《 第40話 ハイヒール 》

 翌日。


 可愛いコンテスト、本番直前。


 ドラミはステージ裏の控え室で、そわそわしていた。


 さっきまでは普段通りに振る舞えていた。ステージ横でジェイドにお見送りされたときも、頭のなかは昼食のことでいっぱいだった。


 だけど……



 ――みんな落ち着きがないのだ。



 そわそわしている女の子たちを見ていると、緊張感がこみ上げてきた。


 こういうときはいつもしていることをするに限る。そうすれば心が落ち着くはず。


 ドラミはぎゅっと縦笛を握りしめた。


 コンテストでは『特技アピール』と『自己アピール』をするらしく、特技アピールのために持ってきたのだ。


 ドラミはごほんと咳払いをして、縦笛を吹いた。そのまま演奏に入る。


 最初は指使いに苦労したが、繰り返し練習することでマスターした。押さえる穴を間違えず、丁寧な息遣いでぎらぎら星を演奏できた。


 女の子たちがパチパチと拍手する。



「すっごい上手!」


「聴き入っちゃいました!」


「いやいや、たいしたことじゃないのだ。まだまだ初心者なのだ」


「全然初心者って感じじゃないですよ!」


「ほんとに初心者なのだ。だって、縦笛を買ってもらって1ヶ月も経ってないのだ」


「1ヶ月でそこまで上達するんですね!」


「いっぱい練習したんだね!」


「さすが大会荒らし。なかなかすごい特技じゃない……!」



 壁際に立っていた女の子が、腕を組んでこっちを見ている。


 ドラミはじっと見つめ返し……



「……どちら様なのだ?」


「な、なによ。忘れちゃったの? デルモよ、デルモ」


「昨日と顔が違うのだ……」


「ばっちりお化粧したもの。あなたこそ本当にすっぴんで来たのね」


「ドラミはありのままのドラミで勝負するのだ」


「くっ。またしても強者のオーラを感じるわ……」


「あ、あのデルモちゃんが、たじろいでる……?」


「これはもしかするともしかするかもしれません……」


「このコンテスト……一波乱起きそうですね……」



 デルモが2年連続優勝だと思われていたコンテスト――。


 そこへ突如現れた超新星に、子どもたちの目は釘付けだ。


 期待の眼差しでまじまじと見られ、ドラミは再び緊張してしまう。


 ぎらぎら星を演奏して心を落ち着かせると、拍手が響いた。


 デルモはわなわなと身体を震わせ、悔しげに唸る。



「た、たしかに上手だけど、今年もわたしが勝つに決まってるわ!」



 見てなさい! と全員の注目を集め、デルモがウォーキングする。


 ツカツカ! ツカツカ!



「で、出ました! デルモちゃんのデルモウォーク……!」


「相変わらず優雅すぎるウォーキングね……!」


「去年、あれでデルモちゃんは優勝したんです……!」



 子どもたちの感嘆の声に、デルモは上機嫌そうに笑う。



「ふふ。これで驚いてるようじゃまだまだね。本番で初披露するつもりだったけど、特別に見せてあげるわ。1年の特訓で身につけた、デルモウォーク(改)を!」



 デルモが大きく一歩踏み出した、そのとき。



 パキッ!



 と音が響き、デルモがよろけた。



「だ、だいじょうぶなのだ!?」



 慌てて駆け寄るドラミだったが、デルモはなにも言わなかった。


 その場に座りこみ、足もとを押さえている。



「く、挫いちゃったのだ? そうだ! こんなときのために包帯を持ってるのだ! 冒険の必需品なのだ!」



 ドラミがポーチを漁っていると、デルモが首を振る。


 そして、泣きそうな声で言った。



「ヒールが折れちゃったわ……」



 こつん、こつん、と。


 折れたヒールをクツにくっつけようとするが、ぽろっと落ちてしまう。


 デルモを元気づけようと、ドラミは明るい声を響かせた。



「と、とにかく怪我がなくてなによりなのだ!」


「で、でも、これじゃデルモウォークはできないわ……」



 これではデルモがかわいそうだ。


 1年も練習したと言っていたのに、披露することができないなんて……。



「そろそろ開始になりまーす! 1番の方、準備をお願いしまーす!」



 係員の声が響き、デルモは瞳に涙を滲ませる。



「クツを買いに行く時間はないのだ?」


「無理よ……。だってわたし、2番だもの……」



 なんとかしてあげたいが、ドラミは1番だ。


 かわりに買いに行く時間はないし、そもそもお金を持ってない。



「1番の方ー」


「1番って、あなたじゃない。わたしなんか放っといて行きなさいよ……」



 そうは言うが、泣きそうなデルモを放ってはおけない。


 ドラミは頭をフル稼働させて――



「そうなのだ!」



 クツを脱いだ。


 昨日、デルモのお店で買ったハイヒールだ。


 デルモとお揃いらしいし、サイズはぴったりのはず。



「これを履くといいのだ!」


「えっ? で、でも、あなたのクツが……」


「ドラミは裸足でいいのだ! こっちのほうが動きやすいのだ~」



 デルモを安心させるため、ぺたぺたとその場で足踏みしてみせる。



「ほ、ほんとにいいの……?」


「気にしなくていいのだっ。デルモウォーク(改)、楽しみにしてるのだ!」



 にこやかにそう言って、ドラミはステージへ向かう。


 拍手で出迎えられたドラミはぎらぎら星を演奏し、ジェイドとともに多くの魔獣と戦ってきたことを語り、大きな拍手で見送られたのだった。



     ◆



 コンテストが終わり、控え室の近くで待つことしばし。



「ジェイドー! 見ててくれたのだ~?」



 ドラミがぺたぺたと駆け寄ってきた。



「ちゃんと見てたよ。上手に演奏……って、あれ? クツは?」


「デルモにあげたのだ!」


「デルモちゃんって、昨日の娘だよね? どうしてあげちゃったの?」


「ヒールが折れて困ってたからあげたのだ!」



 そっか。僕の知らない場所で、人助けをしてたんだ。



「偉いね、ドラミ」


「べ、べつに偉くないのだ……」



 照れくさそうに笑うドラミに、履き慣れたクツを渡す。


 さてと。演奏も上手にできてたし、ご褒美に美味しいものを食べさせなくちゃ。



「頑張ったから、今日は好きなものを食べさせてあげるね」


「やったー! 昨日の串焼きが食べたいのだ~!」



 ドラミは大はしゃぎだ。


 さっそく露店へ向かおうとしたところ、



「ま、待って!」



 デルモちゃんが呼び止めてきた。


 ツカツカとこちらへ歩み寄り、おずおずとたずねる。



「ど、どうしてハイヒールを貸してくれたの……?」


「困ってるひとを助けるのは当然なのだ」


「で、でも、わたしに貸さなかったら、あなたが1位だったのに……」



 今回、ドラミは2位だった。


 デルモちゃんの言う通り、ハイヒールがなければ優勝してたのはドラミだったかもしれない。


 なのにドラミは、満足げな笑みで言う。



「ドラミは最初から1位に興味なかったのだ」


「えっ、そうなの?」



 初耳だ。


 マリンちゃんに『す、すごいです……!』って言われたいから出場したんじゃなかったの?


 戸惑う僕とデルモちゃんに、ドラミがリボンを見せてきた。



「ドラミはこれを友達にあげたかっただけなのだ」



 リボンはコンテストの参加賞だ。出場するだけで手に入る。


 だからドラミはなにも準備せずに出場しようとしてたのか。


 清々しい笑みを浮かべるドラミに、デルモちゃんは気が楽になったみたい。


 ふっと笑みを浮かべ、



「あなたの曲、すっごく上手だったわ!」


「デルモのデルモウォーク(改)も、すっごく綺麗だったのだ!」



 健闘を称え合い、がっしりと握手を交わす。



「またねー! ドラミちゃーん!」


「ばいばいなのだ~!」



 元気よく手を振って別れ、僕たちはその場をあとにした。


 せっかく友達ができたんだし、来年もまた来ようかな。

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