《 第31話 ギルドマスター 》

 その日の昼過ぎ。


 立派な門をくぐり、僕たちはリーンゴック王国の商業都市にやってきた。



「可愛いお家がいっぱいなのだ!」


「この町ならではのデザインだね」



 通りに面した建物はカラフルなものばかりだ。


 なかには重厚なレンガ造りの建物もあるけど、大半はメルヘンチックなデザインになっている。



「で、どうかな? 懐かしかったりする?」


「うーん……懐かしさはないのだ。ドラミのお婆ちゃんの家は、もっと地味なのだ。きっと違う町にいるのだ」


「まだわからないよ。ここは商業区の大通りだからね」



 ドラミはずっと屋根裏にひそんでたっぽいし、大通りには来なかったのかも。



「これ全部お店なのだっ!?」


「うん。商業都市のなかでも、大通りは特に人通りが多いからね。通行人の目を引くために個性を出そうとして、カラフルな店ばかりになったんだ」


「これだけお店があればドラミソードも見つかるかもなのだ!」



 そう語るドラミの手に、ドラミソードは握られてない。


 杖代わりにしてたとき、ポキッと真っ二つに折れてしまったのだ。


 商業都市には国中どころか世界中から珍しいものが集まるけど……



「さすがに木の棒は売ってないんじゃないかな」


「ただの木の棒じゃないのだ。ドラミソードは太さ、長さ、握り心地が抜群なのだ。そうそうお目にかかれない、珍しい木の棒なのだ……」



 折れた悲しみを思い出したのか、ドラミはがっくりとうなだれる。


 お墓を作ってあげるくらい気に入ってたもんね……。



「それだけ珍しいなら、売ってるかもしれないよ」


「……ほんとなのだ?」


「うん。もしかしたら売り切れてるかもしれないけど、なにか欲しいものがあったら買ってあげるからさ。元気出してよ」



 僕が励ますと、ドラミは力強くうなずく。



「元気出すのだ! だって、ドラミが落ちこんでたらドラミソードが悲しむのだ!」


「ドラミソードのためにも強い女の子にならなくちゃね!」


「ドラミ、強くなるのだ!」


「その意気だよ! じゃあ買い物――の前に、まずはオニキスさんを捜そっか」


「そうするのだ! おーいオニキスいたら返事するのだあああああああああ!」



 これで見つかったら奇跡だ。


 案の定オニキスさんからの返事はなく、ドラミはものすごく目立ってしまう。


 数日前までは国を出るのを怖がってたのに、こんなに目立つことをするなんて……強くなったなぁ。



「ここにはいないみたいなのだ。今度はあっちで叫ぶのだ!」


「そんな何回も叫んだら喉がかれちゃうよ」


「ガーネットとマリンのためなのだ。ガラガラ声くらい我慢するのだ! ジェイドは叫ばないのだ?」


「そもそも叫ぶ必要はないよ。ギルドで情報収集するからね」



 オニキスさんは冒険者だ。旅の資金はクエストでまかなってるはず。


 この町に来たのなら、ギルドを訪れているはずだ。


 それが行方不明になった時期と重なれば、依頼先でなにかあったと考えるのが自然だ。そこへ行けば手がかりが見つかるかも。



「ギルドの場所はわかるのだ?」


「何年か前に来たことがあるからね。こっちだよ」



 僕たちは通りを歩き、荘厳な作りのギルドへ足を踏み入れる。


 いつもは外で待たせてるけど、時間がかかるかもなので今回はドラミも一緒だ。



「すみません。知り合いがギルドを訪れたか調べてほしいんですけど……」



 正面カウンターへ向かい、受付嬢に声をかける。


 すると受付嬢は申し訳なさそうに、



「当ギルドの規則で、個人の情報を第三者の方にお教えすることはできないのです。ご家族ということであれば話は変わってくるのですが……」



 うーん。困ったな。そんな規則があったとは。


 将来的にはガーネットさんと結婚したいし、そしたらオニキスさんは僕の家族ってことになるけど、いまは違うし……。



「わかりました。無理を言ってすみません」


「いえ、こちらこそお力になれず申し訳ありません」



 ギルドで調べるのが理想だけど、酒場とか宿屋とか冒険者が訪れそうな場所で情報収集するしかないか。


 引き上げようとしたところ、ドラミがぺこぺこと頭を下げた。



「お願いなのだ。オニキスは友達のお父さんなのだ。見つけてあげたいのだ……」


「ううっ。ごめんね。なんとかしてあげたいけど、規則で教えられないの……」


「そこをなんとか。これをあげるから頼むのだ……」



 ドラミがとびきり綺麗な小石を出す。



「これは?」


「ドラミの宝物なのだ。ふ、ふたつもあげるのだ……」



 さらに小石を取り出すと、受付嬢は眉を下げ、困り顔になる。


 そして三つ目の小石がカウンターに置かれたところで、受付嬢は諦めたようにため息をついた。



「ギルドマスターに確認してみますから、少々お待ちください」


「いいんですか?」


「ダメ元ですけど、私なりにお願いはしてみるつもりです」


「ありがとうございます!」


「ありがとうなのだ! 小石、大事にしてほしいのだ……!」


「小石は受け取れないわ」


「ええっ!? ただでお願いしてくれるのだ!? めちゃくちゃ良いひとなのだ……」


「ううっ。プレッシャーになっちゃうわね。だめでも泣かないでね……?」



 受付嬢は念押しすると、扉の向こうへ移動する。


 ややあって、威厳たっぷりのおじさんが姿を見せる。


 ギルドマスターだ。



「怖そうなおじさんなのだ……。これは説得に小石5個は必要なのだ……」



 ポーチを覗きこみ、小石の数を確かめるドラミ。


 だけど小石を渡す必要はなさそうだ。


 ギルドマスターは僕を見るなり、親しげな笑みを浮かべた。



「おおっ! あなた様でしたか!」


「僕のこと覚えてるんですか?」


「もちろんですとも! ささ、立ち話もなんですのでどうぞこちらへ」



 僕たちはギルドマスターの部屋へ通される。


 着席を促されてソファに座ると、ギルドマスターはニコニコ顔で言う。



「お飲み物はいかがですかな?」


「いえ、お構いなく」


「ドラミはジュースが欲しいのだ」



 さっき叫んだから喉がカラカラだったみたい。


 ジュースを受け取ると、ドラミは一気に飲み干した。



「ぷはー! ありがとうなのだ! おじさん、良いひとなのだ!」


「いえいえ、当然のおもてなしをしたまでです。ジェイド様にはお世話になりましたから」


「ふたりは知り合いなのだ?」


「うん。前に一度ね」



 前回ここを訪れたのは2年前。


 ブラックドラゴンを討伐してほしいと依頼されたのだ。


 ブラックドラゴンと戦うのは、それが二度目だった。


 一度目は18番窓口で依頼を受け、ブラックドラゴン討伐の噂を聞きつけたギルドマスターがわざわざリーンゴック王国から頼みに来たというわけだ。



「お話は先ほどうかがいました。知人の訪問履歴を知りたいのだとか」


「はい。オニキスさんは僕の大事なひとのお父さんで、12年前から行方不明なんです。このギルドを訪れたかどうかはわかりませんが、お願いできますか……?」


「ドラミからもお願いするのだ!」



 ドラミはいつでも小石を渡せるようにポーチに手を入れる。


 ギルドマスターはにこりと笑い、



「お断りするつもりでしたが、相手がジェイド様となると話はべつです」


「いいんですかっ?」


「あなた様は私の頼みを聞き入れてくださいました。私も頼みを聞き入れるのが筋でしょう」


「ありがとうございます!」


「ありがとうなのだ!」


「いえいえ。とはいえ、12年前からの履歴を調べるとなると3日はかかってしまいますが……」


「全然問題ありません!」


「でしたら3日後のこの時間にまたご来訪ください」


「わかりました。ありがとうございます!」


「ジュースごちそうさまでしたなのだ!」



 ギルドマスターに見送られ、僕たちはギルドをあとにする。


 さて、あとは時間を潰すだけだ。切りが良いし、調査が終わったらひとまず王都に帰ろうかな。



「3日間なにして過ごすのだ?」


「買い物かな。時間はあるし、今日は宿屋で休もっか?」


「さんせーなのだ! 実はちょっと疲れてたのだ」



 ドラミ、今日も頑張っていっぱい歩いたもんね。


 やることを決め、僕たちは宿屋を訪れた。


 二階の角部屋に入ると、ドラミがベッドに直行する。



「二段ベッドなのだ~」


「ひさしぶりだね。どっちで寝たい?」


「上がいいのだ! だってこないだ下で寝て、起きたとき頭をぶつけちゃったのだ……」


「一瞬で目が覚めてたね」


「あんな目覚ましはこりごりなのだ……。だから上がいいのだっ!」



 ドラミははしごをよじ登り、さっそく寝心地を確かめる。



「寝心地はどう?」


「油断すると寝ちゃいそうなのだ……」



 ふわあとあくびをして、ドラミは身を起こす。


 僕を見下ろして、手招きしてきた。



「ジェイドも早く来るのだ! 寝心地を確かめてみるのだ!」


「はいはい」



 はしごを登ると、ドラミがベッドの端へ移動する。



「ふかふかだね。でも、ちょっと狭くない?」


「狭いくらいがちょうどいいのだ。ひとりで寝たら広くて落ち着かないのだ」


「まあ、いつも一緒に寝てるもんね」



 ひとりで寝たらベッドから転げ落ちちゃいそうだし、僕がストッパーになったほうがいいか。


 横になっていると、ドラミが再びあくびをする。



「ふわあ……ほんとに眠くなってきたのだ……」


「夕食の時間になったら起こすから、しばらく寝てていいよ」


「そうするのだ! 美味しいジュースを飲んだから、美味しい夢を見そうなのだ……」



 歩き疲れていたのか、ドラミはすぐに寝息を立て始めたのだった。

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