《 第14話 夢のような交換条件 》

 事件は深夜に起きた。


 自宅のベッドで寝ていたところ、どこからか物音が聞こえてきたのだ。



「むにゃむにゃ……綺麗な小石……いっぱいなのだ……」



 となりではドラミが寝息を立てている。


 てっきりベッドから落ちたんだと思った。


 ドラミじゃないとなると、さっきのは幻聴かな?



 ――ドスン! バタン! ドン!



 やっぱり聞き間違いじゃない!


 僕は耳を澄ませる。


 音の出所は隣室でも階下でもなさそうだ。


 では、いったいどこから――



「――!?」



 い、いま、かすかに悲鳴が聞こえたぞ!


 しかもガーネットさんの声じゃないか!?


 物音に悲鳴――まさか強盗に押し入られたんじゃ!



「大変だ!」


「ひぃ!? な、何事なのだ!?」


「ガーネットさんの悲鳴が聞こえてきたんだ!」


「それは大変なのだ!」


「だよね! 僕ちょっと様子を見てくるよ!」


「ドラミも行くのだ!」



 僕たちは家を飛び出した。


 ガーネットさんの家にたどりつき、ドアをノックする。



「すみません! ジェイドです! 物音がしたんですけど無事ですか!?」



 ドアが開き、ガーネットさんが姿を見せる。


 顔は青ざめ、前髪が汗でおでこにくっついている。



「助けてほしいわ」


「もちろんです! そのつもりで駆けつけましたから!」



 やっぱり強盗に押し入られたんだ。隙を突いて逃げてきたに違いない。


 ガーネットさんの家に忍びこむなんて許せない。


 二度と悪さができないように懲らしめてやる!


 僕たちは二階へ上がり、ドアの前に立つ。



「しまったのだ!」


「ど、どうしたの?」


「小石を忘れてきたのだ……」


「戦うのは僕に任せて、ドラミはガーネットさんを守ってて」


「ドラミに任せるのだ!」



 きりっとした顔で力強くうなずくドラミ。


 僕はドアを開け、ひとりで室内へ。


 ……寝室はひどい有様だった。


 ベッドは乱れ、床には服と本が散らばり、水差しがひっくり返ってしまっている。



「片づけが苦手なのだ?」


「いつもは綺麗にしているわ」



 だとすると、これは揉み合った形跡だ。


 そう考えると、怒りがふつふつと湧いてくる。


 ガーネットさんを襲うなんて許せない!


 この怒りをぶつけたいが……強盗の姿は見当たらない。


 クローゼットは空っぽになってるし、ベッドの下の隙間には入れそうにないし、窓は内側からカギがかかってるし……



「いませんね」


「きっとまだベッドの下にいるわ」


「この隙間に……?」



 床に頬をつけ、ベッドの隙間を覗いてみるが、暗くてよく見えない。


 そこでベッドを持ち上げてみることにした。

 すると――



 カサカサ!



 なにかが足もとを通り過ぎた。



「ひゃあ」



 ガーネットさんが悲鳴を上げた。


 ドラミの背中に引っこみ、肩を掴んで震えている。



「安心するのだ! ドラミがついているのだ!」


「頼もしいわ……」



 羨ましい! 僕がその役を担いたかった……!


 けど、嫉妬してる場合じゃない。いまは諸悪の根源を退治しないと!


 僕は部屋を見まわし、ベッドから飛び出したそいつを発見する。


 床を這いまわっているそれは、手のひらサイズの蜘蛛だった。



「なんだ、ただの蜘蛛なのだ」


「蜘蛛は怖ろしいわ」


「たしかに食べたときお腹を壊してしまったのだ……。思い出したら怖ろしくなってきたのだ……」



 放浪時代に食べたことがあるみたい。


 味の話をされ、ガーネットさんは気分が悪そうな顔をした。


 とにかく相手が強盗であれ虫であれ、ガーネットさんを脅かす存在は排除しないと!


 すばしっこい蜘蛛の動きに対応するべく、僕は身体能力を強化する。



 カサ!? カサカサ!



 殺気を感知したのか、蜘蛛が慌てたように服の下へ逃げる。



「くっ!」



 服の下に隠れるなんて卑怯だぞ!


 ガーネットさんの服に触るとか無理だよ! ドキドキするじゃないか!


 膠着状態が続く。



「なにをしているのだ?」


「蜘蛛が苦手なのかしら?」


「い、いえ、けっしてそんなことは!」



 まずい。このままだと蜘蛛が苦手な男だと思われてしまう。


 頼りがいをアピールするためにも、ガーネットさんを安心させるためにも、蜘蛛を退治しなければ!


 決意を固め、そっと服を持ち上げた。


 カサカサとベッドの下へ逃げる蜘蛛。



「逃がすか!」



 咄嗟にベッドの下へ手を突っこみ、蜘蛛を掴む。


 バキ!


 それと同時に、ベッドの側面に頭が直撃――頭突きで横板が割れてしまった。


 ひとまず窓から蜘蛛を放り投げ、ガーネットさんに頭を下げる。



「すみません。ベッドを壊してしまいました……」


「構わないわ。そろそろ買い替え時だったもの」



 なんて優しいんだ!



「ありがとうございます!」


「お礼を言うのは私のほうだわ。あなたが隣人で良かったわ」



 うおおお!

 うおおおおおお!?


 ガーネットさんが隣人で良かったって言ってくれた!


 隣人としての好感度が上がったし、こりゃ友達になれる日もそう遠くないぞ!


 さておき。



「ベッドが壊れたのは問題ですよね……。この時間だと店も閉まってますし」


「側面が壊れただけだわ」


「でも強度が落ちちゃってますよ。寝てる途中に壊れたら大変です」



 僕のせいで安眠できないとか許されない。


 だったら――



「あのっ! もしよかったら、我が家のベッドをお譲りしますよ」


「あなたのベッドがなくなるわ」


「僕なら平気です。床で寝るの好きですから!」


「ドラミはソファで寝るのだ!」


「ふたりに悪いわ」


「ほんと気にしないでください」


「そうなのだ。気にすることないのだ。力になるのは友達として当然のことなのだ!」



 ガーネットさんは嬉しげにほほ笑む。



「ふたりと友達になれて良かったわ」



 な、なんだって!? ふたりと友達!?


 やったー! 僕、ついにガーネットさんと友達になれたんだ!


 友達なら遊びに誘ってもおかしくないよね!? 


 でもどこに誘えばいいんだろ。ガーネットさんの好きな場所ってどこだ?


 まあいいや。わかんないけど、いま考えるのはよそう。


 友達になったんだから、どこで遊ぶのが好きなのか話す機会もあるよね!



「すぐにベッド持ってきますから待っててください!」


「部屋の片づけをして待ってるわ」


「ドラミも片付け手伝うのだ!」



 ふたりを残して、僕は我が家へ舞い戻る。


 ベッドを担ぎ、ドアにぶつからないよう慎重にガーネットさん宅へ。



「お待たせしました!」


「……高そうなベッドだわ」



 散らばった服をクローゼットにしまっていたガーネットさんは、ベッドを見るなり申し訳なさそうな顔をする。


 ベッドは特注なので値段は張ったが、ガーネットさんが気に病むことはない。


 だって、いずれガーネットさんと使うことを想定して、快適に過ごせるベッドを作ってもらったのだから。


 一緒には使えないけど、ガーネットさんが使ってくれるなら僕も嬉しい。



「気にせず使ってください!」


「ただでいただくのは悪いわ」


「あっ、そうなのだ! だったら、このベッドをもらえばいいのだ!」



 ええっ!? ガーネットさんのベッドを、僕たちが引き取るだって!?


 そんな夢みたいな交換条件が実現するのか!?



「構わないわ」



 実現しちゃった!



「ほ、ほんとにいただいちゃっていいんですか?」


「気にしなくていいわ」


「ありがとうございます! じゃ、じゃあ遠慮なくいただきますね!」



 ひとまずベッドを入れ替えると、僕はベッドを担いで外へ出る。



「今日は本当に助かったわ」


「どういたしまして! また蜘蛛が出たら僕を頼ってください! 友達として助けに駆けつけますから!」


「頼りにしてるわ」



 生まれてきてよかった!


 こんなに幸せな気持ちになったのははじめてだよ。


 こりゃ気持ちよく二度寝できそうだ。



「ではまた!」



 ガーネットさんに見送られるなか、僕たちは家へ引き返す。


 寝室にベッドを置くと、ドラミがさっそく寝転んだ。



「寝心地はどう?」


「快適なのだ。ふわあ、横になったら眠くなってきちゃったのだ……」


「夜中だもんね。明日の出発は昼頃にするから、ゆっくり寝なよ」


「そうするのだ……」



 うとうとしていたドラミは、すぐに寝息を立て始めた。


 緊張しつつ、僕もベッドに寝転がる。


 ……ものっすごいガーネットさんの匂いがした。


 まるでガーネットさんの服に包まれているみたい。


 おかげでドキドキしてしまい、寝つけないまま出発の時間を迎えてしまったのだった。


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