え、花壇はもちろん果樹を持つ家庭まである。
そんな自然と一体化した街並みを見て、ドラミはテンションダウンしている。
どんぐりの植木鉢をぎゅっと抱きしめ、悲しげにため息をついた。
「立派な果樹がいっぱいあるのだ……これじゃモモチを見せてもびっくりしないかもなのだ……」
それで落ちこんでたのか。
マリンちゃんをびっくりさせるんだ~、って楽しみにしてたもんね。
たしかに王都と違って、この町だとモモチは珍しくないかもだけど……
「上手に育ててるんだから、自信を持って見せなよ」
「きっとマリンも喜ぶわ。モモチはとっても可愛いもの」
「ほ、ほんとに喜んでくれるのだ?」
「もちろんだよ。たとえばさ、マリンちゃんが『ドラミちゃんのためにぎらぎら星をマスターしました』って演奏してくれたら、ドラミはどう思う?」
「嬉しいのだ!」
「ドラミはぎらぎら星を演奏できるのに?」
「それはそれ、これはこれなのだ! だって、マリンはドラミのためにいっぱい練習してくれたのだ! その気持ちが嬉しいのだ!」
「そうだよね。だからマリンちゃんもモモチを見て、同じ気持ちになると思うよ」
「うおおおお! 早くマリンに見せてあげたいのだ~!」
ドラミはすっかり元気になった。
勢いよく駆けだすと、ぴたっと立ち止まってこちらを振り向き、
「ガーネットの家はどこなのだ……?」
「こっちよ」
ガーネットさんの案内で通りを進むと、広場に出た。
広場には美味しそうな匂いが漂い、食事中のひとで賑わっている。
ドラミは誘惑を振り払うように頭を振って、僕たちのあとをついてくる。
穏やかな町ながらも、メインストリートは活気に満ちていた。
多くの店が建ち並び、ドラミは興味津々だ。
ふらふらと店に入りそうになりつつも、ぶんぶんと首を振って誘惑を追い払う。
いつもなら誘惑に負けちゃうのに……よほどマリンちゃんに会いたいんだな。
「そろそろ到着するわ」
「い、いよいよなのだ……!」
ドラミは嬉しげだ。
誘惑に屈することなく歩き続け、ついに到着。
ごくありふれた木造住宅だ。
壁にツタが生え、庭には手入れされた花壇があり、洗濯物がパタパタとはためいている。
「ここがガーネットさんの……」
僕は感涙寸前だった。
だって大好きなひとの家が――恋人の実家が目の前にあるんだから!
ひゃっほぅ! ついにこの日が来たんだ!
恋人の家にお邪魔できるなんて……! 実感がなかったわけじゃないけど……僕、ほんとにガーネットさんと付き合ってるんだなぁ。
「入ってちょうだい」
「お邪魔しますなのだ~」
ガーネットさんと付き合うに至る日々を思い返して感極まる僕を残して、ドラミが軽い調子で家に入る。
す、すごい。あんなに堂々と……。
「どうして立っているのかしら?」
「どきどきしまして。僕にとってガーネットさんの実家は特別な場所ですから……」
「緊張することないわ。普通の家だもの」
僕の緊張を和らげるように言うと、ガーネットさんが手を差し伸べてくる。
その手をそっと握り――
僕はついに恋人の家に足を踏み入れた!
綺麗に磨かれた床に、大きな木製のテーブルと椅子に、使いこまれた食器棚。壁際には暖炉があり、開けっ放しのドアの向こうにはキッチンが見えた。
部屋の隅には階段があり、ドラミがそっちを見てそわそわしている。
「マリンは二階で寝てるのだ?」
「きっと出かけてるわ。今日は週に一度の勉強会の日だもの」
「へえ、マリンちゃん勉強会に参加してるんですね」
「勉強会ってなにするのだ?」
「読み書きと簡単な計算を学ぶのよ」
「もし勉強会に興味あるなら、王都でもやってるよ。ドラミも参加してみる?」
「やめておくのだ。だって、ドラミは読み書きも計算もできないのだ……」
「だから参加するんだけど」
「ドラミの凜々しいイメージが崩れちゃうのだ……」
「読み書きできないからって、がっかりはされないと思うけど……」
でも、そっか。ドラミって、読み書きできないんだ。
当たり前のように言葉を理解できてるから、なんとなく読み書きできるイメージで接してた。
……でも、そもそもドラミは誰に人語を教わったんだろ?
「勉強したくなったらジェイドに教わるのだ」
「僕もそんなに得意なわけじゃないけどね。それでよければ教えるよ」
「頼りにしてるのだ~。それで、マリンはいつごろ帰るのだ?」
「お母さんもいないようですけど……」
「お母さんは仕事があるから夕方まで帰ってこないわ。マリンはそろそろ帰ってくる頃よ。お茶を淹れるから、ふたりはくつろいでていいわ」
「ありがとうございます!」
椅子に腰かけ、部屋を見まわす。
壁には色あせた似顔絵がぺたぺたと貼られていた。
あれってオニキスさんだよね? あっちは……ガーネットさんのお母さんかな?
子どもの頃に描いた絵なので正しい顔はわからないけど、きっとガーネットさんに似て綺麗なひとなんだろうな。
と、ガーネットさんが紅茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます!」
「お砂糖入れていいのだ?」
「ええ。好きなだけ入れていいわ」
どばどばと砂糖を入れるドラミを横目に、紅茶を一口。
うん、美味しい!
世界一美味しい紅茶の味と香りを楽しんでいると、がちゃっとドアが開いた。
「うわあ!? ドラミちゃんがいるです!?」
マリンちゃんだ。
くりっとした目を大きく見開き、びっくりしちゃっている様子。
「お姉ちゃんとジェイドくんもいるです!?」
「みんなで会いに来たのだ!」
「また会えて嬉しいです~!」
がっしり握手、からのハグ。
ほんと、仲良しだなぁ。
「あれ? ドラミちゃん、ちょっと大きくなったです?」
「ドラミは成長期なのだ! しかも冒険を経て、凜々しさも増したのだ……!」
「す、すごいです……! ドラミちゃんの冒険譚、聞きたいです!」
「いっぱい話してあげるのだ!」
ドラミは身振り手振りを交え、冒険譚を熱く語る。
まずは商業都市のエピソードだ。
「そんなこんなでゴーストを倒したドラミたちは、商業都市にたどりつき――運命の出会いを果たしたのだ!」
「な、なにと出会ったのです!?」
「モモチなのだ!」
ドラミが得意気に植木鉢を見せる。
「モモチは桃なのだ! なんと種から育てているのだ!」
「す、すごいです……!」
「桃が実ったら一緒に食べるのだ~!」
「楽しみです~!」
続いて王都のエピソードだ。
ナイトメアの話にびくびくしていたマリンちゃんは、可愛いコンテストの話に目を輝かせる。
「デルモウォーク、見てみたかったです……!」
「あれは本当にすごかったのだ……。今度デルモを紹介してあげるのだ!」
「やったー! でもでも、ドラミちゃんのぎらぎら星も聴いてみたいです!」
「いま聴かせてあげるのだ!」
ドラミはぎらぎら星を演奏する。
この日のために練習してたんだ。本番を迎えてちょっと緊張してるみたいだけど、上手に吹ききることができた。
「ふぅ。いかがでしたのだ?」
「す、すごかったです……!」
「それほどでもないのだ……」
照れくさそうに頬をかき、そうだ、と声を弾ませる。
「コンテストに出てリボンをもらったのだ! ええと、たしかここに……あった!」
「うわあ! 可愛いリボンです!」
「これをマリンにあげるのだ!」
「えっ。いいんですか!?」
「友達の証なのだ~」
「ありがとですっ! そうだっ、ちょっと待っててほしいです!」
マリンちゃんは階段を駆け上がった。
そして一階に下りてくると、ドラミに小石を渡した。
「き、綺麗すぎるのだ……」
「これ、クエスト中に手に入れたです!」
「おおっ! こっちでもクエストを受けてるのだ?」
「はいです! そしてマリンは――じゃじゃーん!」
と、マリンちゃんが手の甲を見せてきた。
そこには、一つ花の紋様が浮かんでいた。
「す、すごいのだ……!」
「マリンちゃん、一つ花になったんだね」
「ふと見たら、紋様が変わってたのです! あのときの喜びときたら……」
「わかるよ。紋様が変わるのは、冒険者にとって一大イベントだもんね」
「これからもクエストを受けて、どんどん成長してやるです!」
「クエストを受けるのはいいけれど、怪我なく過ごせているのかしら?」
「お姉ちゃんの言いつけ通り、夕方以降はクエスト受けないようにしてるです!」
「ちゃんと約束を守れて偉いわ」
頭を撫でられ、マリンちゃんはご満悦だ。
ニコニコしていたマリンちゃんは、遠慮がちに言う。
「もしよかったら、クエストについてきてほしいです」
「ついていきたいのだ! ……だけど、いいのだ?」
ドラミは僕とガーネットさんの顔色をうかがう。
以前、クエスト中に迷子になって危ない目に遭ったもんね。
せっかく再会できたんだ。一緒に冒険して、楽しい思い出を作ってほしい。
もちろん、ガーネットさんを心配させるのはだめだけど。でも、お母さんが帰ってくるまで時間があるし、それに――
「ガーネットさん、眠いですよね?」
「少し眠いわ」
慣れないベッドだったのでなかなか寝つけなかったのだろう。ガーネットさんは、今朝から眠そうにしている。
僕も昨日は眠れなかったけど、ギルド通いのおかげで徹夜には慣れている。
「僕が責任を持って見守りますから、ガーネットさんは寝てていいですよ」
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうわ」
ガーネットさんの許可が下り、ドラミとマリンちゃんは嬉しげにバンザイするのだった。
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