第5話 青い髪 1.ランタナ

「見たことないお花が咲いてる……」


フォルテが、店の軒先に下げられたプランターを見上げながら呟いた。

「そっか、フォルテは家のこっち側に来るのって初めてだよな」

スカイがそれを聞いてふわふわのプラチナブロンドに声をかける。

私達は今、家から北西に二日ほど行った場所にある村に立ち寄っていた。


四人パーティーになってからは、比較的安全で、道も整備されているザラッカやトランドの方面にばかりクエに出かけていたので、フォルテが北西側に来たのは初めてだった。


フォルテの住んでいた村があるのもザラッカやトランドと同じく東の方角だし、こちら側に咲く花や建物は、まだまだこの先もフォルテにとって珍しいものばかりに違いない。


私達は、もうあと八日ほど西に行った場所にある、国境に程近いランタナと言う大きな町を目指している。

ランタナは、沢山の情報と人が行き交う、この国の入り口の町だ。

そこに今回の目的地である盗賊(シーフ)のギルドがある。

事の始まりはスカイの独り言からだった。


「あー……そろそろ一度シーフギルドに寄らないとなぁ……」

夕方、フォルテと皆の洗濯物を畳んでいると、その後ろのテーブルでよく分からない盗賊アイテムの手入れをしていたスカイがポツリと洩らした。

「え、どうしたの?」

転職にはまだ早いだろうし……。

あのデュナですら、やっと二次職になったばかりだ。

「ああ、聞こえてたか。ごめんごめん」

スカイは椅子越しに振り返ると、軽く苦笑する。

「ギルドで覚えたい技があってさ、それを習えるレベルになってるんだよな」

「ふーん……」

正直、盗賊の技だとかにはまったく心得がない。

父は狩人だったし、母は私と同じく魔法使いだった。

「けどシーフギルド遠いんだよな……」

「えっと、ランタナだっけ?」

「ん。まあ、行くとしたら俺1人で行ってくるよ。皆はしばらく家に居てくれればいいからさ」

地図で見る限り、直線距離ならランタナまではそう遠くない。

けれど、ランタナへ真っ直ぐ向かう人は滅多に居なかった。

ここからランタナに行くまでの間には、そこそこ大きな森があって、そこには凶悪なモンスターが多く生息しているためだ。


腕に自信のある冒険者達だけが、時々、クエを受けて何かを探しに入ることはあるものの、ショートカットにと突っ切る人はまず居ない。そんな危険な森だった。

「あら、丁度いいわね」

そこへデュナの声がする。

さっきまで出かけていたはずのデュナが、ひょっこり居間へ顔を出していた。

「「おかえりなさい」」

私とフォルテの声がハモると、「おかえりー」とスカイも声をかける。

「ただいま。さっき、村長に頼まれて断ってきた依頼がランタナ行きなのよ」

と告げると、すぐさまくるりと背を向けて

「簡単なお使いクエだし、それなら引き受けてくるわ」

と出て行ってしまった。


その背に三人で「いってらっしゃい」と声をかける。

この小さな村を拠点に活動している私達には、時々、こうやって村の人からのクエスト依頼があったりもする。

そのほとんどが、お届け物や探し物などのお使い系クエストなわけだが、まだ小さいフォルテを連れてうろうろする私達には、有難い仕事だった。

「お届け物……かなぁ」

フォルテが、隣でくりっと小さく首を傾げる。

「なんだろうね」

と答えながら、出発が明日だとしたら、今夜のうちに保存食をあれこれ作っておかねばならないな……と、家にあるはずの食材を思い浮かべる。


ランタナまで往復でどのくらいかかるだろうか。

また長期間フローラさんを1人にするのだとしたら、今度こそ不足なく食料を確保しておかなくては、クエから戻った時、家が燃え尽きている可能性だって否定できない。

火を使わなくても済む保存食は、通常、塩辛いものか甘ったるいものばかりになって、あまりバリエーションを用意できないものだが、幸い、この家にはとても大きな冷凍庫がある。

魔法の力で内部を氷点下に冷却し続ける、食料保存用の箱だ。

買おうとすると、とても高価なものなのだが、フローラさんの話しによれば、昔、クロスさんがクエストの報酬として貰い受けたのだそうだ。

この魔法の箱は、私達にとって、フローラさんの命を繋ぎ、この家を守る大事なアイテムだった。

「畳み終わったよー?」

顔を上げると、フォルテがきちんと畳まれた洗濯物の山を一人分抱えて立ち上がっていた。

「ありがと。じゃあ、これ仕舞ったらお料理に取り掛かろうか」

笑顔で答えて、私も目の前に畳んだ衣類の山を抱え上げる。

「何か手伝うことあるか?」

とスカイに声を掛けられて

「うーん、それじゃ、燻製作るから、くるみの木を細かく崩しておいてくれる?」

と返事をして階段を上がる。

とりあえず、お肉をなるべく温燻して冷凍庫に入れておこう。


全員の洋服棚に衣類を仕舞いつつ、旅の荷物に必要なものを抜き取ってゆく。

四人分の旅荷物をひとつの大きなリュックに詰め込む。

前回はスカイとデュナの二人分だけで荷物を作った。

四人での旅は、言ってもほんの十日しか置いていないわけだが、なぜかとても久しぶりのような気がして、楽しみに思えた。


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「おまたせ」


カランッとドアベルの音を響かせて、デュナが店から出てくる。

私が「おかえり」と答えると、スカイも「お疲れ」と続く。

私達三人がたむろしていたのは、この村唯一の薬屋の前だった。


「まあ、そこそこの値段で売れたわね。とりあえずこれでご飯を済ませてから、今日は隣の町まで行くわよ」

『そこそこの値段』という部分を話すときにだけ

デュナの眼鏡が怪しく輝いていたのが気にならないと言えば嘘になるが、ここは黙っておくことにしよう。

スカイはフォルテと話していて気付かなかったようだし……。


ランタナまでの道は、そのところどころがモンスターの生息地帯にかかっているため

時々道の脇から飛び出してくる敵を倒しつつ、進む事になる。

ただ、その分経験値も稼げるし、ドロップアイテムもあれこれ拾う事ができるので、時間に余裕のある初級冒険者達にとってはそこそこ美味しいルートなのだろう。

すでに今日だけで相当数のパーティーとすれ違った。

中級者以上になってくると、二人パーティーや三人パーティーの方が多くなってくるのだが

私達くらいの歳の初級者パーティーは五〜八人ほどでわいわいと組んでいることが多く、活気に溢れている。

そういえば、デュナが最初に所属したパーティーは、五人パーティーだったっけ。


まだ私もスカイも学生だった頃だ。

確か、男の人が三人で、女の人がデュナともう一人。

職業は、剣士が二人に、弓手、魔法使い、聖職者、だったよね。

十三歳の私から見た十七歳のデュナはとても大人びていて、そんな彼女と一緒に旅をする仲間達も、やはり大人っぽく見えたものだった。


時々ぞろぞろとクエスト帰りに家に遊びに来たりして。

……気付けば三人パーティーになっていたのだけれど……。

デュナにそれとなく訳を聞いても「よくあることよ」とそっけなく返されて、それ以上は怖くて聞けなかった。

居なくなってしまったのは、スラッと背の高い、柔らかい笑顔が印象的な剣士さんと、いつも明るくパーティーを支えていた可愛らしい雰囲気の聖職者の女の人……。


そんなことを考えながら、すれ違う冒険者達の背中を見送っていると、後ろからスカイに声を掛けられる。

「どうかしたか?」

「あ、ううん。なんでもない」

「知り合いでも居たのか?」

「ううん。ちょっと、今の人がレクトさんに似てた気がして……」

ポロリと名前を出してしまってから慌ててデュナを振り返る。

幸い、デュナはもたもたしている私達に構わず先へ進んでいて、ずいぶん距離が離れていた。


レクトさんと言うのは、デュナのパーティーでリーダーを務めていた剣士さんで、その……居なくなってしまった人だった。

「あはは、あれじゃ若すぎだろ。今もうレクトさん二十五歳くらいじゃないか?」

屈託のない笑顔でスカイに返されて、一瞬思考が停止する。

「レクトさん、かっこよかったよなー。

 俺も、来年は剣士になって、あんな風にしてるんだろうなーとか思いつつ見てたよ。

 ま、実際は剣士じゃなくて盗賊になってたわけだけど、な」

最後の笑みは自嘲だった。

スカイはこの話をするとき、いつも悔しそうな悲しそうな顔をする。

あれだけ小さい頃から、口癖のように「剣士になる」と「父さんのような立派なパラディンになるんだ!」と繰り返していたスカイが、どこをどう間違って盗賊になってしまったのか。


スカイの学生の頃の友達は皆、一人残らず、盗賊になったスカイを知ると問うのだった。


黙り込んでしまった私のマントの裾を、フォルテが引っ張る。

「ラズ……?」

私はきっと、あからさまに混乱した顔をしていたのだろう。

慌てて顔を上げると、スカイが神妙な顔で覗き込んでいる。

「……前から気にはなってたんだよな……」

ぼそり。と呟くようなスカイの声。

「ラズ、もしかして、レクトさん死んだと思ってないか?」

「えぇ?」

私の発した声は、単語でこそなかったものの、

その裏返りっぷりから、スカイの問いにあからさまな肯定を返していた。

「おいおい、やっぱりか」

小さく息を吐いたスカイが、青い前髪を指に絡めて困ったような顔で掻き上げる。

「あの人死んでなんかないって。

 なんだっけ、あの、名前……同じパーティーだった聖職者の子と出来ちゃった引退だよ。

 まあちょっと、早すぎる引退ではあったけどな」

笑うスカイの瞳は、いつもと同じ深いラベンダー色で、彼の言葉が本当なんだと実感させられる。

聖職者の女の人……確かリディアさんという名前だった気がするけど……。

じゃあ、私は、かれこれ五年間も、幸せに引退した二人を死んだものと思っていたのか……。


「あんた達、いつまで立ち話してるの。日が暮れるわよ!?」

いつの間にか立ち止まっていた私達に、業を煮やしたデュナの警告が飛ぶ。


見上げた太陽は、すでに夕日にその姿を変えようとしていた。


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家を出て十日目。


私達はようやくランタナに辿り着いた。


町は、それなりに高さのある石壁でぐるりと囲まれている。

私達の入ってきた門から、真っ直ぐ続く大通りの果てにかすかに見える大きな門が、この国の関所になっていた。


両脇に様々な店が軒を連ねる活気溢れる大通りに、フォルテがワクワクきょろきょろとせわしなく視線を送っている。

繋いだ手を離さないようにしておこう……。

ここではぐれたらフォルテが間違いなく迷子になりそうな予感がして、フォルテの右手をそっと握りなおす。

それに気付いたのか、フォルテがぱっと顔をこちらに向ける。

その大きな瞳がキラキラと輝いている。

「大きな町だねっ」

高揚した気持ちがはっきり伝わってくるような口調のフォルテに

「うん、そうだね」

と微笑んで返す。


そしてやっと気付く。

この通りには他の町と違って、お土産物屋が多いのか。

それに、歩きながら食べられるような軽食の露店も多い。


ランタナには両親とよく来ていたのだが、今見ると、その時には全く気にしていなかった物があれこれ見えた。

宿屋も多いが酒場も多い。行き交う人々は、その半分以上が旅人だった。

ランタナって本当はこんな町だったのか……。

幼い頃に作られたランタナのイメージは、ただ漠然と、人がいっぱいで、綺麗な町並みに面白い物が売られている大きな町というものだった。

お土産物屋の軒先に並んだ、小さなガラス細工の動物達に気を取られているフォルテを見ながら、フォルテにとっては、今現在がそうなのだろうと思う。


大通りから一歩入ると途端に静かに感じるのは、大通りが騒がしすぎたせいだろうか。

町に入ってからは、珍しく、スカイが先頭を歩いていた。

「じゃあ、ここで待っててくれ」

三階建ての、周りよりほんの少し大きな建物の前で、スカイが振り返って言う。


周囲の景観に調和した、特に目だったところのない民家のような建物には、確かに『盗賊ギルド』と書かれた小さな看板が下がっていた。


「そんなにすぐ覚えられる技なの?」

「いや、とりあえず、どのくらいかかりそうか聞いてくるよ」

私の問いに、スカイが苦笑しながら答える。

それを聞いて、デュナが腕を組んで言う。

「長くかかるようなら、それなりの宿を探す方が良さそうね」

「それなりの宿って?」

フォルテが首を傾げる。

デュナが、フォルテの方へ少し屈んで、長期宿泊用の宿について説明をし始めるのを横目に見ながら

「ちょっと行ってくるな」

とスカイが扉の奥へと消えた。


建物と建物の間隔が近いせいか、日差しの差し込んでこない狭い通りで、何をするでもなくスカイの帰りを待っていると、フォルテがポツリと疑問を口にした。

「なんでスカイは盗賊さんになったのかなぁ」

「……え?」

フォルテにはまだ誰も話していなかったんだっけ……?

何だかものすごく今さらに思えるその問いに、思わず間抜けな声を上げると、

「なんだか、盗賊さんって、スカイに似合ってない気がして……」

とフォルテが答えてくれた。


「う、……うん。そうだね……」

確かに似合ってない。と、私も思った。

最初に「俺……盗賊になった」と言う台詞をスカイから聞いたときには、自分の耳を疑ってしまったほどだ。

「え、と……盗賊?」

「ああ」

「盗賊ってあの……盗む、に、賊って書くその……シーフ?」

「ああ、まあ、冒険者としての職業盗賊だから、犯罪は出来ないけどな」

今から三年ほど前。

何だか情けない顔をして、力なく笑うスカイが、とても儚く見えた日だった。


ガチャリと音を立てて扉が開く。

簡素な木の扉には、その内側に鋼鉄が張られていて、軋むような木の音はまるで聞こえなかった。


扉から、音も無く出てきたスカイと目が合う。


先ほど思い出していたスカイの表情がまだ頭の端に残っていたせいか、うっかり憐れむ様な目でスカイを見てしまった私の視線と、疑問の答えが出ないまま、それをスカイに求めようとするフォルテの視線。


その二つを受け止めて、スカイがたじろいだ。

「ど、どうした……?」

フォルテが私を見上げる。

聞いても良いのか、と言う事だろう。それにコクリと小さく頷きを返す。


……スカイにとっては、あまり、聞いてほしくない事だろうけどね。


小さな口を思い切って開こうとしたフォルテより早く、デュナが問いかけた。

「で、どのくらい時間はかかりそうなの?」

「え、ああ、一週間から十日ってとこだろうってさ」

「ふーん……微妙なところね」

デュナが考え込むように顎に手を添えて明後日の方を見る。

フォルテがもう一度口を開こうと試みたとき、もう一度デュナの声がした。

「ま、とりあえず移動しましょ」

ちょっとガックリしているフォルテに「後でゆっくり聞けばいいよ」と声をかけ、

まだ何事かを考えながらも颯爽と歩き出したデュナの後ろを、

私達はいつものように追いかけた。



町の規模として、ランタナは城下町であるトランドに劣るものの、冒険者の出入りという点では国境に面したこちらの方が激しいのだろう。


ランタナの冒険管理局は、二階建ての横に広い建物で、窓口が四つも並んでいた。


そのうちの一つにデュナが並ぶ。

長蛇の列は出来そうになかったが、それでも常に一人、二人が窓口に並んでいるというのは、何だか異様な光景にも思えた。


筋肉をたっぷり盛られた巨躯を、折りたたむようにして窓口に話しかける壮年の冒険者や、小麦色の肌にピンク色の髪をなびかせながら、ぎょろっとした目付きのトカゲのような生き物を肩に乗せている、美しい女性冒険者。

瑠璃色の甲冑に真っ赤な裏地のマントを翻して颯爽と歩く冒険者……いや、どこかの騎士だろうか?

そういった人々を眺めて、フォルテが「ほーーーっ」と細く息を吐いた。

「凄いねぇ」

私を見上げて、フォルテがラズベリー色の瞳を細める。

「うん、色んな人がいるね」

国境を越えようとする冒険者や旅人達は、皆様々な国を思わせる出で立ちをしていた。


私も、両親と旅をしていた頃はあの中の一人だったのだろう。

父の連れている灰色の犬は、ずっと北の方にしか居ない種類の生き物らしく、そうでなくとも大きな体のウォルは、どこに居ても目立った。


父さんも、ウォルも、クロスさんも、元気にしているんだろうか……。

もうかれこれ二年近く、その姿を見ていない気がする。

そうか、フォルテはまだ父さん達には一度も会った事がないんだっけ?


そんなことを考えていると、デュナが戻ってきた。

「お待たせ。管理局が斡旋してる宿屋に良さそうなところがあったから、紹介状書いてもらったわ」

そう言って、デュナは私達に小さな封書をかざして見せた。


管理局から大通りを挟んで反対側のブロック。

その細い通りをうねうねと十五分ほど歩いたところにその宿はあった。

水色の壁に白くて細い板が模様のようにマス目状に貼り付けられている。

可愛らしい印象のこぢんまりとした宿だった。

「ここがお宿?」

尋ねるフォルテに頷きを返す。

「うん、そうみたいだね」

「なんだか可愛いね」

嬉しそうに目の前のそれを見上げるフォルテの横で、

「そうね、外観は悪く無さそうだけど、中はどうかしらね?」

とデュナが眼鏡を怪しく反射させながら、楽しそうに呟く。


デュナは、つまるところ単純に、何かを品定めするのが好きなのだ。


すいっと視界の端を通り抜けた風の精霊、?誰かの呼びかけに駆けつけようとしているところだろう。

それにつられて、何気なく後ろを振り返る。

「……スカイ?」

スカイは、宿とはまったく違う、あらぬ方向を見つめていた。

「どうかした?」

「ああ、ごめん。なんか視線を感じた気がしてさ」

首の後ろに手を回して、スカイが首を捻る。

「ふーん……?」

気の無い返事を返して、私達はデュナに続いて宿へと足を踏み入れた。


宿屋の娘だという同じくらいの歳の子に案内されて、二階の角部屋に通される。

「あ、小さいキッチンがついてる……」

部屋自体はベッドが三つ並んだだけの簡素な物だったが、扉を開けて部屋に行くまでの通路に、本当に小さいけれど、ささやかなキッチンがあった。

小さな流しとコンロが一口。

火力はあまり期待できそうに無かったが、それでも自炊が出来るだけ有難い。

こんなときにすぐ反応してくれるはずのフォルテは、残念ながら宿屋の娘さんに恥ずかしがってマントの影から出てきそうになかった。

「いい感じだわ。しばらくここを宿にしましょう」

デュナが私達を残らず見渡して言う。

それに全員が頷きを返したのを確認すると、デュナは娘さんと一緒にロビーへと降りて行った。


娘さんが部屋を出たのを見て、マントの後ろからおずおずと出てきたフォルテが、ちょろちょろと部屋のあちこちを見て回っている。

スカイは背負い続けていた四人分の重たい荷物をようやく下ろして、伸びをしていた。


コンロに火を入れてみる。

魔法石の擦れた音がして、チカッとオレンジ色の火花。

赤ちゃんのような小さな精霊がぽやんと火を灯して消える。

後はその火種をガスが燃焼させる。

そういう仕組みのごく一般的なコンロだ。

「思ったより火力もあるなぁ」

火を止めて、蛇口についた小さなポンプを数回押す。

水の出も悪くなかった。

「買出し行きたいな……」

少し遅いお昼ご飯は、ここに来る途中に済ませてしまったけれど

今から買い物に行けば夕飯は十分このキッチンで用意できそうだった。

「ラズ、行くのは構わないけれど、必ずスカイも連れて行きなさいね」

声に出入り口を振り返ると、ピラピラと薄い紙……契約書の控えのようなものだろう。

それを片手にしたデュナが、腰に手を当てて、私の後ろからキッチンを眺めていた。


部屋の窓を開けて外を眺めていたスカイと、それを同じく覗き込んでいたフォルテもこちらにやってくる。

「あー。あんまり治安良くないからなー……」

と、スカイがなんだか申し訳無さそうにバンダナ越しに頭を掻く。

「そうなの?」

フォルテがデュナとスカイを交互に見上げる。


こういった、人の溢れる活気ある町ほど、その裏にそうでない人達が集まってしまうのだろうか。

小さな村より、大きな町の裏通りの方が危ないと、母も言っていた気がする。

「近頃、調子に乗ってる盗賊崩れがあちこちで悪さをしてるんですって」

デュナが、宿屋の娘に聞いたという話を出すと、スカイも

「盗賊ギルドの人にも言われたよ。盗賊崩れだなんて名乗られちゃギルドの恥だってさ、結構な人数で徒党を組んでるらしくて、そのアジトを探してるとこなんだとか。

 何か情報が分かれば教えてくれって。ギルドの人達も早いとことっ捕まえたいらしいな」

と話した。


盗賊崩れねぇ……。

崩れている方がよっぽど盗賊として正しいような気がしなくもないが

ここは言わないでおこう。


そんなわけで、日の暮れる前にと、私達は早々に買い物に出る事にした。

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